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東京歌姫(トウキョウ・ディーバ)  作者: RAY
第4部 最終決戦 On the Great Fire of Meireki
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第11話 帰還


 単調で無機質な機械音。身体が揺さぶられる、激しい振動。

 不快な音と揺れに促されるように目を開けると、手を伸ばせば届きそうな、白い天井があった。狭い空間に仰向けに寝かされている。窓から見えるのは、分厚い雲に覆われた、灰色の空。

 そこが多目的ヘリコプター(ヘブンリーメイデン)の機内であることはすぐにわかった。しかし、なぜそこに自分がいるのかわからなかった。


「……痛っ!」


 身体を起こそうとした瞬間、腰から両足にかけて激痛が走る。痛みで一気に目が醒めた。


「清志郎、じっとしてろよ。名誉の負傷と言えばカッコイイが、腰と両足の骨折は重傷だぜ」


「痛むか? 大丈夫。もうすぐ着陸だ」


 ヘルメットを被り防火服を身にまとった、二人の男がこちらに顔を向ける。


「タケ……? 松さん……? 無事……なのか?」


 二人の姿を目の当たりにした瞬間、清志郎は大きく目を見開いた。


「ああ、無事だぜ。あんな無茶やらかしたわりにな。着陸したらすぐに病院へ連れてってやるよ」


「記憶が混乱しているようだ。痛み止めの影響かもしれん」


 清志郎の様子を危惧するように竹下と松山が呟く。


「清さん! 僕もいますよ! だから安心して休んでください! 顔は見えないけど菊池です! あっ、ついでに梅宮もいます!」


「菊池さん、人をガムのおまけみたいに言わないで下さい!」


 機内に響く機械音を追いやるように、菊池と梅宮の大きな声が聞こえてきた。どうやら四人とも無事のようだ。


 普段なら耳触りに思える、エンジンとプロペラの音がとても心地良く感じられた。そして、それらに混じって聞こえる、懐かしい声は、まるで砂の上にかれた水のように、瞬時に清志郎の心の底に染み入った。


「良かった……みんな無事で……本当に良かった……」


 清志郎は、声を詰まらせながら右手で目頭を押さえた。

 想定外の出来事に、四人は驚きの表情を浮かべる。


「……俺、何もできなくて……みんなを見殺しにして……ずっと辛くて……でも、何とかしたくて……だからがんばって……」


 清志郎の口から嗚咽おえつまじりの途切れ途切れの言葉が漏れる。

 四人には、清志郎の言っていることが理解できなかった。しかし、清志郎がみんなのことを大切に思う気持ちは痛いほど伝わった。

 四人は、顔を見合わせると満面の笑みを浮かべる。


「清志郎」


 松山がいつもの柔和な顔で声を掛ける。


「今日もみんな無事だった。カズワリーのモットーの通り、こうして全員で帰還することができた。隊長のおかげだ。ありがとう」


 松山の言葉に、清志郎は顔をくちゃくちゃにしてうんうんと何度も頷く。

 隊長として言葉を掛けたかったが、喉の奥のそれは声にはならなかった。


「お姉ちゃん、あのおじさん、泣いてるよ。ケガをしたところが痛いのかな? 可哀そう」


「春香、おじさんじゃなくてお兄さんだよ。私たちを助けてくれた、強くて、優しいお兄さん。よし、神様にお祈りしよう。お兄さんのケガが早く治りますようにって」


「うん。わかった」


 里奈と春香は、両手を合わせると、目を閉じて何かを呟き始める。

 二人は、高層マンションの火災で逃げ遅れた、小学生と幼稚園児の姉妹。身を呈して二人を救った清志郎は、腰と足を骨折する重傷を負った。しかし、仲間が清志郎をサポートし、七人は空中庭園ヘブンズガーデンから多目的ヘリコプター(ヘブンリーメイデン)で無事脱出することができた。


『俺はみんなを救うことができた。ありがとう、シオン』


 灰色の空に目をやると、清志郎は、心の中で感謝の言葉を繰り返した。いくら感謝しても足りないと思いながら。


★★


「清ちゃん、こんにちは。調子はどう? 今日は、ちょっぴり早く来れたよ」


 病室のドアをノックする音に続いて、綾音の笑顔が覗く。


「アヤ、いつも悪いな」


 清志郎は、読んでいた雑誌をベッドの脇に置いて軽く会釈をする。


 東京メトロ西新宿駅から程近い「東都医科大学付属病院」。入院中の清志郎のもとに綾音が訪ねてきた。


「あれ? お母様は?」


「さっき帰った。三時から銀座で行われる、親父の講演会に出席するらしい。その後、いっしょに飯を食うとか言ってた」


「清ちゃんのお父様、現役を引退しても大忙しだね。有名人だから仕方ないか。それに、相変わらず仲がいいしね。絵に描いたような、理想の夫婦だよ。憧れちゃうなぁ」


 綾音は、ベッドの脇の丸イスに腰を下ろすと、トートバッグの中から白いビニール袋を取り出す。


「今日お仕事で銀座へ行ってきたついでに……じゃ~ん! 木村屋のあんパンを買ってきたの。懐かしくない?」


「懐かしい! 懐かし過ぎだ! 昔、隅田川の東屋のベンチに座ってよく食ったよな? 小さいけど上手いんだ、これが」


 ノスタルジーに駆られたように、清志郎は歓喜の声を上げる。


「紅茶を入れるから、いっしょに食べよう」


「おう。よろしく頼む」


 笑顔の清志郎に、綾音の顔も自然と綻ぶ。


「ところで、身体の調子はどう? 入院して十日になるけれど、少しは良くなった?」


「経過は良好だ。まだ下半身に負荷が掛けられねえから移動は車椅子だが、来週からはリハビリ歩行を始められる」


「そうなんだ。良かったね」


 綾音は、笑みを浮かべながら、水を入れた電気ポットのコードをコンセントに差し込む。


「アヤ、銀座には何しに行ったんだ? 社長秘書のお前が昼間に外出なんて珍しいじゃねえか。親父さん、今日は休みか?」


「知りたい?」


 清志郎の質問に、綾音はニヤリと含み笑いをする。

 間髪を容れず、トートバッグの中から四つに折りたたんだ紙を取り出した。


「私ね、四月までの三ヶ月、特命のお仕事をすることになったの」


「特命?」


「そう特命。普段はお父さん……じゃなくて、社長の秘書業務が中心だけれど、三ヶ月は秘書は片手間なの」


 綾音は、右手で何かをシッシッと払いのける仕草をしながら、うれしそうに続ける。


「そのお仕事って言うのは……これ!」


 綾音は、勿体付けたように手に持っていた紙を広げる。

 A3版のそれは、イベントのポスターの原案。「第五十回 TOKYO DIVA」という文字が書かれ、背景に、桜の花に彩られた隅田川がデザインされていた。



 つづく


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