第4話 心的波動同調
★
「――あっ、肝心なこと聞いてなかったよ」
「何か気になることでも?」
シオンの独り言のような呟きにミヅハノメが反応する。
「あたいと清志郎が『一つになる』っていうのはどういうことなんだい? 怪談で霊が人間に取り憑く話があるが、あたいにはあんな芸当はできやしないよ」
「ちょうどそのことを話そうと思っていたところです。『以心伝心』というのは、こういうことを言うのですね。神であるわたしが仏教の言葉を使うのは、いささか不適当かもしれませんが」
ミヅハノメは、珍しく冗談っぽい口調で言う。
「一つになることを、わたしたちは、心的波動同調と呼んでいます。簡単に言えば、あなたが『彼』の中に入り込んで『彼』の身体を意のままに操るというものです。
傍から見れば、霊が人に憑依した状態と何も変わりません。ただ、シンクロと憑依は、そこに至る過程とそれによる効果が全く異なります」
「過程と効果が違う? どういうことだい?」
「今回の件で、わたしたちに協力してくれる神が、時流読女神以外にもう一人います。伝心を司る神・心情何処命です。彼の力は、人の思いを他の人に伝えるものですが、その能力を応用すれば、ある人の心を他人の身体へ移すこともできるのです」
「そんなウルトラCができるのかい?」
シオンは、興味津々と言った様子で尋ねる。
「はい。でも、彼は、これまでそんな力を使ったことはありません。そんなことが普通に行われたとしたら、個の概念が失われ、死さえも超越してしまうからです。まさに自然の摂理に反する行為であって、触れてはならない領域なのです。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではありません。ココロイズクの加護をあなたに与え、限定的に運用します」
「限定的?」
「はい。互いの合意に基づき、予めシンクロの期間を決めておくのです。例えば、『これから〇時間』とか『〇月〇日〇〇時まで』といったようにです。『〇〇さんに会うまで』とか『〇〇が完成するまで』といった条件設定でも構いません。
期間や条件が満たされれば、シンクロは自動的に解除されます。二人の間で『契りを結ぶ』と言った方がわかりやすいかもしれませんね。何百年も生き続ける、悪霊が人の身体を乗っ取って好き勝手やるのとはわけが違います」
「何百年も生き続ける悪霊が好き勝手……その喩え、他人事とは思えないね」
シオンは、冗談まじりに苦笑いをする。
「でも、だいたいわかったよ。『一六五七年、明暦の大火の日にたどり着くまで』という条件を設定すればいいんだね。それで? そのシンクロとやらを行うには、あたいは具体的に何をすればいいんだい?」
「簡単です。二人でシンクロの条件を思い浮かべながら一つになることを念じるのです。その状態で、あなたの手のひらを『彼』の身体に添えてください。そして、『互いの波動が一致する感覚』を覚えたら、心の中で『合意』と唱えてください。その瞬間、シンクロの契りは成立します」
「わかった。清志郎にも言っておくよ」
「……シオン、一つ言っておくことがあります」
少し間が開いて、ミヅハノメは、躊躇いがちに言った。
「ココロイズクが言っていました。シンクロは必ずしも成功するとは限らないと。その理由は、人の心に起因するもので、彼にもよくわからないそうです。シンクロにも相性があるということです。ぶっつけ本番は危険ですから、事前に『彼』と試してみてください。コツさえわかれば数秒でできるそうです」
「心の相性か……。何となくわかるよ。神様には理解できないかもしれないが、人間っていうのは単純そうに見えて複雑にできてるんだ。心の世界は、複雑怪奇で理解するのがひと苦労でね」
シオンは、困ったもんだと言わんばかりにフッと笑う。
「シオンとは、三百年以上付き合っているからこそ、こうして以心伝心の関係になれましたが、最初はひどいものでした。憶えていますか? 出会った頃のこと」
「ああ、忘れたくても忘れられないよ。あの頃は酷かったからね。お互いの考えが上手く伝わらなかった。同じ日本語で話してるとは思えなかった。
あんたもさぞかしストレスが溜まったんじゃないかい? 他の神様から『あんなのに加護を与えるのは止めろ』なんて言われてたりしてね」
「シオン、大袈裟ですよ」
ミヅハノメがクスっと笑うと、釣られるように、シオンも声を上げて笑った。
「でも、よかったです。こうしてわかり合うことができて」
「ああ。あたいもだよ」
真っ暗な空間に、感慨深げな言葉が飛び交う。
そこには、長い年月をかけて通じ合った、二つの心があった。
★★
『清志郎、シテみないかい? あんたとなら上手くイキそうだ』
前屈みになったシオンの顔が、息が掛かりそうなくらいのところにある。
「待て! もう少し時と場所を考えて――」
『――時と場所? 何を言っているんだい? 今がそのときさ。大丈夫。怖いことなんか何もしないよ』
動揺する清志郎の言葉を、シオンの言葉が遮った。
『シンクロの時間は自由に設定できる。とりあえず『十分』でいくよ。一時的にあんたは意識を失う。でも、心配しなくていい。十分経てば元に戻る。身体の力を抜きな。あくまで本番に向けての予行演習みたいなものだ』
シンクロ、時間設定、十分、意識喪失、予行演習――妖しい雰囲気を醸し出すシオンの口から、キーワードのような言葉が発せられる。しかし、清志郎の脳内では、それらの単語とシオンと一つになることが結び付かなかった。
清志郎は、眉間に皺を寄せて戸惑いの表情を浮かべる。
「清ちゃん、シオンさんは何て言ってるの? あのね……やっぱり、いけないと思うんだ。そんなこと……。いくら必要なことでも、お互いの気持ちがあるわけだし……。女の方からそんなこと言うのもどうなのかなって……」
綾音は、恥ずかしそうに奥歯に物が挟まったような言い方をする。
すると、二人の様子を見ていたシオンは、着物の袖を口に当てて、プッと噴き出すような仕草をする。
『二人とも、変なこと考えてるんじゃないよ』
「はっ?」
呆気にとられる清志郎に、シオンは順を追って説明し始めた。
★★★
「ま、まぁ、そうだよな! それしかねえよな! なぁ、アヤ!」
「そ、そ、そ、そうだよ! それしか考えられないよ! 清ちゃんったら変なこと考えてるんだから! シオンさんには誰も触れられないんだよ!」
状況を理解した、清志郎と綾音は、穴があったら入りたいような気持ちで、気まずそうに言い放った。
シオンは、悪戯を成功させた子供のように、どこか得意げな顔をする。
『清志郎、明後日の本番を前にあんたとシンクロしておきたい。今なら失敗しても修正する時間はある。どうだい?』
不意に、シオンの顔が真剣なものへと変わる。
「わかった。やろう」
清志郎が二つ返事で了承すると、シオンは綾音の方へ視線を向ける。
『小娘にも訊いとくれ。時間は、十分でいいかどうか』
「アヤは何か関係があるのか……? まぁ、お前がそう言うなら――アヤ、今からシンクロのテストをやる。時間は十分でいいか? シオンがアヤにも確認しろって言ってるんだ」
「清ちゃんが良ければ、私は全然構わないけど、どうして私の意見なんか……」
清志郎の言葉に、綾音は人差し指を口元に充てて小首を傾げる。
しかし、次の瞬間、何かを悟ったような顔をする。
「シオンさん、ありがとう! 十分あれば全然大丈夫だよ!」
『小娘もOKだね。じゃあ、始めようか。清志郎、あたいの隣に座って目を閉じな。そして、ひたすら念じるんだ。十分間、あたいと一つになることを。後はあたいに任せな』
清志郎は、ゆっくりと目を閉じて、十分間、シオンと一つになることを考えた。
シオンも、清志郎の胸のあたりに手を添えて、同じように目を閉じる。そのとき、シオンは、これまで感じたことのない、不思議な感覚――自分の身体に清志郎の身体が触れているような感覚を覚えた。
霊体であるシオンは、人に触れることはできない。ただ、清志郎の温もりや鼓動をはっきりと感じ取ることができた。
それが、ミヅハノメの言っていた、波動の一致であることを、シオンはすぐに理解した。
『合意』
シオンはの口から、ゆっくりと言葉が発せられる。
つづく




