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東京歌姫(トウキョウ・ディーバ)  作者: RAY
第2部 隅田川の歌姫 Diva "Shion'' at Sumida River
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第13話 反撃の狼煙

 真っ暗な空間に、二つの青白い光がまたたいている。

 一つは、いつもよりも数段明るく見える。


「シオン、『彼』はわたしたちの願いを聞き入れてくれそうですか?」


「ああ。大丈夫そうだ」


 シオンの明るい声に、ミヅハノメは安堵あんどの胸を撫で下ろす。


「でも、具体的な話は、日を改めることにしたよ。突拍子もない話を雨あられと聞かされて、かなり疲れてるみたいだったからね……。それはそうと、時の神の方は大丈夫だろうね? そっちが上手くいかなければ、あたいらの計画は『絵に描いた餅』だよ」


「はい。時流読女神トキヨミに確認したところ、順調だと言っていました。怒りっぽくて口が悪いのは玉に瑕ですが、やるべきことはきちんとやるです。二千年来の付き合いのわたしが言うのですから間違いありません。それから、過去と現在を往復するのに必要なエネルギーも、何とか確保しました」


「そうだ。それも気になってたんだ。時空を移動するには、大量のエネルギーが要るそうじゃないか? 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかいう映画の中で言ってたよ。タイムマシンを動かすには、数億ワットの電力が必要だって。そんなエネルギーがよく手に入ったね」


 シオンが心配そうに尋ねると、ミヅハノメは淡々と答える。


「シオン、あなたが言っているのはタイムマシンを使った時空移動です。わたしたちは、時空のある一点と別の離れた一点を結ぶ抜け道(ワームホール)を通って過去の世界へ行こうとしています。抜け道(ワームホール)を作るのはトキヨミですが、必要なエネルギーは東京の街からもらいます」


「東京からだって!?」


 間髪を容れず、シオンが大きな声をあげる。


「まさか、負のエネルギーを使うなんて言うんじゃないだろうね? あたいは反対だよ。そんなことしたら、ヒノカグツチと同じ穴のムジナになっちまうよ!」


「勘違いしないでください。東京が発するエネルギーは、何も怒りや憎しみのたぐいばかりではありません。微量ながら、喜びやいつくしみといった正のエネルギーも、日々生まれています。

 わたしは、それを少しずつ溜めてきました。ヒノカグツチが蓄積した、負のエネルギーに比べれば微々たるものですが、現在と一六五七年を往復するだけの量は確保しました。

 いくらヒノカグツチの力が強大であっても、過去の世界に干渉することは不可能です。あの忌まわしい出来事を未然に防ぐことで、憎悪の炎を無かったことにするのです」


 ミヅハノメの言葉に力が入る。普段感情を表に出さない彼女には珍しいことだ。


「でも、この計画を知ったら、あいつは全力で潰しに来るだろうね」


「その通りです。だからこそ、計画を進めるにあたっては細心の注意を払ってきました。ヒノカグツチが過去の世界に干渉できないと言っても、過去の世界へ行くのを阻止されたり、抜け道(ワームホール)を破壊されたら元も子もありません。そのために、二重、三重の安全対策を施しています」


「安全対策?」 


「シオンには、その話はしていませんでしたね。では、改めて、説明させてもらいます」


 ミヅハノメはコホンと咳払いをする。


「まず、抜け道(ワームホール)が開くのは『満月の夜』に限られ、その場所は、隅田川の『水のほこら』です。ほこらへ通じる扉は隅田川の川底にありますが、水圧がかかっているため並大抵のことでは開きません。それに、わたしの力で封印してありますから、実体のない霊体が扉を通り抜けるのは不可能です。言い換えれば、『実体のある者』が扉を開かないと抜け道(ワームホール)にはたどり着きません。さらに、抜け道(ワームホール)を通るには『シオン』という名の鍵が必要になります」


「……そういうことかい!」


 一瞬間が開いて、シオンが大きな声をあげる。


「あたいの存在を認識できる人間がいれば、ヒノカグツチの野望を打ち砕くことができる――あんたが言っていたことがやっと理解できたよ。あたいだけでもダメ。清志郎だけでもダメ。あたいと清志郎が一つになって、それは初めて可能になる」


「そのとおりです」


「ミヅハノメ、凄いよ! これなら、あの野郎に一泡吹かせられる! この勝負、あたいらの逆転サヨナラ勝ちだ!」


 シオンは、自分たちの勝利を確信したかのように、興奮した口調で言い放った。

 すると、ミヅハノメの口からポツリと言葉が漏れる。


「シオン、喜ぶのはまだ早い」


 シオンの中に、憂いを帯びた感情が流れ込んでくる。

 ミヅハノメの加護を受けているシオンには、時々、ミヅハノメの心の動きが伝わることがあった。


「憎悪の炎は、いつ復活するかわかりません。ヒノカグツチに協力する者が『彼』の命を狙ってくる可能性もあります。そう考えれば、次の満月――明後日の二月十四日には計画を決行しなければなりません。

 それに、過去の世界には、わたしの加護は及びません。水の力が使えないあなたは、火の力に対抗することはできません。すべては『彼』に掛かっています」


「そうだね。過去に行けば、あたいの意識は当時のあたいの身体に戻る。今の記憶は残るが、水を操る能力は消え失せる。それに、当時のあんたはこの三百年間に起きたことを知る由もない。当然あたいとは他人同士だ。それに対して、あたいを狙う輩は確実に存在する。たぶん、あたいは再び声を奪われる」


「結果として、『彼』に頼る部分が大きくなります。しかも、蓄積したエネルギーの量から『彼』を過去の世界に留めておける時間は一時間が限度です。一時間で全てをやり遂げなければなりません。厳しい状況であることは否めません」


 一通り話し終えると、ミヅハノメは、長いため息をついた。

 真っ暗な空間に、深い沈黙が訪れる。

 すると、何を思ったのか、シオンが声を上げて笑い出した。


「シオン……? どうかしたのですか?」


「ああ。この状況はどう見てもおかしいと思ってね」


「おかしい? 何がですか?」


「だってそうだろ? あたいらはどうしてお通夜みたいに暗くなってるんだい? 三百年以上も探し続けてきた希望がやっと見つかったんだよ。これ以上喜ばしいことはないはずだろ?」


 言われてみればそのとおりだった。

 これまで守り一辺倒だった自分たちが、清志郎という切り札を得て反撃に転じようとしているのに、既に負けたような気持ちになっていた。

 シオンに釣られるように、ミヅハノメも声を上げて笑った。自分がとても滑稽こっけいに思えたから。


「必ずやってくれるよ。あいつは」


「どうやら『彼』はあなたの御眼鏡に適ったようですね。でも、少し話をしただけなのにどうしてそんな風に思えるのですか?」


 自信ありげのシオンに、ミヅハノメは素朴な疑問を投げ掛ける。


「あいつは言った――自分に何ができるかわからない。ただ、それが自分にしかできないことなら絶対にやり遂げてみせるってね」


 シオンの言葉からうれしさがにじみ出る。


「あいつは嘘をつくようなヤツじゃない。目を見ればわかるさ。あたいは、何があっても信じるよ。渡清志郎のことを」



 つづく(第3部へ)


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