第八話 絶望と憎悪
鬱展開です。注意してください。
「お母さん、今日もいっぱい獲れたよ。今夜もごちそうだね。ごちそう!ごちそう!」
「ただ今、ミーシャ」
「お帰りなさい。リーリス、あなた。今日も無事に帰って来れて何よりだわ」
ここは、人里離れた深い森の中に建てられた小さなログハウス。滅多に人が足を踏み入れないこの場所には、父と母、そして娘の三人からなる一家が暮らしていた。
彼ら三人には、外見に共通点がある。三人共、一般的な人間よりも長く尖った耳を持ち、聴覚と俊敏性に優れている。そう三人共、エルフ、それも純血であるためハイエルフと呼ばれる特別な種族なのだ。
ここで、亜人種について説明する。
嗅覚と腕力に優れた獣人、耐久力と視力に長けたドワーフ、そしてエルフ。彼ら三種族は亜人種と呼ばれる人間種の一種である。
しかし、人間と同じ寿命を持ち、人間と同じように天職や魔法を取得できても、獣のような耳と尻尾、人間とは異なる身長と厚い毛に覆われた肌、長い耳と彼らの外見の一部は、人間とは異なる。
そのため数百年前まで、彼らは迫害の対象であった。
多くの亜人達が人間によって殺され、もしくは奴隷のように扱われた。亜人種達の暗黒の時代だ。
しかし、今ではそのような迫害や差別はなくなり、国家の中枢機関や冒険者、聖職者にまで上り詰めている亜人種も数多く存在する。だが、それでも、かつての暗黒時代やその後の歴史で人間族を交わった結果、現在純血の亜人種の数は極わずかと考えられている。
ここにいる一家は、そんな極わずかしかいないとされる純血の亜人種の家族だ。
一家の父パース・アルタースは、一流の冒険者と呼ばれるAランクの冒険者であり、地方ではそれなりに有名なパーティの一員でもあった。そのパースが十数年前に街で偶然出会い、お互いに一目ぼれした女性が、エルフが営んでいた花屋の一人娘であったミーシャだ。
お互いに親族から血を絶やすなと言うプレッシャーがあったため、同族であるエルフとしか結ばれることを定められていた二人と親族にとって、この出会いはまさに運命であったであろう。
愛し合う二人は結婚、それから程なくして一人の女の子を授かった。その後、エルフの成人年齢と言われる十三歳までは、子育ては森の中で行うというエルフの古い慣習に従い、一家はこの森の奥深くに引っ越した。
しきたりに従う以上、パースは、冒険者稼業を一時休職しなければならない。Aランク冒険者が子育てのために十三年も現場を離れるなど普通であれば反対の声が上がるが、パースのいたパーティのリーダーである女性がハーフエルフだった事もあり、婚期を逃し恨めしそうにしていたそのハーフエルフのリーダーから一発顔面を殴られるだけで済んだ。
それから、今日まで夫婦は人里離れたこの森の奥深くで、娘に様々な事を教えてきた。数年前からパースが教えている狩りもまたその教育の一環だ。
この日の晩ご飯は、森で狩った猪の肉のシチューだ。この光景は、ごくありふれた一般家庭の食卓と同じものであろう。
「ねえパパ、ママ。本当に来月になったら、私もパパ達が住んでいた街に住めるの?」
二人の大切な宝物、リーリス・アルタースは、この十二年間、重い病気や怪我も負わずにすくすくと成長した。
「そうだよリーリス。来月でお前は十三歳。エルフでは大人と扱われる歳だ。そうなったら、お前は街へ出て一人で暮らすんだ」
いつも元気いっぱいで、親譲りの朝日のように輝く金色の髪をなびかせる最愛の我が娘。父パースは誰よりも、それこそ、己の妻よりも深く愛していた。
「でも街で生きていくためには、お金を稼がないといけませんよ」
一緒に街に戻るとは言え、十三歳を過ぎたエルフは、一人で生きていかなくてはいけないしきたりだ。だから、母ミーシャは、森から出たことのない娘が外の世界でも一人で暮らしていけるように、一般常識から料理はもちろん、好きな男の子の落とし方まで自分が持っているあらゆる知識を伝授した。
「あなた、どうゆうお仕事をするつもりですか? 本当に冒険者になるつもりですか?」
ミーシャも、リーリスのことが可愛くて仕方がない。夫と娘のどちらかを選べと言われたら娘と即答するだろう。
「そうだぞリーリス。仕事選びは大事だぞ。間違ってもいかがわしい店で働こうだなんて考えるなよ!でも、お前はもうパパと同じ冒険者として働くと決めているのだろう!」
「うんそうだよ! 私、パパみたいな強い冒険者になるのが夢なんだ!」
自分と同じ冒険者になって欲しかったパースと、危険が伴う冒険者ではなく安全な街で看板娘みたいな存在になって欲しかったミーシャ。
娘の未来を決める二人の戦いは水面下で数年に渡って繰り広げられたが、先日、リーリスが冒険者になると宣言した結果パースに軍配が上がった。
娘の決定に、パースは大喜びし、ミーシャは酷く落ち込んだが、それでも娘が自分で選んだので、未練はあるが、仕方ないと諦めモードであった。
「そうか、そうか、うん! リーリスの腕前ならすぐにBランクに昇進できるだろう。それどころか、パパと同じAランクも夢ではないぞ!」
パースはリーリスに己が学んできた冒険者としての知識を授けてきた。森で狩りで魔物との戦闘もすでに経験済みで、単純な戦闘力であればすでにBランククラスはあるとパースは考えている。
流石に天職はまだ下位職の『射手』であるが、親の贔屓目抜きでも天才であるリーリスであれば数年で上位職へクラスアップする可能性は十分に考えられた。そうなると、残る問題はただ一つ。
「だからこそ、最初に組むパーティは重要だぞ。一生の付き合いになるからな」
希少種であるハイエルフでおまけに戦闘センスは天才の域にあり、スキル無しでの弓の腕前に関しては自分に匹敵する。間違いなくリーリスは注目を浴びるだろう。なので、悪い虫がつかないように、最初のパーティ選びまでは、慣習を破ってでも裏から手を回す必要があるとパースは考えていた。
街に戻ったら元のパーティに合流する予定であるし、そもそも、この十三年間、物を買うため何度か一人で街にも戻っているので、今でもそれなりに人脈もある。
自分の持つ全ての力を使って、可愛い娘に悪い虫が付かないようにする。それだけが、彼に残された唯一の課題だった。
「楽しみだな~」
憧れの場所にもうすぐ届く娘の笑顔に、かつての自分達を重ねながら、この日は幸せの内に幕を閉じた。
翌日、パースとリーリスは、昨日と同じように冒険者としての訓練兼、晩御飯の食材探しのために、森の中で狩りをしていた。
しかし、冒険者としての勘か、パースは朝から妙な胸騒ぎを感じていた。それは直感に近いものであったが、その予感は残念ながら的中してしまった。
「おいおい、何か、妙な臭いがすると思って来てみたら、これはすげぇー大当たりじゃないか!!
森の中で、親子の前に現れたのは、歳は二十代前後だろうか。不気味な黒いローブを纏った黒髪で長髪の男であったが、それ以上に特徴的だったのは、狼のような耳と尻尾を持っていたことだ。そう、この男の種族は彼らと同じ純血の獣人である。
しかし、同じ亜人種という共通点など、一切頭に入ってこないほど、その男から邪悪という印象しか浮かんでこなかった。
「パパ、あの人何だか怖い」
ハーフエルフであったパースの元パーティのリーダーを始め、両親の知り合いが何度か三人の住処に尋ねてきたことがあったので、両親以外の人間を見るのは初めてではない。しかし、リーリスはその男を見るとすぐに、未だかつて触れたことのない恐怖のようなものを感じ、パースの後ろに隠れた。
リーリスは、この男が今までに出会った数少ない人間とは明らかに違い、そして、今の自分の手に負える相手ではないと持ち前の天性の勘で、瞬時に悟った。
そして、怯える小動物のようになってしまったリーリスに対し、男には聞こえないくらいの小さな声でパースは囁いた。
「リーリス。良く聞きなさい。今すぐこの場を離れて、すぐにママの所へ逃げなさい。そして、二人ですぐに森を脱出するんだ」
「えっ!? でも……」
「早く、行きなさい!!」
生まれて初めて聞く、氷のように冷たい父親の言葉に驚きながらも、リーリスは恐怖からか、この場を今すぐに離れる道を選択した。
「おい! まだ自己紹介もしてねえぞー。どうやら教育は行き届いてないな。ん?」
逃がすつもりは毛頭ないが、背を向けて少女が自分の想像以上に早くこの場を逃げ出す姿を見て男は、下卑た笑みと共に嬉しそうに持っていた杖を向けた。
「うん! 決めた。あの賞味期限切れのエルフもどきの代わりに、今度はあの小娘を使ってやろう。パラライズ・アロー」
取りあえず、少女を逃がさないようにするためか、黒い矢の形をした、当たった対象を麻痺させる闇属性魔法をリーリスに向けて放つ謎の男。
しかし、少女を狙う黒い矢は、その後方から物凄い速度で追尾してきた飛翔体に当たり空中で激突し霧散した。
「ヒュー、魔法を弓矢で撃ち落とすなんて、おじさん結構やるね!」
口笛を吹きながら、謎の男は、己の魔法を撃ち落としたパースの弓術の腕前に素直に賞賛した。
「お前のような邪悪な奴に、娘を指一本たりとて触れさせはしない!」
パースの天職は、下位天職『射手』からクラスアップした上位天職『狙撃手』だ。『狙撃手』には、一日に使える回数制限はあるが、放った飛び道具が必ず相手に当たるという必中狙撃という強力なスキルがある。
そのスキルを使えば、魔法を空中で当てることなど造作もない。そして、長年の勘からパースは、速やかに前の男を殺す必要があると判断し、回数制限のある必中狙撃の対象を男に設定して再び矢を放った。
「ちょ、はやっ?!」
パースが持つ魔法の武器である弓は、魔力を込めることで、矢の速度を速めることができる。
その矢の速度に、男は一切反応できていない。だが、矢はそのまま男の頭部を貫くかに見えたが、当たる直前に見えない壁に阻まれ弾け跳んだ。
「危ない、危ない。予め防御結界魔法を掛けていなかったら、今ので死んでたわ」
「……だろうな」
パースにしても、獣人でありながら、その風貌からして魔術師系の天職だと思われるこの男を今の一撃で仕留められるとは思っていなかった。
しかし、今の一撃で確信した。こちらの攻撃を魔法による防御でしか防げないのであれば、一度身を隠し木々に隠れて、向こうの魔力が尽きるまで、矢を撃ち続ければスキルを使わなくても勝てると。
しかし、そのパースの確信は、男がローブから取り出した手のひらに収まるほどの小さな黒い棺を見て消えた。
「コフィン・ボックスだと!?」
パースを驚愕させたそれは、とある天職のみが使える専用魔法道具だ。そして、同時に男の持つ天職に気が付いた。
「お!? こいつを知っているのか。それじゃあ、説明しなくていいな」
「貴様、まさか!?」
コフィン・ボックスは、驚くべきことに大きさと質量を無視してある物をあの小さな棺の形をした箱に納めることができる魔法道具だ。その技術でもっとましな他のものを入れられれば、大いに世の中に立つと言うと、現役時代に何度も思った代物でもある。
「では、行ってこい!」
男は、自分の手のひらの上から箱を開ける。すると、箱の中から一人の人間が飛び出してきた。
「アアアアアアアア……」
それは、体の肉が見て分かるほどに腐敗し、異臭を放つ大剣を担ぐ女性の冒険者であり、しかも自分と同じく人間よりも耳が長い。
ここまでであったら、まだ救いはあった。女性のほうから腐った口を開いて、パースに話掛けてくるまでは、
「アアアア、パー、ァァス?」
「あ、ああああああ、貴様ああああああああああああああ!?」
彼女の名前はメアリー。最後に会ったのは半年前だが、長年パースと共の冒険者をし、パース所属していたパーティのリーダーを務めるハーフエルフだった。
「おやおや、その様子では知り合いだったのかな?」
これは面白いことになったと、男はケラケラと笑う。そうだ、肉親や知り合い同士を戦わせ従わせる。これこそが『死霊術士』の醍醐味だと言わんばかりに。
「こいつは捕らえるのに結構苦労したし、エルフのストックがいなかったもんで渋々死者隷属をしたんだが、やっぱりババアはだめだな」
それから男は申し訳なかったと頭を下げ、
「真に申し訳ない。知り合いだったら、理性がある状態で、嫌々戦わせた方がお互いに面白いことになったのに。こいつは、強いだけで俺様の好みに合わなかったから、もう三か月間くらい肉を食わせていない。おかげで、もうこいつは使い道にならない不良品だよ。まあ流石に知り合いの顔に反応するくらいの理性は残っていたようだがな」
もはや、パースの心の中は怒りで我を忘れる限界であった。だが、次の男の発言を聞き、一瞬で静まった。
「その点、さっきの少女はいい。足も早そうだし、何より容姿が素晴らしい。戦闘以外にも使い道が多そうだ! このババアの代わりにあの少女を使ってやろう」
「貴様っ!」
「ああ、一応、言っておこうか、お嬢さんを下さい。お義父さん?」
これなら、まだ悪い虫に取りつかれる方がましだ。大切な娘をあんな男の玩具として弄ばせてたまるか。
パースはこれは絶対に負けられない戦いであり、刺し違えてでもあの男を殺すと覚悟を決めた。
しかし、パースの決意を嘲笑うかのように、男はローブの中から新たに二つコフィン・ボックスを取り出した。
「俺達、ネクロポリスのモットーは『欲しい者は殺して奪えだ!!』ぜ?」
リーリスは走った。
人生で一番早く走ったのではないかと言う速さで、恐怖と父親の言い付け通りに走った。
そして、自らの家であるログハウスを視界に収めたところで、背後から衝撃を受けて意識を失った。
「んん、もう朝?」
毎朝起きるのと同じように、ぼんやりとしながらリーリスは目を開けた。
しかし、飛び込んできた光景は、いつものベットではなく、十三年近く住んできた我が家のリビングだった。
「お、成功したな!」
そして、リーリスに声を掛けたのは、「朝だよ」と起こしてくれる母ではなく、恐怖から逃げ出したあの男だった。
「ひぃ!」
その姿を見るなり、恐怖からリーリスは飛び上がった。そして、逃げ出そうと周囲を見渡すと、リビングの柱に体と口をロープで縛りつけられて意識を失っている母親の姿が目に入った。
「ママ!」
しかし、何故か、愛する母親の元へ行こうとするのに体が動かない。と言うよりは、行ってはいけないと頭が警告を鳴らし、体の制御を奪っている感じであった。
「動けない。何これ?怖い」
「精神が思ったよりも幼いからかな? 早くも捕食衝動の初期症状が出ているな」
男は興味深そうに、そして、これから面白いことが起こるのを楽しみにしている子供のような目でリーリスを見つめた。
「おっと、いけない。俺様の名前はガリアン。今日から君のご主人様になる男だよ」
「ご主人様?」
「そう、ご主人様だ、君は一度死んだんだ! そして、俺様の手によってグールとして蘇ったんだ。死者を生き返らせたんだぜ、君がこれからの人生の全てを俺様に捧げるのは当然じゃないか!ああ、それとママには一切手を出していないよ。気絶させただけ。でも残念だけど、パパの方はあの不良品のエルフもどきと一緒に死んじゃった」
パパが死んだ? グール? ご主人様?
リーリスは男が言っていることが何一つ理解できなかった。同時に、男の声がどんどん遠くなっていくのを感じた。そして、声が遠くなってお腹が空いてきた。
「お腹すいた」
この時、極度の空腹状態に襲われていたリーリスの目には、柱に縛り付けらていた物体がおいしいご飯に見えた。
涎を垂らしながら、ゆっくりと柱の方へと少女は進む姿を背後から見て、ガリアンは、これまでの人生で見た中でも一、二を争う位に愉快だと呟き。
意識を取り戻した母親と娘の最後の食事姿をたっぷりと堪能した。
今まで、ぼーっとしていた意識が突然クリアになって、空腹感から解放されたリーリスは自分の体を取り戻した。
しかし、自分の五感を取り戻したリーリスの目に最初に入ってきたのは、もはや原型を留めていない赤くグロテスクな生物の残骸と真っ赤な液体を浴びた己の手足であった。
「わぁあああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!」
一瞬で、周囲の状況を理解し、自分が何者になったのかを理解し、自分が何をしたのかを理解したリーリスは、獣にも似た叫び声を上げ、床に散らばっていた突起物の一つを掴んで、諸悪の元凶に飛び掛かった。
「うん。やっぱり若いっていいね。とても良い食べっぷりだ。でもごめんね。流石に時間を使い過ぎた。これ以上君を調教している暇はないんだ」
だが、ガリアンが、さっきまでメアリーのために使っていたコフィン・ボックスを開けると、絶叫を開けながら飛び込んできたリーリスの体は、吸い込まれるように箱の中に消えてしまった。
その様子を見届けた後、一仕事終えたと、ガリアンは両手を広げ体を伸ばす。
「これはいい拾い物だったな。他のメンバーに自慢できる」
彼が所属するネクロポリスのメンバーでも、死者隷属で純血のエルフを所有している者は数えるほどしかいない。その中でも、今回入手したコレクションは、可愛いさにおいて一番ではないかとガリアンは考えていた。
「お祭りの前に、寄り道した甲斐があった。ん?」
と、ここで獣人であるがために人間以上の嗅覚を持つガリアンの鼻が、ここからそう遠くない地で、アンデットと人間がいることを捉えた。
両者が戦っているようにも感じないので、十中八九ネクロポリスのメンバーであろう。
「現地集合の予定だけど、その前に誰かは分からないけど、自慢すっかな!」
ガリアンは、同胞に新たに入手したコレクションを自慢するために、その姿には似合わないステップを踏みながら森の中を歩き出した。




