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第六話 脱獄

 棺に納められていた謎の少女が僕よりも遥かに強い騎士達を皆殺しにした今、この場には、僕と司教様と謎の少女しかいません。


 護衛が消えた今、こうなると脅すようになってしまいますが、僕は司教様に問わなければならないことがあります。


「司教様、この人は何者ですか? 僕は、アンデットについて詳しくは知りません。ですが、審問の様子をみれば、司教様や教会にとってアンデットが忌むべき存在であることは理解できます。ならば、何故、聖人になった者がヴァンパイアなのですか? 死者隷属で蘇った者はグールになるのではないのですか?そもそも、この教会と真逆のイメージを植え付けるこの場所は何なのですか?」


 ですが、僕なんかの問いに司教様は答える必要はないと考えたのでしょうか、逆に僕に問い掛けてきました。


「その御方はすでに、貴様の従僕だ。命令して聞けばいいだろう?」

「直接彼女に、聞きたいところですが、僕の腕が未熟なのか、どうやら彼女はどうやら記憶喪失のようです」


 僕の言葉を肯定するかのように、少女も頷く。


 こちらの状況が理解できたのか、「そうか」と短く呟くと、仲間である騎士達が皆殺しにされたのにも関わらず、悲鳴一つ上げずに、今まで静観していた司教様は、観念するかのようについに口を開きました。


「その御方の名前は、ルーチェ・ローズマリア。この街ローズにて三百年前に誕生した聖人である。異教徒の侵略から国と教会の守った功績で弱冠十六歳で聖人に認定されたが、その後、彼女は教会最大の敵に破れ、魔性に堕ちた」


「教会最大の敵?」


「田舎者の貴様も、流石に知っておろう。闇の王だ」

 

 闇の王!? 


 流石に、それは田舎者の僕でも知っています。絵本や両親が昔語ってくれたおとぎ話に出てくる伝説の怪物。


 魔王。ヴァンパイアの祖。夜の支配者。最強の怪物。神の敵。国崩し。


 数々の悪名を持つその者は、あらゆる物語において登場するため、この世界の人間であれば、誰でも知っているでしょう。それくらいに有名な存在です。


 最も僕もそうですが、世間一般的には、教会や作家が作ったおとぎ話の中の空想上の存在だと思っているでしょうが、


「闇の王は実在する。歴史上何度か、勇者によって敗北を喫してはいるが、あの怪物は確かに今現在もこの世の存在する教会最大の脅威だ」


 まだ、信じられませんが、司教様が、ここまで断言する以上、闇の王は実在すると思っていいそうです。


「彼女、ルーチェ・ローズマリアは、闇の王に殺された後、闇の王からこの世で最も邪悪な血を与えられ、最強のアンデットと呼ばれるヴァンパイアとして蘇った。だが、ヴァンパイアにはされたものの彼女は、闇の王の手から逃れ、日の当たる場所に戻ってきた。それは喜ばしいことだったかもしれない。しかし、当時の教会は彼女の存在を許さなかった。当然であろう。教会の象徴であるはずの聖人が、教会が最も忌むべきアンデットになり果てるなど、前代未聞の不祥事だ」


 確かにそれは大変な事態でしょう。 


「彼女の記録は全て抹消された。そして、アンデットとなった彼女には改めて異端者として処刑を言い渡された」


 ここで、司教様はアンデットになった者の倒し方を簡単に教えてくれました。


 グール、スケルトン、レイス、ゾンビ、ヴァンパイア。


 蘇りし死者であるアンデットには、大きく分けて五種類あるらしいですが、種類によって倒し方は異なるそうです。


 しかし、五種類とも共通して、光魔法系統に属する浄化の魔法を使えば、その肉体から魂を解放できるみたいです。


 ただし、この方法だと、肉体から解放された魂が天上の世界に旅立つ前に、再び元に体に戻ってきてしまうため、死者の体を骨も残らないくらいに焼き払う必要があります。


 死体は大地に帰さねばならないというルクシオン教の教えにおいて、肉体の消滅とは、魂の消滅であり存在の否定であるらしく、最も避けなければならないものだそうです。


「だからこそ、当時のローズの街の司教は、ルーチェ・ローズマリアは、この街の教会の手によって浄化されたと上に報告したが、その体は、焼き払わずにこの場所に保存した。禁忌とされた黒魔術にまで手を染めて、彼女の体に魂が戻らないように、棺に結界と肉体が腐らない魔法を掛けてな」


 誰にも告げていない秘密を喋っているためか、司教様は疲れたと言い、床に座り込みます。


「どうして、ルクシオン教会の教えに背いてまでして、彼女を庇ったのですか?」


「さあな、それは知らん。先代の司教様もご存じなかったようだ。ただ、この街から出た英雄の全てを否定したくなかったのではないかと私は考えている。そして、私を含めこの街の歴代の司教様は、代々に渡り、三百年間この秘密を守り通してきた。しかし、それももう終わりだ」


 そして、司教様は役目は終わったと嘆くように脱力しました。


 僕はその姿を眺めながら、考察してみます。


 さっき僕が棺を開いたことで結界が破れ、肉体の中に魂が帰ることできた。そして、まだ確認はしていませんが、スキル死者隷属を会得した僕は、死後の世界である天上の世界から、彼女ルーチェ・ローズマリアの魂を呼び寄せ、復活させたのでしょう。


 本来、死者隷属で蘇るアンデットはグールになるらしいですが、彼女は元々アンデットの一種であるヴァンパイアでした。先ほど、ヴァンパイアとしての能力を見せたことからも察するに、恐らく、グールではなく、ヴァンパイアとして復活して僕の従僕になったのでしょう。


 なので、もしかしたら現在の彼女は少々特殊な存在かもしれません。ですが、彼女の今の状態はひとまず置いておくとします。


 要するに、僕はルクシオン教から弾圧され、歴史から抹消されてもなお、このローズの街にある教会が三百年守ってきた存在を、復活させ己の支配下にしたわけだ。


 ああ、うん。これは司教様が、ブチ切れても仕方ないです。どう考えても僕はやってはいけないことをしてしまった。


 それから僕は、彼女、ルーチェ・ローズマリアを見ながら、冷や汗をかきました。ルーチェの方は、僕から指示を待っているのか、床に倒れこむ司教様をいつでも殺せるように、右手を構えています。


 僕が命じれば、すぐにルーチェは、自身を三百年間守ってきた守り手を一切のためらいもなく殺すでしょう。


 記憶喪失なので、恐らく今の彼女の性格は、生前の英雄であった頃の彼女とは違うでしょうが、それでもここで、三百年間彼女を守ってきた守護者を殺してしまうのは、何か間違っていると僕は思います。例え、それが僕に処刑を言い渡した人物だとしても、


「ルーチェでいいのかな? 手を下ろして、君が司教様に手を下す必要はないよ。それよりも早くこの街から逃げよう」


 僕が命じるとルーチェは手を下ろし、臨戦態勢を解きました。この時、彼女が何を思っているのか分かりませんが、これが彼女にとって最善であったと信じたいです。


「かしこまりました。では、至急準備致します」


 ルーチェと僕は、司教様の横を素通りして地下室から、廊下へと出ます。


 しかし、その直後、司教様が尋ねてきて足を止めます。


「後悔するぞ。ここで死ななかったことを」


 意外でした。司教様が何か言って来るとしたら、それは自分を生かしたことについて追及してくると思ったからです。


「何故後悔するのですか?」


 元々、『死霊術士』になった罪で今日の昼には処刑されていました。


 その上で、記録から抹消されたはずの聖人復活させてしまった以上、教会は完全に僕を敵と見做すでしょう。


 この先、真っ当な人生を歩めない事は自分でもよく分かっています。生きるために犯罪に手を染めることもすでに覚悟しています。


 しかし、そんな僕の覚悟をあざ笑うかのように司教様は告げます。


「『死霊術士』となった以上、君の人生には絶望しかない。教会の意向に長年背いてきた私が君達の事を上の報告するつもりはないが、私が告げなくても、すぐに君の存在は教会にバレる。そして、教会は君を滅ぼすために手段を選ばないだろう。だが、君に味方はいない」


 そして、司教様は僕の方を指差して叫びます。


「君は『死霊術士』がどのような存在であるかをきちんと理解していない! 奴らは自分が使役する死者をコレクションや道具のように扱う正真正銘の外道共だ。口封じで私を殺さないような甘ちゃんである君が、あの狂気に馴染めるものか!だから、君のこれからの人生に味方はいない。君は死ぬまで、孤独を味わい続けるのだ!!」


 何をと、反論しようと思ったが、その前にルーチェが僕の前に出ます。


「例え、世界の全てが敵だとしても、私は主様と共にいます。だから、主様が孤独を知ることはありません」


 ルーチェは毅然とした態度で、司教様に言い放ちます。その姿に一瞬だけ司教様は驚き、狂ったかのように笑い出しました。


「ふふふふふふふ、そうか、そうか、ならば、進むがいい。死者と共に歩む孤独な道を、はっはっはははははははははははは!!!!!!!!!」


 その後、僕とルーチェは、教会の地下倉庫から当分の生活に必要な物資を盗み出すと、夜が明ける前に、ローズの街を出ました。



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