はい、あーんして
さて、ひと段落ついたし休憩でもするか。
木目の入ったベンチに腰をかけると洗い物を終えた手をハンカチで拭った。
日差しが雲に覆い尽くされると細めていた目も僅かに緩む。
やっぱハンカチとチリ紙は必須だよな、持ってない人は有事の際にまじで困るから常に携帯しておくように。
「雪くん、雪くん」
「ん?」
俺は美代に呼ばれたので振り向くと半ば呆れ顔を無意識に露呈させてしまった。
やっと一式洗い物終わったんだからゆっくりさせてくれ、それに美代と志保は何もしてないよね?
特に志保さん。
食器用洗剤をスポンジに付けないで直接お皿にかける斬新なアイディアからの即水流し、これがもう見てられなくて……。
そんな厄介者の後は美代のお世話となるとさすがに俺も億劫で、ため息が溢れ出てきそうだ。
「はい、あーんして」
え?もうカレー食べ終わったよね?何食べさせられるの?
俺は恐る恐る口を開けた。
「あ、あーん」
あ、なんかちょっと幸せ。
きっと新婚夫婦とか始めはこんな感じにラブラブなんだけど、会社から帰ってくると料理の乗ったトレイの上にレンジで温めて下さいとか書き置きの手紙が置かれてる未来まで見えた。
停滞期ってやつだな。
「はい、どう?美味しい?」
そう言って俺に笑顔?を向ける美代。なんかすっごい興奮している様子なんだが……。
その荒っぽい息とか頬を赤らめて今にも賭ケグルイましょ〜とか言いそうな顔とか違和感でしかない。
口の中ではドロっとした甘いものが入り込んで来た。
それに何処かで嗅いだ匂いだ、口の中は甘くて美味しさが染み込んでいるが、食感が明らかにネチョネチョしていてしつこさが伝わる。
……これってチョコかな?
「うん、美味しいけど……チョコだよね?」
「うん!今日で二つ目だね!わ・た・し・のチョコ」
美代は背中に隠していた箱型のチョコケースを出すと前のめりになって俺にそれを差し出した。
ちくしょうまたやられた!ありがとうございます!
しまった!つい本音が……。
ここでお礼をしてしまうあたり、俺は多分病気なのだろう。
俺は身をたじろぎながら話題転換を図った。
「そ、そう言えば本、読んだんだよな?どうだった?」
美代は口元に人差し指を当てて、何かを考え始めた。
よし!これ以上チョコを食べさせられてはたまったもんじゃないしな、まだ口の中のベタつきがしつこい。
美代は頭をひねっているようだったが空いた片方の手で俺にグイグイとチョコケースを押し付けてきた。
「え〜っと、想像力が凄いな〜って思った、あんなに非現実的なことを書き続けるなんて……きっと妄想が得意なんだね!」
おっとこれ以上喋らせるのはまずいのでは?
確かにライトノベルは陰キャが突如なぞの転校生に告白されたり異世界転生したりするがそれは物語としての魅力的な部分であって……。
突拍子もなく彼女作ったりハーレムになったり、ごく普通の高校生を名乗るくせに何故かモテる。訳がわからないよ。
現実味ゼロだよなぁ、でもそこが良い。




