団円
高城が項垂れたままの霜司を連れ、雲に乗って飛び去ると、場は一気に和んで大騒ぎになった。
まず飛び出してきたのは、幼さの残る、黒鋼の海龍。
レヴィの前に立ち、キラキラした目で見上げる。
「兄さん、マジ強いっす! カッコイイっす!
自分、弟子にして欲しいっす! 師匠って呼ばせて欲しいっす!」
レヴィがぽかんとして頭一つ分背の低い彼を見下ろす。
「師匠て」
ロキがぽそりとつぶやくと、エンが楽しそうにくすくす笑う。レヴィが気を取り直したようにきっと表情を引き締め、顔をあげた。
「弟子になりたい? 誇り高き海龍一族の王が、そのような事、軽々しく口にするなど」
黒鋼の海龍が、不安そうにしゅんとする。
「修業は厳しいぞ!」
「はいっ、師匠!」
「いいんだ? 弟子にしちゃうんだ?」
高らかに宣言する海龍二人に、ロキが愕然とつぶやく。
エンが堪らずに声を上げて笑い出した。
「ま、あいつはまともな眷属も少ないし。下っ端持つのに憧れていたんだろ」
「主ちゃああああん!」
聞き覚えのある声に振り向くと、チョコレート色の肌の少女がロキに飛びついてきた。
「ヴォルケーノ!」
「うち、元に戻してもらったよ! 主ちゃんのおかげ、ありがと。
主ちゃん、怪我、大丈夫だった? 痛かったよね、ごめん」
「ヴォルケーノが悪いんじゃないよ、元に戻ってよかった」
「礼を言うよ、マジ助かった、ありがとな」
ヴォルケーノは、そういうエンにも嬉しそうに微笑みかけ、ロキの表情を窺うように、おずおずと切り出す。
「ねえ、主ちゃん、あのさ、お願いがあるんだけど、その、オルちゃん」
「うん、こっちからもお願いがある。
これからも、オルトロス、預かってもらえないかな?」
「えっ、いいの? うち、オルちゃんに怪我させちゃったのに。
うちがオルちゃんと暮らしても?」
ロキが頷くと、ばっとロキに抱きつく。
「きゃああああ、嬉しい! 主ちゃんありがとう!」
「あっちいいいい、熱い、熱いって、ヴォルケーノ!」
「あ、ごめん、つい興奮して」
身を引いて目を丸くしたヴォルケーノが、赤くなった自分の首を、しかめっ面で撫でるロキを見て、いたずらっぽく笑う。
大槻と薗田は、アキとフユに話しかけていた。
「君たちが、アキの中に入っていたの?」
「そう。ボクたちは狛犬なの」
「そのださん、おいしいごはんとかっこいいスカーフ、ありがとう」
ロキも、会話に加わった。
「しっかし、驚いたよ。アキが魔族で、フユも一緒だったなんて」
「え、ちょっと待てよ」
その言葉に、エンとレヴィが驚いて振り返る。
「驚いたって、ロキ、お前、アキをなんだと思っていたんだよ」
「何って、普通の犬だと」
「主様は、では、命を顧みず、普通の犬を救おうと危険を冒して?」
「犬だって、命があるんだぞ? 助けに行くの当たり前だろ」
「じゃ、じゃあさ、お前、アキを眷属の一位にしたのは?
俺とレヴィが、なんていう事ない、普通のいぬっころの下だと思ったわけ?」
「え、だって。お前らがぎゃーすか騒ぐから、とりあえず決めておけば、静かになるかなって。
一位とか、そんな大事か?
だいたいさ、お前ら、アキの事わかっていたんなら、もっと早くに言えよ!」
「おかしいと思ったぜ……。
まだ幼生で正式な眷属になれないアキたちを一位に据えるなんて」
「成長した後、眷属になる事はほぼ確定であったし、予約というか、そういうものかと」
エンとレヴィは、茫然とした表情でそうつぶやき合い、どちらともなく顔を見合わせて、ほぼ同時に笑い出した。
金色の粒子を含んだ緑色の風に運ばれるボードに乗り、少年が空を翔ける。
その背後に、眷属たちを従えて。
少年の耳には、アンティークなデザインのピアスが揺れる。耳朶に近いところに、白黒の陰陽の紋章、そこから三本の細いチェーンが下がり、それぞれ、コバルトブルーと、燃え立つ金色、澄んだペリドット色の石が煌めく。
黄緑に光る石は、新たに眷属になった風魔が、先在の眷属たちに倣ったもの。
活火山の上空を通過する時、どうん、と、景気のいい音を立て、豪快に噴煙が上がった。
勇壮な景色に感嘆の声を上げて見下ろすと、双頭の黒犬を伴った少女が、火口の淵で大きく手を振っている。笑いながら応え、振り返した手には、彼女の証である指輪が、茜色に揺らめいた輝きを放つ。
世界は広く、人に害をなす強大な魔物は、まだまだ多い。
時に無謀に、危険を顧みず最前線に飛び出し、圧倒的な眷属たちの力で妖魔を殲滅し続けているのは、神の遺伝子を引き継ぐ少年。
その呼び名と、悪運と、突飛で型破りな行動から、トリックスターと称される、人類最大のジェーナ保有率を誇る戦士の戦いは、まだ、始まったばかり。
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