その2:「私の記憶だけど、私の話じゃないね」
アミカナは、水槽とは反対側の志音の腕を取りながら、優雅に泳ぐ色とりどりの魚達を眺めていた。
「どう? 水は大丈夫?」
「ええ。もう大分慣れたわ」
志音の問いに、アミカナは笑顔で答えた。
サンゴ礁に生息する魚のコーナーで、黄色いサイコロのような魚を見つけたアミカナは、志音の腕を離れ、足早に水槽へと近づいた。
「ハコフグだ!」
笑顔が零れた。ガラスに指先を押し付けて、ハコフグの興味を引こうとする。
志音はゆっくりと歩み寄った。
「そんなに面白い顔してる?」
笑顔のままの彼女の背中に問いかける。
「ううん。そうじゃないの」
彼女は、こちらを向いたハコフグへと顔を近づいた。
「子供の頃、タッチプールでハコフグに指を近付けたことがあって、そしたら指に嚙みつかれて、ビックリして、ハコフグをプールから放り出しちゃって……」
アミカナは笑いながら志音を振り返った。
「それで、友達に『ミカったら何やってん……の……」
そこまで言って、彼女は急に口を噤んだ。笑顔が消える。
「どうした?」
志音が尋ねると、アミカナは苦笑した。
「……この話、私の記憶だけど、私の話じゃないね……」
目を伏せる。
「……でも、君の記憶だよ……」
志音が言うと、彼女は顔を上げた。笑顔を作ろうとしたが、込み上げる想いが邪魔をした。
「そうなんだけど……何ていうか……」
アミカナは、顔を隠すように再び水槽の方を向いた。手を後ろに組むと、額をそっとガラスに押し当てる。
「私、ミカから色々と削り取っちゃってるのかな……って思ったりして……」
それは、以前ミカが言っていたことだった。
志音は俯いた。眉根を寄せる。どうして、二人が二人とも苦しむ必要があるのだろう。
どっちがオリジナルか、という問題じゃない。同じものは同じなんだ……
「……始めから、一つじゃない……」
志音は切り出した。
「君達は双子だった。いつもどんな時も一緒に過ごしてた。だから、同じことを覚えてる。ミカさんはミカさんの記憶。アミはアミの記憶。それがたまたま一緒だっただけさ」
アミカナはハッとして志音を振り返った。
彼は笑顔を作った。なるべくぎこちなくならないように――
やがて顔を伏せた彼女は、ゆっくりと志音に近づくと、水槽とは反対側の腕を取った。ぎゅっと握り締める。
「……どうした? やっぱり、水は怖い?……」
志音に聞かれて、彼女は水槽とは反対の壁に目をやった。
「……そうね……そうかも……」
シオンとミカは、志音とアミカナから数メートル程後を並んで歩いていた。
ミカは、水槽の魚よりも、先を行く二人を見つめていた。彼女の視線に気付いたシオンは、乱暴に頭を掻いた。
「……なあ、ミカ……」
「……何?」
「……脳筋のことは、あいつに任せるんじゃなかったのか?」
シオンに気付かれて、ミカは狼狽した。
「ああ、ごめんなさい!」
シオンは溜息をついた。隣のミカを見る。
「いいか? コピーがオリジナルを超えることはない。だが、コピーだって劣ってるわけじゃない。オリジナルの方が、より優れているだけだ。コピーはコピー同士、ちゃんとやっていける。だから……」
そこで、シオンは前を向いた。
「……お前はお前の人生を生きていい」
ミカはハッとして彼の横顔を見た。唇を噛み締める。眉根が寄せられ、青い瞳が潤んでいく。
「……シオン……」
ちらりとミカを見たシオンは苦笑した。
「まあ、あいつが頼りないのは分かるけどな……」
「……そんなことないけど……」
無理矢理笑顔を作ったミカは、何度も瞬きをしながら、次の水槽へと目をやった。
「あ、ハコフグ!」
シオンの横を離れ、足早に水槽に近寄ると、彼女はガラスに顔を近付けた。ガラスに指先を押し付けて、ハコフグの興味を引こうとする。
「どうした?」
シオンに聞かれて、ミカは笑顔で振り返った。
「実は、子供の頃、タッチプールで、ハコフグに指を近付けたことがあって……」
「時間戦士は永遠の夢を見るのか・平行宇宙編」をお読み頂きましてありがとうございます。次の文章が間に合いましたので公開致します。次回分も何とか連続公開できそうです。その次からは、さすがに不定期となります。少し気長にお待ち頂ければ幸いです。




