その10:「私は……よくない」
<日曜日>
シオンとミカは、並んでソファーに腰を下ろし、テレビを眺めていた。番組では、昨日の水族館事故の原因について、様々な憶測が語られていた。
「それにしても、あの事故の死者数まで覚えているなんて、凄いのね」
画面を見たまま、感心したようにミカが言うと、シオンは鼻を鳴らした。
「あれはハッタリだ」
「……え?」
一呼吸おいてから意味を理解したミカは、驚いてシオンを見た。シオンはテレビを見たまま、唇の端を釣り上げた。
「あんな事故の死者数なんていちいち覚えていられるか! 俺の記憶量は数百年分だぞ!」
シオンの言葉に、ミカは思わず胸に手を当てた。
……じゃあ、あれは……私を励ますために?……
切なげに眉根が寄せられたが、テレビに集中しているのか、シオンはミカには目をくれなかった。
ミカは目を伏せると、鼻の頭を指先で擦り出した。
「……ねえ……あの時の約束、覚えてる?」
そういうと、チラリとシオンを見る。
「あ?……ああ……」
「……私……」
気のなさそうなシオンの返事に、ミカは言い淀んだ。左手でゆっくりと太腿を擦る。
不意にシオンは声を上げた。
「あれもハッタリだ! ああ言えば、『シオンに抱かれたくてたまらないから~、まだ死ねない~!』って思うだろ?」
裏声を使ったシオンは、ミカに向き直ってうすら笑いを浮かべた。ミカは顔を顰めた。瞳に侮蔑の色が浮かぶ。
「……最っ低……」
「へっ、そうか?……」
両手を後頭部に添えると、彼は再びテレビに目をやった。
暫くシオンを睨んでいたミカだったが、やがて大きく息をつくと、天井を見上げた。
「……なんだかなぁ……」
シオンはチラリとミカを見た。
「どうした?」
ミカは正面を見据えた。遠くを見る。
「あなたと話してると……何ていうか……悩み事なんてどうでもいいような気がしてくるわ……」
「お! いいじゃねぇか!」
シオンはミカに向かって身を乗り出した。
「……そうね……だから決めた!」
突然ミカは立ち上がった。テレビを背に、腕を組んでシオンの前に仁王立ちになる。
「約束だから、やらせてやる!」
ニッコリと微笑むと、彼女はそう宣言した。
「は?……」
唖然としたシオンは、やがて目を逸らすと乱暴に後頭部を掻いた。
……ムードの欠片もねぇな……
呟きながら、改めてミカの顔をしげしげと見る。
「……お前、何だか脳筋に似てきたな……」
「そりゃそうよ。彼女は私だもの」
吹っ切れたような笑顔に、シオンは苦笑した。
……なるほどね……
彼はゆっくりと立ち上がった。
「……いいぜ。足の傷が治ってからで……」
シオンの言葉に、ミカは僅かに目を見開いた。唇を噛む。しかし、それは一瞬だった。再び穏やかな微笑みを浮かべる。
「……そう?……」
「どうした? 我慢できないか?」
「だ・ま・れ!」
「へっ!」
そこで一度目を伏せたミカは、改めてシオンを見つめた。
「……それまで……一緒に探していこうか……」
「……ああ、そうだな……」
一度、ミカの青いまなざしを受け止めたシオンだったが、すぐに目を逸らした。頭を掻く。
「……ま、暇だしな!」
はぐらかしたシオンだったが、それでもミカは屈託なく笑った。
* * *
志音とアミカナは、並んでベッドに腰を下ろし、テレビを眺めていた。番組では、昨日の水族館事故の原因について、様々な憶測が語られていた。
「ねえ、あの二人、どう思う?」
画面を見たまま、アミカナは尋ねた。
「え? いいんじゃない?」
志音の答えに、眉を顰めてアミカナは彼を見た。
「いい、のかなぁ?」
志音は苦笑した。
「ミカさんなら、きっとうまくシオンを乗りこなしてくれるよ。悪い奴じゃないし」
「……まあ……悪い奴ではなかったけど……デリカシーなさ過ぎ!」
「何か言われたの?……まあ、いっつも何か言われてるか……」
「……うん……」
アミカナは顔を伏せた。口を噤む。志音はそれ以上は聞かずに、テレビに視線を戻した。
彼女はチラチラと志音を見ながら、微妙に膝を左右に揺らし出した。しきりに指先で鼻を擦る。
何かを言おうと息を吸うが、結局、言葉にできずに息だけを吐く。そんなことを何度か繰り返して、ようやく、彼女は口を開いた。
「……ねえ……その……やってみる? アレ……」
「アレって?」
「……本編18話で話したでしょ?」
「……え?……」
ハッとして、志音はアミカナを見た。彼女は一度目を逸らし、それからゆっくりと目線を彼に戻した。
「……そう……」
窺うような表情のアミカナに、志音は、嬉しいような、困ったような、ぎこちない笑顔を見せた。
「……ああ、そうだね……」
アミカナは思わず目を瞠った。
「……え?……断らないんだ……」
「……まあね……純粋に興味あるから……」
志音は乱暴に後頭部を搔きながら、視線をそらした。アミカナは眉根を寄せた。うんざりしたように息をつく。
「……ヤダなぁ……これだから理系脳は……」
顔を背けた彼女に、志音は慌てて声を掛ける。
「ごめん……別にいいよ、しなくても……」
沈黙が流れた。
「……私は……よくない……」
目線を合わせないまま、アミカナは呟いた。
「え?……」
志音は思わず聞き返した。
目を伏せた彼女は言い淀んだ。
「……もし……もし、できなかったら、ごめんね……」
その意味を悟って、微笑んだ志音は、彼女の肩にそっと手を置いた。
「……いいよ……僕の方も分からないし……」
彼女は志音の方に向き直った。青い瞳で彼の顔を見つめると、緊張した面持ちで、微かに微笑む。
「……じゃあ……試してみよ……」
躊躇いがちに重ねた冷たい手を、温かい手がゆっくりと包み込んだ――
「彼も彼女も二人いる世界で――」は、一応これで完結となります。この宇宙での四人の声がまた聞こえるようになれば、新しい物語が始まるかも知れませんが、今はここまでにしたいと思います。最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。
※登場人物の「あり得たかもしれない別の可能性」として、短編を書きました。本編では描かなかった関係性に踏み込んでいます。内容的にかなり好みが分かれる(R18仕様です)と思いますので、条件を満たし、かつ、どうしても気になるという方だけどうぞ。ミッドナイトノベルズにアクセスし、「セツナ飯」で検索して下さい。




