ご主人様!
「あれ?私のこと知ってるの?嬉しい!」
「ファンの子?」と菊日は首を傾げる。
対するカゲは答えない。
「でも、ダメだよ。ここ立ち入り禁止だから」
事実、ここは立ち入り禁止のプレートがかかっていた。
だが、これに構うことなくカゲは口を開いた。
「ねぇ聞いてる?」
「先ほど発生したインベーダーに対して、エネルギーの譲渡をしたのはお前だな」
「……ごめん。何のこと?それに君、見たところ魔法少女ではないよね」
カゲの言葉には心当たりがないと言い、カゲの正体を探ろうと口を開く。
「こちらのことは良いだろう。先ほど、魔法少女コフィンと魔法少女朝桜が接触したインベーダーの強さはC級だ。にもかかわらず、不自然なエネルギーの流れと瞬発力を有していた」
互いに話を聞かず今度はカゲがそう続ける。
「貴様、インベーダーだろう」
「は?意味わかんないんですけど」
「ならなぜ語気を強める?」
カゲの言葉に菊日は睨む。
「不可解な事態に何かの接触があったのは感知していたが、まさか魔法少女に擬態したソレだとは気づかなかった。だが、魔法少女コミュニティでの魔法少女コフィンへの動きを考えるとそれも当然だったか」
「そう言えばこの辺り周辺は貴様の管轄だったか」と続ける。
「お前が執拗に魔法少女コフィンの力をあの場でつまびらかにしようとしたのは彼女を孤立させるためだろう。インベーダーは魔法少女の人間関係の隙をつくと言うが、脅威になりえる魔法少女コフィンを早い段階で潰したかったんだろう。魔法少女と言っても所詮年頃の娘だ。組織内での軋轢は容易に精神を蝕む」
「はぁ。いいよ。別にバレても」
つらつらと言葉を並べるカゲに痺れを切らしたのか、菊日は諦めたように手を振った。
降参のポーズにしては投げやりだが、カゲの言葉に対して否定しないと言う事だろう。
だが、「でも」と続ける。
「あんま、調子乗らないでよ」
あからさまに口調を変えた菊日はそう言った。
威嚇のためのそれではない。ただ、本来の口調はこれであり、いつもは猫を被っているようなものであるのだろう。
それほどに、彼女の言葉は感情を乗せていた。
「もういいよ。一応優しさだったけど、普通に殺すわ」
彼女は宙に指を滑らせる。
人差し指で横に線をすぅっと引く。
滑らかに描かれた線は、斬撃となってカゲへと迫った。
それは明確に首を狙っていた。
瞬間、カゲもろとも後方すべてを砂煙が覆う。
瓦礫が地面を揺らす。
だが、晴れていくその砂煙の中のシルエットに変化はなかった。
「どうして?」
「どうしてだと?先ほどのインベーダーにエネルギーの譲渡をするにあたっての異界への接続が完全に切れていないからだろう?だからこそ、貴様は変身すら解かずにこの場に残っていた」
「違う!そんなこと言ってるんじゃない!今の攻撃はA級下位くらいなら一撃で殺せるんだよ。お前がなにか知らないけど、それ受けて立ってるのがおかしいって言ってるんだよ!」
そう。今の一撃は魔法少女菊日による魔法。
それは、万全でなくとも彼女が言っただけの力を発揮できるものだった。
それ故に、菊日には平然と立ち続けるカゲを理解できないでいた。
「この程度で我を倒せるわけがないだろう。それと貴様が考えることは次の攻撃をどうしのぐかだ」
「は?」
「理は書き換えられていたが、人間体の中身を術の理の再現をし書き換えた。所詮簡素で粗雑な偽物、初歩の初歩しか今は再現できないが、まあ、貴様には十分だろう」
その華奢な手の一本の人差し指に炎がともる。
失われた神秘のほんの一端。一にすら届かないそれの再現。
かつて術と呼ばれたそれをカゲはこの場に再現した。
そして、何気なくそれは飛ばされる。
一センチが精々だろう。
だが、きっと見た目通りの威力ではないと菊日は判断して魔法を発動する。
彼女の魔法は、線を引いてそれに沿った斬撃を出す。そして、それは威力に似合わず糸のように細い。
だが、飛ばすと言う工程を無くし、リソースを割くことでほんの一瞬その不可視の刃を板のように広げられる。
菊日は三本の線を引いてつなげて三角形を描く。
それは一瞬だけ、簡易な盾として機能した。
そしてついに到達した極小の火球は爆炎を生み出した。
熱と光に呑まれて菊日の姿はかき消える。
そして、黒々と焼けたコンクリートの中で立っていられたのは魔法体ゆえのことだ。
だが、その魔法体も限界であるのは霧散していく魔力をみれば一目瞭然だった。
「意味わかんない!」
「別に理解する必要はない」
苦し紛れに吐いた言葉をカゲは切り捨てた。
そんなカゲを睨むように見た。いや、視たと言う方が正しいだろう。
「これで正体を……っ!?」
光を反射しているわけではなく、それ自身で発光するのは魔眼の証に他ならない。
正体を見抜く魔眼。正確には魔力に類するエネルギーを感知する類の物だろう。
だが、それは失敗だった。
継戦を考えるのならば悪手だろう。
瞬間、菊日に流れ込む情報は、カゲの全貌のほんの一端。
だが、それはS級魔法少女である海月をして耐えきれなかった恐怖だ。
その深淵を除く行為がどれほどのものであるかは想像に難くない。
「──っか……」
なんとかよろよろと立ち上がっていた彼女の脚が膝を地面につける。
浅くなった呼吸で地面を眺めた。
理解が追い付かない。本質はインベーダーに近いものだ。だが、別物であると理解してしまう。
インベーダー以外にこれだけの力を有する存在がいるだなどとは考えたことがなかった。
そして、そんな彼女らの元へと一つの声が加わる。
「ああ、居た。カゲ」
聞きなじみのある声だった。
足音と共に近づいた声は先日の記憶を呼び起こす。
魔法少女コフィン。
来ているアウターは違うがフードを被るその姿は確かに一致した。
先ほどの魔法少女コミュニティの話は彼女とのつながりが合った故のものだろうか。
そう考察しながらも打開の策を考える。
その一方で、カゲとコフィン間ではテレパシーが交わされる。
──魔法少女菊日だ。
──ああ、そうなん?
状況を理解していないコフィンに変身が解け認識阻害がなくなった彼女と菊日が同一人物であると説明する。
「それより、これ何?めっちゃバカスカ鳴ってたけど」
「ああ、それについても話すが、まずはここを離れたい。ご主人様」
「ごしゅっ──」
あたりを見渡して事情を聴くコフィンに答えるカゲ、そして、そのカゲの言葉を聞いて菊日が反応する。
それは信じられない言葉だった。
「ご主人様」と言うカゲの言葉は明確にこの二人の力関係を表していた。
つまるところ、魔法少女コフィンはこの尋常ならざる存在であるカゲにご主人様と呼ばせるほどの存在であると言う事だ。
これだけの存在だ。それ相応のプライドがあるそれを人目もはばからずご主人様呼びさせるなど狂気の沙汰ではない。
加えて今この時も、「お前メイド服も良いんじゃないか」とか言って、服を変化させている。と言うか、魔法少女でもないのに服を変化させている事態を飲み込めない。
だが、菊日の理解など追い付かせる気がないのか、彼女らは菊日を縛り上げてその場を退散した。
◆
カゲが一人行動をした後、俺ともみじは色々と見て回った。
だが、突如として商業施設の一角から煙が上がった。
轟音と共に揺れてしばらくして火を上げた。
気になってなんとなくカゲへとパスの流れをたどってみれば同じ方へと気配を感じた。
そして向かってみればと言う話だ。
カゲと菊日が派手にやったせいで商業施設側が避難のアナウンスを出したので、もみじを送ってから、カゲと合流した。
元々もみじは予定があるようなので、解散の時間ではあったのだが、一応埋め合わせをする約束だけして解散した。
後一応、委員会に伝えといた。岡園に連絡しといたからうまい具合に隠蔽してくれるだろう。
で、取りあえず移動しつつカゲから話を聞いた。
どうやら菊日はインベーダーらしい。いや、は?って感じだが、どうやら少し正確ではないようだ。
正確に言えば、インベーダーの力を内包した人間であると言う事だ。だから、彼女はインベーダーであると同時に魔法少女ではあるのだと言う。
「インベーダーってどんな感じなん?」
「どんなって言うか。頭に命令が来て逆らえないみたいな感じ……です。……なんか喋り方違くないですか?」
「お前が言うな」
謎に敬語になった菊日が言うにはそう言う事らしい。
人類であるのにインベーダーに組しているのは、意志関係なく行われる命令によるものであると言う。
そして今回のその命令に従って、悪さしてたらカゲに見つかったらしい。
「実験をしてたんです。重要な局面で、インベーダーの脅威度を上げて一部を崩すだけでも相手の作戦を狂わせることも出来ますし」
本来自分の管轄でやれば、邪魔をされない所に俺たちが来てしまったと言うわけだ。
「貴様の資質は、エネルギー譲渡のそれ向きではないはずだが、どうしてだ?」
「えっと、魔法少女と言う枠組み上、大々的に動けないからです」
「へー」
カゲ先生の質問に答えた菊日の回答に俺はなんとなく声を出す。よくわからん。
──この娘は本来戦闘に特化している。今回容易く対処できたのは大部分のリソースを異界干渉に割いていたからだ。
──じゃあ、やっぱ強いんだ。まあ、A級だしな。普通に。
──インベーダー由来の力を使えば恐らくもっと強いぞ。
──どれくらい?
──少なくともA級上位の力はあるだろうな。
──マジかよ。
じゃ、なんでペコペコしてんだよコイツ。
妙に下手に出る菊日を見ながら首を傾げた。
「そーいえば、菊日さん、だっけ。本名は?」
「……中滝ヒナリです」
「ホントみたいだな」
カゲさんは用心深く彼女の学生証を確認してそう言った。
疑い過ぎ、でもないのか?一応インベーダー側だし。
「まあ、もっと詳しいことは座って話すか。丁度ついたしな」
まだまだ疑問が残るところではあるが、取りあえず目的地に着いたのを確認してそう言った。
手錠のように出力のエネルギーで手を縛って彼女を連れてきたが案外気付かれないもんだ。
まあ、俺とカゲが彼女を挟んで腕を組んでいたのもデカいだろうが。




