ジャンプが海を渡った日 第4話:公式が遅すぎる
作者のかつをです。
第二十章の第4話をお届けします。
「世界同時配信」と「無料」。
出版業界の常識を覆すこの二つの決断が、いかに困難なものであったか。
社内の軋轢と、それを乗り越えようとする担当者の覚悟を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「海賊版に勝つためには、公式が世界同時配信をするしかない」
その結論は、論理的には正しかった。
しかし、それを実行に移そうとすると、社内からは猛烈な反対の声が上がった。
「日本での発売前に、原稿を海外に渡すなんて危険すぎる」
「流出のリスクをどうするんだ」
「翻訳のクオリティは担保できるのか」
編集部は慎重だった。
彼らは作家から預かった大切な原稿を守る義務がある。
発売日前にデータが流出すれば、日本の雑誌の売上にも影響が出る。
そして何より、「翻訳」の問題があった。
漫画の翻訳は難しい。
単に言葉を置き換えるだけではない。
日本の文化背景や、キャラクターの口調、微妙なニュアンスを正確に伝えるには、高度な技術と時間が必要だ。
それを、週刊連載の過密スケジュールの合間を縫って、わずか数日で行う?
「無理だ。そんなことをすれば作品の質が落ちる」
現場の編集者たちの抵抗はもっともだった。
公式版として出す以上、中途半端なものは出せないというプライドもあった。
しかし、海賊版対策チームのリーダーは引かなかった。
「『公式が遅すぎる』。それが読者の本音なんです」
「完璧な翻訳を求めて数ヶ月待たせる間に、読者は質の悪い海賊版を読んで満足してしまう。それでいいんですか?」
「多少のリスクを負ってでも、公式が一番早く、正しいものを届ける。その姿勢を見せない限り、読者は戻ってきません」
彼は、編集部や経営陣を粘り強く説得して回った。
デジタルの力を使えば、物流の時間をゼロにできる。
翻訳チームを組織化し、制作フローを見直せば、タイムラグをなくせるはずだ。
そして、もう一つ。
彼は最大の切り札を切った。
「このサービスは、基本的に『無料』で提供します」
会議室がどよめいた。
「正気か? 最新のジャンプ作品を、タダで読ませる気か?」
「作家にどう説明するんだ」
「海賊版が無料である以上、有料では勝負になりません」
リーダーは力強く断言した。
「その代わり、広告を入れます。そして、最新話以外は有料にするなどの制限を設けます」
「まずは『公式で読む』という習慣を作ることが先決なんです」
それは、出版社の従来のビジネスモデルを否定するような、あまりにも大胆な提案だった。
しかし、背に腹は代えられない。
海賊版という黒船に対抗するためには、自らも黒船となって大海原に乗り出すしかなかったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「公式が遅いから海賊版を見る」。これは言い訳のようにも聞こえますが、当時の海外ファンにとっては切実な事実でもありました。公式がそのニーズに応えられていなかったことを認めることから、改革は始まったのです。
さて、社内の説得を終え、ついにプロジェクトが動き出します。
世界に向けた、反撃の狼煙。
次回、「MANGA Plusの挑戦」。
画期的なアプリが、世界に向けてリリースされます。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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