トキワ荘、まんが道が生まれた部屋 第5話:チューダーと角砂糖
作者のかつをです。
第二章の第5話をお届けします。
どんな偉大な物語にも何気ないしかし愛おしい日常の風景があります。
今回は後の巨匠たちの貧しくもきらきらと輝いていた青春の断片を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
締め切りという嵐が過ぎ去った後、トキワ荘には穏やかな時間が流れた。
彼らの日常は決して華やかなものではなかった。
むしろ極貧そのものだった。
原稿料が入るまでは食事にも事欠く。
なけなしの金を出し合い一杯のかけラーメンを仲間で分け合って食べた。
近所の中華料理屋「松葉」はそんな彼らの胃袋と心を温かく支えてくれる第二の食堂だった。
そんな貧しい生活の中にもささやかなしかし、かけがえのない喜びがあった。
仕事が一段落した夜。
彼らはテラさんの部屋に集まり一杯の「チューダー」で乾杯するのが習わしだった。
焼酎をサイダーで割っただけの安酒。
しかし仲間と共に飲むその一杯はどんな高級な酒よりも彼らの心を温かく潤した。
そしてもう一つの宝物。
それは「角砂糖」だった。
甘いものが何よりの贅沢品だった時代。
徹夜で疲れた脳には糖分が何よりの栄養だった。
藤子不二雄の部屋には大きな角砂糖の瓶がいつも置かれていた。
仲間たちは仕事に行き詰まるとその瓶に手を伸ばし一粒口に放り込む。
舌の上でゆっくりと溶けていく優しい甘さ。
それが彼らにもうひと頑張りする力を与えてくれたのだ。
そんなトキワ荘に新たな才能が次々と吸い寄せられてくる。
山形から上京してきた寡黙な天才、石ノ森章太郎。
満州からの引き揚げという壮絶な過去を持つギャグの申し子、赤塚不二夫。
個性豊かな新しい仲間たち。
彼らが持ち込む新しい風がトキワ荘の空気をさらに刺激的で創造的なものへと変えていった。
貧しいけれど夢があった。
苦しいけれど仲間がいた。
チューダーのグラスを片手に彼らは夜が更けるまで漫画の未来を語り合った。
手塚治虫という巨大な星。
いつかあの星に追いつきそして追い越してみたい。
その途方もなくしかし本気の夢。
それこそが彼らの青春のすべてだった。
四畳半の部屋に若者たちの熱い理想と安酒の匂いが満ちていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
トキワ荘の近所にあった中華料理屋「松葉」は今も場所を少し移して営業を続けているそうです。店内には先生たちのサイン色紙が所狭しと飾られているとか。まさにファンにとっては聖地ですね。
さて、若き才能が集い活気に満ちあふれるトキワ荘。
しかし出会いがあれば別れもあります。
次回、「去りゆく友、来たる友」。
伝説のアパートにも少しずつ変化の時が訪れます。
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