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イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
5章 魔法理論と恋の研究

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74.朝の日課と研究と

 イルヴァ・フェルディーンの朝は早い。

 もう何年も続けている魔法の訓練の時間を確保するためである。


「……イライラする」


 何度か魔法を試して、うまく行かずに愚痴をこぼした。

 昨日のエリアスとの会話のこともあって、集中力が足りないかもしれない。


 悩みがある時は、気持ちよく使える魔法を使って発散したいがーー今はそれよりもやるべきことがある。


 結婚できるかどうかなどの邪念をいったん脇に置いて、少し離れた位置にある的を見つめ、深呼吸した。


 左腕につけているのは魔封じの腕輪。

 そう、毎朝、魔封じ状態で魔法を使う練習をしているのである。


 王宮ではひとまず、魔法銃を使うことに特化して研究しているが、家では違う。


 【水よ、走れ】


 極めて端的な詠唱とともに、ささやかな水が的に向かって飛んだ。

 王宮で披露したものより大きいが、それでも手のひらサイズにも満たない大きさの水球である。


「上手くいかないわね」


 到底、実践で使えるレベルではない魔法に、ため息をついた。


「お嬢様でも上手くいかないことがあるのですね」


 隣にいたマリアが、意外だと言わんばかりの表情で言った。


「マリアはいったい私を何だと思ってるの?」

「不可能を可能にする天才魔法師ですね」


 淡々とした口ぶりに反して、大層な修飾子がたくさん付けられている。

 信頼が重い。


「私は可能なことしか可能にしてないわ」

「生きている世界線が違うかもしれませんね」

「まあ、私の場合は特殊だから」


 精霊との契約を仄めかすと、マリアは何かを考えこむようにじっと固まった。


「それに、もう、無力さを感じたくないの」


 霧光の鹿(ルーミル)との戦いは、久しぶりに自分の無力さを痛感させられた。

 普段は敵なしと言ってもいいぐらい強くなったが、やはりあらゆる状態に対応できるようになりたいのだ。


 イルヴァはもう一度、的に向かって魔法を放った。今度は的にも届かずに水が弾けた。

 その後もチャレンジするが、明らかに出力が足りない。


「お嬢様にしては心ここにあらずですね」


 何度か失敗した後、マリアにそう指摘された。


「……集中できてないように見える?」

「はい」

「今日はここまでね」


 これ以上続けても、上達は見込めない。今日は諦めよう。


 イルヴァはそう思って、魔封じの腕輪を外した。するとみるみるうちに、乱されていた体内の魔力が安定する。


「……何かお悩みですか?」


 問われて、思わず昨日の疑問をそのまま口にした。


「マリアは、どうしてエリアスが今まで婚約者がいなかったのだと思う?」

「そうですね……正直に申し上げるなら……」

「申し上げるなら?」

「お嬢様と同じく、訳ありだと思います。そして、おそらく、お嬢様はその何かを解決できるのではないかと」


 この話をするといつもみんな同じ結論になる。だから、今日はもう少し踏み込んでみた。


「その訳って、魔力過剰受容症だと思う?」

「違うと思います」


 マリアは即答して首を横に振った。


「違うの?」

「はい。以前、お話を聞いた時から違和感がありましたが、やはりレンダール家が後継者に婚約者を立てない理由としては弱いかと」

「……となると、そこを考えても仕方がないのかしら」

「いえ」

「え?」


 否定されると思っていなかったところで否定されて、イルヴァは思わず問い返す。


「レンダール公爵家は、過去にも婚約者を成人するまで持たなかった後継者がいるようです。貴族の婚姻は全て記録に残りますから」

「そうなの?」

「後で記録をまとめておきますね」

「ありがとう」

「では、朝食の準備を頼んできます」


 マリアは腕輪を外したのを見届けると、その場を去った。


「……結局、どういうこと?」


 エリアスがイルヴァを選んだ理由を知りたいのだ。その理由によっては、レンダール家にとって、イルヴァを迎える理由がないかもしれないではないか。


 それはつまりエリアスと結婚できないと言うことだ。

 想像すると、胸が痛んだ。


 ーーーいつのまにか結婚そのものよりも、エリアスにこだわるようになってしまったのね。


 イルヴァ・フェルディーンは、人生で初めて、恋愛で悩んでいた。


 *****


 朝の訓練では雑念も多く、いまいち進捗がないまま、研究所に出勤した。


「どう? 順調?」


 先輩である研究員と魔法銃の理論について話していると、所長のイングリッドが声をかけてきた。


「おおよそ、理論はまとめられたんですが……」


 イルヴァが言葉を切ると、隣にいた先輩研究員がげんなりした様子で言った。


「順調じゃないですよ〜! 難しすぎますって!」


 彼の顔は青ざめている。

 先ほどまでしていた魔封じの腕輪は机の上だ。

 室内では魔法銃を撃つのは危ないので、魔力を流すと光を放つ魔石で実験している。


「スヴェンでも難しい?」


 イングリッドが声をかけながら向いの椅子に座る。


「そもそも、魔封じの腕輪をつけたら酔いが酷くて……」


 彼女は魔封じの腕輪を取ると、おもむろに自身の左手に付けた。

 そして、隣にあった魔石を掴む。

 すぐに淡い白い光が放たれた。


「確かにちょっと気持ち悪いけど、そこまでかしら?」


 その様子を見ていたスヴェンは、げんなりとした様子で言った。


「魔力操作で体内に放出される魔力を抑えれば気持ち悪くなりづらいというのは、理論では理解できました。でも、その魔力操作の境地は、所長やイルヴァ並みの魔法師じゃないと到達し得ないですよ」

「ふむ……」


 イングリッドは魔封じの腕輪を外すと、机をトントンと指で叩き始めた。


「魔力操作ばかりは、積み重ねの問題ですから、一朝一夕にはなんともならないんですよね〜」

「そういう意味では、イルヴァは若いのに流石ね」

「……場数を踏んでいますから」


 魔力操作は、イルヴァが最も力を入れて取り組んできた魔法技術だ。

 精霊との契約が何かで破綻しても、おそらく魔力操作技術が落ちることはないと踏んでいるからだ。


「何かいい魔力操作の練習はあります?」

「そうですね……小さめの的を用意して、的のなかでも同じ位置に魔法を当て続けるとかでしょうか」


 説明しながら小さな水の珠を作った。

 2人の視線がその水の珠に集まる。


「案外、普通ですね。それは何で良し悪しを把握するんですか?」

「同じ位置に当て続けてれば、そこを起点に壊せるので、壊れる速度が早ければいいという感じです。最初のうちは、的を壊すのに1週間とかかかりましたけどね」


 最近は魔封じ状態でやっているので、全然壊せないが。


「それ、毎朝壊すまでやってるんですか?」

「はい。基本的には」

「なるほど……」


 イングリッドとスヴェンがなぜか黙ってしまった。


「所長」

「何?」

「やっぱり、一朝一夕では解決できないかと」

「……そうね」

「ふう。……魔法兵団の方でリングダール大佐以外の成功者がいればいいんですけどね〜」


 イングリッドが何か言いたげな目でこちらを見た。イルヴァはすかさず首を横に振った。


 リングダールの成功がイルヴァの補助付きだったことは機密事項だ。

 研究員にもバラしてほしくない。


「魔法兵団であれば、誰かは成功するのではないですか? 魔力操作に長けた人も多いでしょうから」


 リングダールは補助なしでも成功できそうに見えたのでそういうと、スヴェンが微妙な表情をした。


「どちらかと言えば、魔力量を誇ってる人の方が多いイメージですけどね」

「スヴェンの言うとおりなのは、軍事国家の敗北よね。火力だけで強さの序列つけるから」


 イングリッドはいつもより低い声で言った。

 彼女も思うところが多いのだろう。


 そしてその懸念については、イルヴァも同感だった。同感だからこそ、研究者なのかもしれない。


「さて」


 パンッと手を叩く音がして、顔を上げると、いつも通りの明るい声に戻ったイングリッドが、にっこりと笑っていた。


「とにかく、スヴェンももう一度、挑戦してみてほしいわね」

「え。もう一度ですか?」

「そう。魔力の流れを見たいの」

「いいですけど……。その前にーー」


 と言って、スヴェンはこちらを見た。


「ーーイルヴァの見本を見てみたいです」


 文章でも再現性があるかを測るために、実践して見せてはない。

 ただ、スヴェンはかなり粘ってくれたので、一度、お手本を見せても良いかもしれない。


「おそらく所長の方が参考になるとは思いますが……」

「どっちもみたいです」

「そう? じゃあ、移動しましょう」


「「移動?」」


 2人の疑問に満ちた声が、完全に重なった。



 そして、イングリッドに連れられてきたのは、研究所の中庭だった。


 そこは、魔法兵団の訓練所に劣らない程の、魔法銃の練習設備があった。

 こんなところあったのだろうか、とイルヴァが思っていると、スヴェンが横から尋ねた。


「これ……揃えたんですか?」

「ええ。研究テーマとして、上層部もとても注目してるから、あっという間に作ってくれたの」

「まあ、魔法師の弱点を一つ克服できるテーマですからね」


 ずらりと並べられた様々な種類の魔法銃と、大きさや距離も様々な的が立ち並ぶ様子は、まさしく魔法銃部隊の訓練所と言った様子だった。


「どの魔法銃でもできるかテストしなきゃいけないから、ついでに手伝って」

「分かりました」


 イルヴァは積み上げられた魔封じの腕輪を一つとって身につけると、魔法銃の一つを試しに撃ってみることにした。


 毎日の練習の成果か、魔法銃は自然に撃てるようになってきている。

 魔力を込め、撃った。


 パパパンッと連続して銃声が鳴る。


 どうやら3点バースト銃だったようで、こめた魔力が3連続の弾に分割されて放たれた。


「こんなものもあるんですね」

「あら、お見事。初見でそれも扱えるのね」

「どういう機構ですか?」


 イングリッドはイルヴァから魔法銃を受け取ると、彼女自身も魔封じの腕輪をつけて、撃った。


「込められた魔力量が適切なら、バーストするの」


 彼女のはなった魔力弾もきっちりバーストしている。


「あなたは魔力操作技術が高いから1発で実現したみたいね。普通は練習するのだけれど」

「あの……」


 イングリッドと魔法銃の機構の話で盛り上がっていると、後ろから声をかけられた。

 そちらを見ると、スヴェンが困った様子で申し出た。


「実演してくれるなら事前に声をかけて欲しいんですが……」

「あ! 申し訳ありません」


 実演を頼まれていたのに、つい、魔法銃の試し撃ちのほうに気がいってしまっていた。


「では、もう一度、行きますね」


 イルヴァはそう宣言すると、違う魔法銃をとって構えた。

 そして、今度は魔法式を可視化しながら撃つ。


 すると、今まで感じたことのない反動があり、イルヴァは慌てて姿勢を維持するために力をこめた。


 放たれた弾は空気を切り裂く音共に、真っ直ぐと的に飛んでいき、そして、的ごと弾けた。


「強い……」

「すごい」

「すごいわね」


 明らかに威力が段違いで驚いていると、同じく驚いているスヴェンと目があった。

 きっと彼もこの魔法銃の威力に驚いているに違いない。


 そう思っていると、スヴェンが、魔封じの腕輪をはめた。


「すみませんがそれを貸していただけますか?」


 手に持っていた魔法銃を所望されたので、イルヴァは手渡した。

 きっと、この強い威力に感動して、自分も撃ってみたくなったのだろう。


 スヴェンは息を吸うと、じっと前を見つめて魔力を集め始めた。

 描かれていく魔法式は、イングリッドに教えてもらった省略式をさらに簡易にしたものだ。


 時間がかかりながらも着実に描かれていき、そして、それはついに魔法弾となって、放たれた。


 パシュッ……


  先ほどとは違う、気の抜けた音と共に、霞のような魔力の霧が現れて、消えた。


 失敗である。


 スヴェンは俯いていた。

 失敗したことが悲しいのかもしれない。こんな時どうすればいいのかと困っていると、イングリッドが明るく声をかけた。


「まあまあ、練習すればできるわ。軍の支給品は、同じ魔力量をこめればどの魔法銃も使えるように作られてるから。一つできれば全部できるはずよ」


 イングリッドは、ポンとスヴェンの肩に手を置いた。

 それに合わせてスヴェンは顔をあげーー


「いいえ」


 ーー何か悟りを開いたような様子で断言した。


「そもそも、魔封じなのに、毎回同じ魔力量をきっちりこめるのが難しいんです。いえ、難しすぎるんです。ちょっとそっとの練習じゃ無理なので、別の方法を考えるべきです!」

「練習すればできるかもしれないわ」

「……イングリッド所長、これで撃ってみてください」

「? いいけど」


 スヴェンに勧められて、イングリッドが例の魔法銃で撃った。

 すると、普通よりは強い威力だったが、イルヴァが撃った時ほどの威力にはならなかった。


「ふむ。魔力量が足りなかったのかしら」

「それです、それ! イルヴァは違う魔法銃でもきっちり同じ魔力量をこめてました。でも普通は、形も違うと集中力も変わって、同じ量を入れるのが難しいんですよ!」

「あ、それで同じ銃を使いたかったの? てっきり威力に感動したのかと」

「違います! とにかく、そもそも根本の理論の考え方を変えるか、魔法銃の機構を変えるかを検討すべきだと思います!」


 スヴェンの宣言に、今度はイングリッドもイルヴァも頷かざるをえなかった。


「じゃあ、魔力操作の難易度を下げる方法を考えましょう」


 魔法銃に特化したアプローチを考えることになったので、その場は解散し、イルヴァは王城内の図書館に来ていた。


 魔法銃についての本を何冊か集めた後、ふと、貴族名鑑が目に留まった。


 婚約の履歴は新聞でも探さないといけないだろうが、結婚が遅かった人間の名前はこれでもわかる。


 悩んだ末に、イルヴァは貴族名鑑を手に取ったーー

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