66.陰謀の序曲②
アマルディア視点です
気がついたら、見慣れた寝台の上だった。
天蓋をめくり、鈴を鳴らす。
物理的には鳴らないその鈴を振れば、侍女のシアが飛んできた。
「アマルディア殿下! ああ、お目覚めになって良かった……!」
シアの反応が大袈裟にも見える。
今日はいつだ。
そもそも、自分はいつ眠ったのだ。
問いかけたいが、最後の記憶の内容は、大っぴらに話すのは憚られる内容だ。
シアと目が合う。
「少々お待ちくださいませ」
有能な侍女は、目線で察したようだ。
詠唱すると防衛魔法で盗聴避けを発動させた。
魔法の発動を確認し、自分の記憶を整理しながら声に出す。
「召喚魔法で霧光の鹿が出てきてしまって、すぐに魔法が破綻した記憶はあるわ。その後は……」
頭が痛い。
「その後のことは、何も覚えていらっしゃいませんか?」
シアは近くにあったワゴンの上で手際よく紅茶を淹れながら尋ねてきた。
その問いに首を横に振って答えた。
記憶が曖昧だ。
思い出そうとしても靄がかかったように上手く思考できない。
湯気の立つ紅茶を受け取り口に運ぶ。
暖かさで体の凝りが少しずつほぐれるようだが、思考は整理されない。
「何が起きたか、順に話しなさい」
「承知いたしました。……まず、殿下の召喚魔法の後、呼び出された魔物は倒されました。そして、霧光の鹿がいなくなった途端に、イルヴァ・フェルディーンが、殿下の居場所を探知したようです」
「探知? 私を? あの距離から?」
にわかに信じがたい。
しかし、森全域を覆う魔法で魔物を殲滅している姿を思い返し、ありえないことではないと受け入れた。
本当にあれが人間だろうか。
「はい。そして、殿下とフレゼリシアの魔法師は魔法を受けて倒れられました」
そう言われて、断片的に記憶が蘇る。
突然、空を裂いた光の矢が、自分に目掛けて降ってくる情景が浮かんでくる。
魔物を退治したときと同じの、美しく無慈悲な光だ。
その美しさに目を奪われ、近づいてきたその光の眩しさに目を閉じてーー
その後の記憶がない。
「お前は無事だったと?」
「おそらく、私の魔力が弱すぎて探知できなかったか、無効化する価値がないと判断されたのでしょう」
それは、納得の理由だ。
シアは極端に魔力が弱い。
だからこそ、アマルディアは彼女をそばに置いている。
自分を守る盾にならずとも、彼女はアマルディアの劣等感を刺激することはない。
王族なのに魔法が苦手なアマルディアは、優秀な魔法師が嫌いだった。
それが功を奏して、今回、難を逃れたようだ。
「今回の件が、後々まで影を落とすことはないわね?」
「対外的には問題ありません。別荘地までお運びした後、運転手は永遠に沈黙しました」
「そう……。選択肢が与えられなかった人間ほど、不運なものはないわね」
運転手は魔法を使った地点からは離れたところに待機させていた。
だから本来であれば死ぬ必要はなかった。
しかし、アマルディアが昏倒しているのを目撃してしまったから、殺すしかなかったのだ。
運のない男である。
「疑念の種を潰すには、周囲の人間には不運をしかと見舞うことが寛容よ。遺された方へ先に心を尽くせば、余計なことを考えることもないでしょう」
「心得ております」
後から遺族に関与を疑われては困る。御者が沈黙したのは不幸な事故なのだ。
そうでなければならない。
「ですが……内部は誤魔化せたわけではございません」
「内部? お父様?」
「はい。陛下はお気づきです。火消しには協力してくださったのですが……」
ここでシアは困ったように視線を逸らした。
「何があったの?」
シアは大きく息を吸った。そして、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「……イルヴァ・フェルディーンが、古樹森林帯の魔物討伐の功績で特別昇格をいたしました。最年少で……少佐に」
「なんですって!?」
またあの女の名前が出てくるのか。
しかも、アマルディアの差金によって、あの女にさらなる名誉を与えてしまうなんて。
紅茶を持つカップが怒りで震えた。まだ半分は残る紅茶が揺れて波打つ。
「霧光の鹿出現も含めて、あえて全てを公表し、彼女を英雄として仕立て上げました。王家の謝意を大袈裟に示すことで、疑念の余地を残さぬようにしたのかと」
これは国王である父の、あからさまな牽制だ。
王家の関与を誤魔化すと同時に、アマルディアに警告しているのだ。
企みに気づいているぞ、と。
そうでなければ、王女である自分を昏倒させた女を昇格させたりはしないだろう。
「いつ、正式な辞令が?」
「討伐の翌日には出て、授与式も3日前にすでに行われました」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
3日前に授与式が行われた?
いったい、今はいつだというのか。
「……! あの日から一体、何日眠っていたの?」
「8日でございます」
想像の数倍の時間が経っていることに目眩がした。
あの女の魔法を一撃受けただけで、1週間以上眠っていたとは。
「どんな魔法をかけられたというの!?」
「分かりません。しかし血色は悪くなく……まるで、ただ、眠っておられるようでした」
「彼の国のあの男は?」
「昨日、目を覚ましましたので、一度陸路で帰国しました」
あの魔法師はシュゲーテルの魔法師と比べても、強い魔力を持つ男だ。
その男ですら7日も眠る魔法とは一体、どんな魔法だったのだろうか。
魔法師団長クラスになれば解析可能かもしれないが、師団長は父である国王に忠誠を誓っている。
本件に携わらせるには融通の効かない男だ。
「また、国王陛下のご意向により、殿下には新しい教師がつけられると」
「つまり、私の動向を報告する係ね。何を教えてくれるのかしら?」
シアの顔が歪んだ。手にも力が入り、拳が硬く握りしめられている。
これは、アマルディアの気に障ることを言わなければならないときの顔だ。
「……まさか、体系魔法?」
シアが小さく息を飲む。それは肯定という意味だろう。
アマルディアは自分の中に湧き上がる怒りを抑えられず、手に持っていたティーカップを壁に投げつけた。
カップが高い音を立てて割れ、破片が部屋中に飛び散った。
壁を滴る紅茶は、まるで血のようでーー。
あの女をあのカップのように粉々にできていたらどれほど良かったことか。
それであれば、これほどの屈辱を受けても微笑んでいられたであろうに。
「お怒りになるとお体に障ります。どうかーー」
「ーー静まれというの!? 成人したシュゲーテル王族が、体系魔法の教師をつけられる屈辱があなたに理解できて!? 無能の烙印を押されるのと何が違うというの!」
シュゲーテルでは体系魔法を重んじる。魔法理論家もそれなりにいるが、特に攻撃魔法の体系魔法が至上とされている。
全ての国民の模範であるべき王族は、当然、体系魔法を極めるべきだとされる。
教師をつけられるのは、成人までに習得できていないと対外的に喧伝することに他ならない。
「陛下は、王都の有事に備えるため、王家全体の魔法のレベルを上げると宣言なさいました。アマルディア様だけに教師がついたわけではごさいません」
「……兄上にも体系魔法の教師が?」
「それは……っ、その、魔法理論の教師ではございますが、教師であることに変わりはなく……!」
「うるさいっ!」
必死に言い募るシアの頬をたたいた。
手のひらがジンジンする。
シアの頬が朱に染まるが、それでも怒りは収まらない。
「申し訳ございませんでした。私が浅慮でした」
シアはその場に跪くと、頭を下げた。
このまま追い出すか、もう1発たたくかと思ったが、まだ、聞きたいことが聞けていないことを思い出す。
「……立ちなさい」
シアはその言葉を受けて、視線を伏せながら立ち上がる。
そして静かに散らばった破片を片付け始めた。
彼女が破片を拾い切ったところで、疑問を口にする。
「今回の計画は、事前にお父様に漏れていたの? エリアスが突然、監督官として出てきたのはなぜ?」
当初の計画では、イルヴァ・フェルディーンだけを誘き寄せて、魔物の物量で殺す気だった。
それが、エリアスが参加したことで予定が二重に狂ってしまった。
エリアスにも被害が出たし、彼が彼女を助けたことで、おそらく2人の仲は深まったに違いない。
自分の行動があの2人の恋の手助けになったと考えると、怒りで物を壊したくなる。
「それにつきましては、宰相が推薦されたとのことでした。殿下がイルヴァ・フェルディーンを推した動きを見て、対応されたようです。おそらく計画が漏れたわけではないかと」
宰相は父の忠実なる側近の1人だ。そして国益を害する物を排除する冷淡さもある。
アマルディアの計画を邪魔したのは、それだけイルヴァを評価しているからだろう。
何から何まで気に入らない女だ。
「……あくまでも、いるはずのない魔物が現れたことで、私の関与が疑われているということね?」
召喚魔法については、アマルディアの唯一得意と言える魔法だが、父の命により秘されている。
呼び出せるものが動物と魔物で、危険視される要素が多いためだ。
つまり、対外的にはアマルディアを思い浮かべる人間はいないだろうが、父には真っ先に疑われる要因となるのだ。
「はい。彼の国の者については動きを掴めている様子ではありませんでした。念のため、リズベナーを経由して帰国させましたので、おそらく問題ないかと」
「では、次の計画も進めても問題ないわね」
「……恐れ入りますが、計画は練り直した方が良いかと」
「なぜ?」
「あの者も、全く歯が立っていませんでした。イルヴァ・フェルディーンを暗殺するのに、数名ではどうにもならないかと」
フレゼリシアの魔法師は、なぜかイルヴァ・フェルディーンを抹殺したいようだった。
どうして恨みを持っているのかは知らないが、うっすら聞いたところによると、国家の資金源に大きな損失を与えた存在だという。
そこで、フレゼリシアの高位の魔法師が、共同戦線を持ちかけてきたのだ。
アマルディアの周囲には優秀な魔法師を置いていないので、謀略に付き合える家臣達は、イルヴァを殺す能力はない。
入国審査を偽装するだけで、あとは勝手にやってくれるということだったので、彼らを引き入れる代わりに、イルヴァの暗殺を頼んだのだ。
「魔封じ状態で、あれだけ戦えるのです。軍隊を投入でもしなければ、イルヴァ・フェルディーンを殺すことは叶いません」
「……軍隊。なるほど。妙案だわ」
確かに、軍隊が必要だ。
彼女は数人で相手してなんとかなる相手ではない。
我ながらなんと良い思いつきだろう。
「アマルディア殿下……?」
急に微笑んだアマルディアを不審に思ったのか、シアが首を傾げた。
「この世で、1人相手に合法的に軍隊を差し向けられる方法は多くないわ」
「そうですね……。彼女が反乱でも起こさぬ限り、難しいでしょう」
「でも、戦時下であれば別よ。国のために戦えと命じることはできる」
息を飲む音が聞こえた。
彼女は察しが良い。アマルディアが何を考えているか直ぐに理解してくれる。
「火種を蒔くのですね。……あちらの方でしょうか?」
彼女はリズベナー公国がある方を向いた。
「……そうね。どこに蒔くかは慎重に検討したいけれど、方法はいくらでもあるわ。不自然な魔物の発生は、作為的なものだと疑いたくもなるもの」
アマルディアは歌うようにいうと、目の前の侍女に微笑みかけた。
「お前は私の手足となり、実現するのよ」
「……尽力いたします」
民が何人死のうが構わない。
あの女さえ、殺せるのであれば、アマルディアは悪魔にでも魂をうる覚悟なのだから。




