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第32話 冒険者さん、迷宮を進む

「だからよ、兄ちゃん。迷宮ダンジョンにはまだ分かってねぇことの方が多いんだって」


「入口の門やこの階段もひとりでに出来たと言うのか?これはどう見ても人の手による普請ふしんだ。自然物しぜんぶつなどではない」


「本当に頭の固い人ですね……。いいですか?迷宮とはそれ自体が一匹の魔物だと提唱している学者もいるのですよ。つまり我々は今、巨大な魔物の体内にいるようなものなのです。地上の原理原則など迷宮の中では通用しないと考えてください」


「迷宮の壁や床は壊しても勝手に直るし、この中で死ぬといつの間にか死体も消えちゃうんだよ。ねっ?魔物っぽいでしょ?」


「俺は自分の眼で見た物しか信じん。……壁を斬ってみるか。お前たちの言葉がまことなら、直ぐに直るのだろう」


「いや、そんなすぐには直んねーよ!」


「それでも生き物であれば血が吹き出るはずだ。どれ…………」


「やめとけって!剣が折れちまうぞ!」


「おい!コイツの仲間どこ行ったんだよ!?誰か止めろ────っ!!」




「「「………………」」」


フランツたちは少し離れた場所から大勢の冒険者に囲まれるクロスの様子をうかがっていた。


「……いいんですか?止めなくて」


「パメラ、あんま見んなって。仲間だってバレるだろ」


「放っておけ。あれは飛び切りの頑固者がんこもんじゃ。儂らが止めても聞くまいよ」


「俺さ、初めての迷宮でちょっと胸が熱くなってた所だったんだけど……」


緊張が和らいだのは良かったが、それと同時に感動や意気込みさえも影のように薄れていった気がする。

大事な話の途中で腰を折られたような気分になり、フランツは前を向いたまま他人のフリを続けることに決めた。


・・・・・・・・・


「だんだん人が少なくなって来ましたね」


迷宮に入ってから2〜3時間が過ぎただろうか。

最初は大勢の冒険者がガヤガヤと同じ方向に進んでいたが、分岐の度にその数は少なくなってゆき、今では周囲にいるのは片手で数えられる程になっていた。


「持っている地図によっておすすめの道順ルートが違うみたいだからね。最短距離を進む人や素材を求めて脇道を行く人、目的も皆バラバラなんだと思うよ」


「しっかし、マジで似たような通路ばっかだよな。こりゃ確かに地図がねえと迷っちまうわ」


階段を降りた先は横幅の広い洞窟のような場所になっていた。

壁や天井が剥き出しの岩肌なのに対して、何故か床だけは整然とした石畳。その奇妙ないびつさを通して迷宮自身が"この場で常識が通用すると思うな"と挑戦者に知らしめているような気さえする。しんと沈んだ湿気の強い空間には自分たちの声や足音が重く反響し、不気味さをより一層際立たせていた。


「ここからは魔物との接敵頻度も上がるじゃろう。ぼちぼち気を引き締めんといかんぞ」


「やっとか。そろそろ飽きていた所だ」


ここまで何度も魔物には遭遇していたが、どれも先行している冒険者が先に倒してしまっていた。多勢に無勢ということもあって目視する前に瞬殺されるため、フランツたちはまだ一度も剣すら抜いていない。


「おっ、言ったそばから魔物だぜ」


マウリが指差した先を見ると、通路の端に小山のようなゲル状の塊がうごめいていた。最下級の魔物と言われている粘魔スライムだ。体内にある核を壊すだけで死ぬ、棒切れを持った子供でも簡単に倒せる魔物である。


「数が多いな。パメラ、頼むよ」


「了解ですー」


パメラは一撃で群れを焼き尽くし、後には小さな魔石だけが残った。

売っても大した額にはならないが、一応回収しておく。


「粘魔か……」


「そう残念がんなって、まだ1階層だぜ?雑魚しかいねぇよ」


以前、魔の森で初めて粘魔に遭遇した際、クロスがそれを食べてみたいと言い出して酷く驚いたことがある。何でも彼の国にある"トコロテン"とかいう食べ物に似ているらしく、フランツたちが必死に止めるのも構わず拠点に持ち帰り、砂糖を振りかけて口に放り込んだ。あの時の彼の引き攣った顔は忘れたくても忘れられない。


「地図によるとしばらくはここと同じ洞窟型らしいけど、次の階層からは徐々に魔物の出現率が上がるみたいだよ。もうすぐ"門番の間"だから……今日中に4階層の中間までは進んでおきたいね」


迷宮には下層に降りる階段の前に門番の間と呼ばれる広間があり、そこいる魔物を倒さない限り先には進めない仕組みになっている。門番を倒すと何かしらのアイテムが入った宝箱が広間に出現するため、冒険者の大半はそれを目的に迷宮に挑戦するのだ。


「最初の門番はどんな魔物なんじゃ?」


小鬼ゴブリンの群れだってさ」


「小鬼……」


「あっ、ほら。あそこがそうじゃないですか?」


見れば、突き当たりにある両開きの扉の前で数人の冒険者が思い思いに休憩していた。最後尾に座り込んで酒らしき物を飲んでいる鍛治人ドワーフの集団に声を掛ける。


「やあ、俺たちはEランクパーティーの荒野の守人だ。今は何番目かな?」


「おう、こっちもEランクの"戦鎚"だ。お前らは4番目だから、2時間弱は待ち時間になると思うぜ」


「教えてくれてありがとう。のんびり休みながら待つとするよ」


迷宮内の不文律マナーとして、門番の間へは基本的にパーティー単位で入ることになっている。これは宝箱の中身を巡って不要ないさかいが起こらないようにするための措置だ。深層になると複数のパーティーが共同で門番に挑むこともあるそうだが、それには入場手続きの際に共闘レイド申請をしておかなければならない。

そして、挑戦する順番は門番の間に到着した先着順となる。門番は倒されても30分程で復活するため、順番が回ってくるまでは嫌でも待機しなければならないのだ。


「しばらくは休憩じゃの。茶でも淹れるわい」


「俺は昼寝でもしてるわ。順番が来たら起こしてくれよ」


戦鎚と情報交換などをしながら時間を潰し、ようやく順番が回って来た。


扉を開き、中の様子を覗く。

鍋墨なべずみを塗ったような漆黒の室内は広く、天井が異様に高い。所々に大きな柱があり、その一つ一つに松明が設置され辺りを明るく照らしている。なんというか、邪教の神殿といった雰囲気だ。


「いたぜ。部屋の中央、小鬼が10匹だ」


「魔術は温存しよう。マウリ、クロス、弓で何匹か仕留めてくれ。その後は乱戦だ。バルトは一応パメラの護衛を頼むよ」


「マウリ、俺は右側から射る。この距離なら互いに2匹ずつは仕留められるぞ」


「あいよ」


タイミングを合わせ、二人の矢が同時に放たれる。

見事頭に命中し、2体が崩れ落ちた。


「「「「グキャッ!!」」」」


ゴブリンたちがこちらに気が付き駆け寄ってくるが、接近までに更に2体が矢によって倒される。


「やべ、2本目ズレちまった。残り7!瀕死が1だ!」


「全員接近戦用意!来るぞ!」


バルトが集団に盾強打シールドバッシュをお見舞いし、3体が吹き飛ばされる。

フランツとクロスがそれぞれ相手を即殺し、倒れている小鬼にトドメを刺しに向かう。パメラとマウリも残る1体を協力して危なげなく仕留めた。


「よし、皆お疲れ。討伐証明と魔石を回収して宝箱を探そう」


宝箱は柱の影ですぐに見つかった。

罠が仕掛けられている場合もあるため、念の為にマウリがチェックする。


「────問題ねえな。へへっ、初の宝箱だぜリーダー。お前が開けろよ」


「1階層だから大した物じゃないのは分かってても、何だかドキドキするね。迷宮に取り憑かれる冒険者の気持ちがちょっと分かったよ」


フランツは皆にも見えるようにしてゆっくりと宝箱を開いた。


「何だこれは。小箱?」


「着火の魔道具ですね……」


「うむ……。微妙じゃのう」


着火の魔道具は最も広く普及している魔道具の一つだ。生活には欠かせない必需品として、平民でも一家に一つは必ず持っている。銅貨数枚で購入でき、消耗品の小魔石だけ交換すれば数年は壊れない。


「こんな便利な物が銅貨数枚で買えるのか」


「いや、便利っちゃ便利だけどよ。そもそもウチにはパメラがいるんだぜ?」


パメラに目を向けると、彼女はドヤ顔で人差し指に小さな火を灯して見せた。


「そうか……。日本なら金貨数枚で売れそうな品だがな」


「魔道具が無いと生活も大変じゃろうの。普段はどうやって火をおこしておったんじゃ?」


クロスは黙って腰につけていた袋を外し、バルトに手渡した。


「なんと、火打鉄か。随分とまぁ原始的じゃのう」


「クロス、良かったらこれ君が使いなよ」


「いいのか?」


「売っても大した額にならないし、パメラも含めて俺たち全員持ってるからさ」


「それなら、遠慮なく貰おう。有難ありがとう」


魔道具を使って火を付けたり消したりしているクロスをしばらく微笑ましく眺めた後、一行は広間の先にあった階段を降りる。

そこは地図にあった通り、先程と特に代わり映えもしない洞窟だ。


「ここからは少しペースを上げて進もうか」


4階層の安全地帯セーフゾーンまでは順調な道程だった。

魔物の出現率は確かに上がったものの、粘魔スライム小鬼ゴブリン犬鬼コボルドと、普段魔の森で戦っている魔物と大差ない上に群れの数も少なく、苦戦することも無かった。

2階層の門番は小鬼と犬鬼の群れで、宝箱にはただの鉄製の腕輪。3階層の門番は小鬼頭ホブゴブリンが一体だったが、接近する前にクロスとマウリの矢によって仕留められた。宝箱の中身は麻の布で作られた質素なローブ。売れはしないだろうが、野営の時に毛布代わりに使えるだろうと一応回収した。


「結構な人数が野営してんな。おっ、あそこに水場があるぜ」


「水筒がもう空だったから助かるよ。じゃあ、手分けして野営と夕飯の準備だ。迷宮内では冒険者同士の揉め事も多いらしいから、他のパーティーのテントとはなるべく距離をあけて設営しよう」


夕飯の準備と言っても、買ってきた保存食を出すだけだ。

干し肉、干し果物、堅焼きパン、どれも決して美味いとは言えない食べ物だが、常温で一月以上も携帯出来る優れものだ。


「かっったいですね、このパン!全然歯が立ちません!」


「石を食っているようだが、味は普通だな。パメラ、寄越せ。砕いてやろう」


「干し肉は硬えし塩辛えし、ひでえ味だ」


「干し果物は割とイケるぞい。妙に甘いから晩飯って感じはせんが」


「明日には5階層に入るから、今日だけは我慢しよう。…クロス、俺のも頼めるかな」


あまり満足とは言えない食事を済ませ、さっさと寝る支度をする。

クロスは一人用のテントも持ってきているが、洞窟内は雨も降らず気温も快適なため、壁を背にして寝るとのことだ。

彼は僅かな物音や気配でも飛び起きることが出来るため、今夜は不寝番ふしんばんを立てる必要もなく、フランツたちは明日に備えてゴソゴソと寝袋に潜り込んだ。

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