キッスについて
国の中が暗い雲に覆われる前のお話である。
国の一族の子供達が通う学校ではこの日、35歳~40歳までの子供達を集めて授業が行われていた。教室にいる子供達は30人ほどである。この一族は人数が少ない。アナスターシャと同じ頃に生まれた子供達が多かった。そのためにこれほどの人数がいたのである。中には純粋な一族ではない子供も交じっているが、蛇の一族の血が入っているならば、この国では純血でなくても重宝されている。ばかにしたり虐げることは罪として認識されているのである。
今日の講師はフリットだった。フリットはよく講師として子供達にいろいろ教えている。
「今日は口づけについて話したいと思う」
「口づけ」という言葉に、子供達は目をきょろきょろ動かしていた。子供達はあと15年ほどで大人になる。そろそろいろいろなことを意識し始める頃だった。
「口づけというのは、口と口をつける行為だが、最も危険な行為だと断言してもいいくらいだ。口移しで毒をもられて死ぬことが結構ある。相手が一族の者ならよいが、そうでない場合は注意しなければならない。よっぱらって気を良くして将来そういう行為をしないように注意してもらいたい」
フリットは真面目な顔で子供達に説明していた。
「先生質問があります」
子供の一人が手をあげた。
「恋人同士は口づけってするんですか?」
「うーん、普段はしないな。赤い月くらいじゃないか?」
「やっぱりそうですよね。僕、親が口づけしてるのなんて見たことない」
「うちもないな」
「私もないわ」
みんなそれぞれ答えていた。大体この一族は結婚式もしないので誓いのキスなんてしない。普段いちゃいちゃするカップルなんて、それこそ珍しいくらいである。
「愛している」なんて言葉は物語の中だけだろうと思っているくらいだった。
恋人同士でも一緒に暮らしたりもしない。親同士が仲が悪くなることもあるが、子供達はそうなったとしても気にしなかった。仲が悪くなっても、子供と親の関係が変わるわけではないのだ。
「先生は、王妃様と口づけたりするんですか」
子供の一人がとんでもない質者をしてきた。フリットはちょっと戸惑っている。
「あたりまえでしょう。王妃様と父様は愛し合ってるんだから、口づけくらいしょっちゅうしてるわ」
と言ったのはフリットの娘のソフィアだった。
まるで見たように言い出したのでフリットはあせっていた。
「王妃様の話はいいんだ。今は口づけの危険性について話している」
「フリット様がしょっちゅうしてるなら、僕のお父さんと王妃様もしょっちゅうキッスしてるね」
ヴィラの息子ヴィンセントが言った。
「僕のお父さんとの方がしてるよ。なにせお気に入りだし」
と言ったのはミカエルの息子ラリーだ。
「僕のお父さんは最初の恋人だって話だ。だから最初に王妃様とキッスしたのはうちのお父さんだ」
ヴィンセントが自信満々に言った。
「回数はうちのお父さんの方が上だ」
「うちの父様に決まってるでしょう」
ラリーとヴィンセントの言い合いにソフィアも参戦している。他の子供達は面白そうにそれぞれを眺めている。
クリス、リリーにクララはそのやりとりには参加する気はないようだ。
「そういう話はいいと言ってるだろう!」
フリットが声を大きくして言った。
「よくないです。重要な問題ですよ!」
ラリーが言った。
「大体、ミカエル様がいまだにお気に入りなのも怪しい」
とヴィンセント。
「僕のお父さんは今も一番良い男だ。王妃様はお父さんの顔を愛してる」
「そうかな。でもキッスの回数は譲らない」
「譲るとか譲らないの話じゃない。王妃様の恋人達は、全員同じ回数くらいはキッスしてるでいいだろう」
フリットまで「キッス」と言い出していた。
「「よくないです。同じなわけないでしょ」」
ラリーとヴィンセントの声が合っていた。
「とにかく、一族以外の異性との接触は気をつけるように。以上だ」
フリットはさっさと切り上げて去って行った。その後も教室では、だれが王妃様と一番キスをしたかで盛り上がっていた。
その後、城にあるゆりの部屋にミカエルがやってきた。
「王妃、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なあに?」
「王妃が最初に口づけをしたのってだれですか?」
「え?」
「ヴィラですか?」
「……王様じゃない?」
「そのほかは?」
「さー……」
ゆりはつい昔の記憶を引っ張り出していた。
「そういえば、先に儀式をしたのは向こうの二人でしたね」
「そうだったわね」
「ってことは、私は三番目かも」
「……まあいいじゃない。今更どうでも」
「でも回数は私の方が上ですよね」
「うん。回数はミカエルが上よ。どうして突然そんなこと言い出したの?」
「学校で子供達が議論したらしいです。王妃が誰と一番キッスしたかって」
「キッス……」
「ちなみに、私が一番キッスしてるのは王妃ですからね。一族では、キッスって愛情を表す行為でもないんですよねえ」
「え? そうなの?」
「どうしてそういうことをするのか意味がわからないって思ってる人の方が多いです。冷めた一族ですから」
「そうなんだ」
「そうなんです。王妃キッスしましょう」
ミカエルはゆりに近づいて顔を寄せた。そしてチュッと口づけていた。
「王妃が一番キッスしたのが私って新聞のインタビューにでも答えてくれません?」
「答えるわけないでしょ。みんな同じくらい好きでしいじゃない」
「王妃ひどい。ムサカ様にばっかりかまってるといじけますからね」
「う……」
ゆりは実際ムサカとそういう行為に及んでしまったので、恋人達には悪いな、とは思っていた。だからといってミカエルよりもムサカの方が好きも思っていない。ムサカに傾倒しているのはもう一人のゆりの方である。黒目のゆりは、ムサカのことは恋人の一人として好きくらいだった。
「王を捨てないでくださいよ」
「捨てないわよ。ムサカさんのことを王様より好きになっちゃったら、またおかしなことになるじゃない」
「王妃は時々わけがわからないですから。儀式でもしてすっきりとさせてください」
「まあそのうちに」
「新聞のインタビューはいいんで、息子に一筆書いてください。一番キッスしてるのは私だって」
ゆりは「いやよ」と言おうとしたが、そこで考えを改めた。
「いいよ。書いてあげる」
ゆりは本当に一筆書いてあげた。最近恋人達をないがしろにしている気もしていたので、恋人達も大事にしなければ、と思ったのである。
ミカエルは手紙を受け取り、喜んで去って行った。
ゆりは次に、ヴィラの子供ヴィンセントにも一筆書いた。
「ヴィラは私が初めて口づけた恋人よ」と。
そしてソフィアには、
「ミカエルと同じくらいフリットとは口づけをしているわ」とも書いた。
クリスには、
「実はヴィラの次にジュノーと口づけをしたの」と書いた。
クララとリリーには、
「ミルキダスは今でも私にとっては大事な恋人よ」と書いた。
子供達はそれぞれ手紙をもらってにやりとした。
それで丸く収まったと思ったらそうでもなく、子供達は学校で何かあると王妃様がらみの言い合いをしていた。
他の子供達は、度々若いムサカを見かけていたので、(ミカエル様達が王妃様に捨てられなくてよかった)となんとなく安心したのだった。




