52.はよ。カレーを。
Side 竜の巫女 カグラ
「て、天空竜様。畏れ多いです。私どもが先に向かいます」
《そうか。ならば到着を見て、我も向かう》
天空竜様が我らを背に乗せてくださる、とおっしゃったときには歓喜で気が遠くなりました。
竜人の英雄が天空竜様の背に乗り、天空都市を築いたという伝説以来、天空竜様の背に乗った者の話は聞きません。
偉大なる天空竜様の背に乗るなど、あり得ぬことです。
「リュウガ、シオン。行きましょう」
「はっ!」
リュウガとシオンの声が重なり、我らはレインハルト様の指定した平原へ向かうことにしました。
「虫ども……いえ、失言でした」
「失言とは思いませんよ。シオン。天空竜様に比すと我らも含め虫けらです」
「失礼いたしました。帝国と連合国の兵が集まっていますね」
「そうですね。幸い、指定の平原には誰もいません。平原を挟んで対峙しているようですね」
一体どういうことでしょうか。
空から見下ろす平原の右と左には帝国軍と連合国軍が睨み合っています。
このまま彼らが行軍すれば、約束の地で激突する見込みでしょうか。
「ひょっとしたら……レインハルト様の粋な計らいなのかもしれません」
私の発言にリュウガもシオンもハッとしたように目を見開きました。
「天空竜様を称えるために」
「なるほど。レインハルト殿はどのような種族にも隔たりのないお方。天空竜様の偉大さを称えるに、我ら竜人以外にも……なんという懐の広さか」
リュウガは感激から涙を流している。私も同様です。
竜人の神であると、我ら竜人は天空竜様を称えていますが、天空竜様からしたらどうでしょうか?
我ら竜人も人間も魔人も、全ての種族が天空竜様からしたら等しく虫けらです。
誰であっても天空竜様を称えてもよい。天空竜様が忌避されない限りは。
静かに約束の平原に降り立つ私たち。
「リュウガ、シオン。私から一つ提案があります」
「言わずとも分かっております。全ての者に慈悲を。天空竜様を称えることを」
シオンも静かに頷きを返してくれました。
では、始めましょう。偉大なる天空竜様への賛歌を。
目をつぶり、意識を集中させ、魔力を込めます。
すると、私を中心に半径数メートルの魔法陣が浮かび上がりました。
「天におわす天空竜様の名において、巫女カグラが願います。拡声の魔術を今ここに」
力ある呪文と共に、拡声の魔術が発動する。
『皆の者。生きとし生ける者よ。お聞きなさい。これより、この地に天空竜様が降臨されます。称えなさい。そして、跪き、祈ることを竜人は認めます。咎めはしません』
平原全体に私の声が響き渡りました。これで彼らにも私たちの意思が伝わったはずです。
《カグラよ。準備はできたか?》
「はい。天空竜様」
頭の中に声がしたかと思うと、我らの飛行速度の数百倍の速度で大いなる存在がこちらに迫っていることが分かりました。
この存在感、離れていてもこれほどまでに感じ取ることができる神のごとき、いえ、神そのものの存在は天空竜様をおいて他にいらっしゃません。
ああ、歓喜で膝が落ちそうになります。しかし、ここで伏せってしまっては天空竜様へ余りにも失礼……ぐっとこらえなければ。
ふわさああ。
天空竜様が平原へ着地されました。
神々しいそのお姿に自然と涙が流れました。
Side 連合国 鬼族 ギル
一方そのころ、連合国は――。
「この声はカグラ殿? 竜人が一体何を?」
ベルガの兄貴の疑問に俺ももっともだ、と声をあげる。
「竜人が降り立つだけで、この圧。やっぱすげえなあ」
「ベルガでまるで敵わない竜人が乱入したとなったら、帝国と戦う前にアレを突破しなきゃいけなくなるさね」
「別に竜人と争わなくても素通りすりゃいいんじゃねえか、ミズチ」
「確かにそうさね、ギル。どうも戦いが先に来ちまうよ」
ガハハとミズチと笑い合うが、軽口はここまでだった。
ゾクゾクゾク。
背筋が総毛だつ。
この気配。やばいってもんじゃねえ!
「な、なんだこの、味わったことのない巨大な気配は……」
「カグラ殿の言っていた、天空竜なるものの気配……!」
耐えきれず膝をつく俺とミズチに続き、ベルガの兄貴までもその場で両手をつき、伏してしまう。
「こ、これは……竜人が神と崇めるだけあるね」
「神々しいかどうかは分からんが、この世のものとは思えぬ圧倒的な気配。これが神々しいということなら、納得はできんが本能が理解する!」
ダメだ。とてもじゃねえが、進むことなんぞできん。
Side 帝国 ダイン
「ぐ、ぐう。こいつは戦いどころじゃねえぞ」
「何だこの圧倒的な気配は」
俺の馬が圧倒的な気配に対しパニックになるかと思いきや、その場で座り、投げ出されてしまった。
尋常じゃねえぞ、この気配。
さっきの謎の女の声で何事かと思ったが、こいつを呼び寄せていたのか。
こんなの戦いにさえならん。
俺たちはこいつの気配に押され、立ち上がることもできないでいるのだから。
「ま、魔人やら、竜人やら、俺たちとこれまで関わり合いがなかった雲の上の種族がなんでこうも次から次へと」
「原因はお前だって分かってるだろう」
「まあ、そうだが……」
「こいつは無理だ。魔人やら竜人で驚いていた過去の俺たちがバカらしい」
ガレスと軽口と叩き合うが、お互いに這いつくばっている情けない姿のままだ。
こうなりゃもう、笑うしかない。
《カレーのエルフ。まだか》
ガツンと頭の中に響く声。こいつはあの巨大なドラゴンの声か。
「やっぱり、店主案件かよ!」
情けない姿だろうが、これだけは突っ込まずにはいられなかった。
《数秒後に行く。あと、グウェイン。威圧し過ぎだ。俺の客がそれでは食べられないだろうが》
今度は店主の声か。こちらも頭の中に響きやがる。
もはや、店主がドラゴンと同じように頭の中に響く声を使いこなすことに疑問は浮かばねえ。
何で俺たちを巻き込んで空中戦をしているのかってことに文句を言いたいが。
「お、圧が消えた」
ふうと大きな息を吐きながら、その場で立ち上がる。
この後の展開が予想でき過ぎて嫌になるが、もうなるようになれ。
絶対来るぞ、この後。
《喰うか?》
「食べるよ! こうなりゃもう、食べるしかねえだろ!」
思わず叫んでいた。




