2.戦場にカレー屋爆誕
開店準備をはじめてから二週間が経過した。
チルルはよく働いてくれる。痩せすぎなのが少し心配だ。これまでの栄養状態が悪かったのだろう。
なあに、カレーライスは栄養満点。完全食だ。すぐに健康な体になるだろうさ。
店作りに二週間も時間を要したのかって? 違う違う。
問題はこの寸胴だよ。じっと寸胴を凝視していたら、チルルが隣にやってきた。
「レインハルト様。しばらくわたしが鍋を見ておきましょうか?」
「問題ない。チルルはそちらの釜を見ていてくれ」
そろそろか。寸胴の蓋をあけるとふわりとカレールーの良い香りが辺りに漂う。
「ふああ。おいしそうな香り」
「香りは満点だが……」
問題は味だ。
「こちらの釜を見ておきますね! ほんとレインハルト様の魔法には驚いてばかりです。瓦礫まみれだった砦を僅か二日でお店にしてしまうんですから」
「改装は大した手間ではないさ」
そう。改装は全く問題じゃない。
店の広さはテーブル席が四つにカウンター席が八つだ。俺とチルルの二人で回すには大きすぎるほど。
カレーライスに合う空間を熟考した結果、全て木製とした。木のぬくもりってやつはリラックス効果があると聞いたからな。
少しでもリラックスして食べた方がカレーライスはおいしい。空腹と共に重要なスパイスの一つであることは言うまでもない。
俺としては機能的な石壁でいいかと思ったのだが、至高の一品ならば、よりおいしくの追求は必要だろ?
問題は改装じゃあない。改装なんて決めればそれで終わり、あとは魔法で作ればいい。
繰り返すが問題は味なのである。
俺はこれまで自分用にしか作っていなかった。至高のカレールーを提供するためには、大きい寸胴で煮込む必要がある。微妙な差だと思うかもしれない。だが、そうではない。大きな差なのだ。
完全で完璧な至高のカレールーを作るには煮込み具合が繊細なのだよ。しかし、ようやく完成しそうだ。
「うむ。これでいい」
味見して、これこそ至高のカレーだと顎に手を当てる。
完成したら早速食すのがカレーライスに対する礼ってものだ。
「おいしいです!」
幸せいっぱいの笑顔を見せるチルル。そうだろう、そうだろう。
俺も一口。うむ。カレールーとライスの絶妙なハーモニー。これならば提供可能だ。
「チルル。看板を持て」
「はあい。出してきますね」
客を呼び込むには看板だろう? 黒い板に白字のチョークでレインハルトとチルルのカレーライス専門店を書いた。
ついでにチルルが可愛らしいネズミの絵まで描いてくれたので、良い仕上がりになったと思う。当店自慢の立て看板だ。
閉店時には畳んで店内に立てかけておく。
早速、チルルがパタパタと立て看板を持って店の外へ。
「きゃ」
チルルの悲鳴に俺も外へ。
一体どうした? 客か?
兵士が二人。一人は栗色の髪に鉄鎧でもう一人が金髪にウェーブのかかった髪の革鎧だった。
ふわり。
「うお。いい匂い」
金髪の方が扉を開けたことで店内から漂ってきたカレーの香りに思わず声をあげる。
もう一方は眉をひそめ、俺とチルルを鋭い視線で交互に見やった。怖くなったのかチルルが俺の後ろに隠れ、ネズミ耳をペタンとさせている。
「こんな危険なところに迷子の獣人がいたと思ったら、エルフまでいるとは」
栗色の髪をした方が何やらのたまっている。
「立て看板を見ろ。ここはカレーライス屋だ。カレーライスを食べるのか、そうじゃないのか?」
俺の返しが意外過ぎたのか、戸惑い顔を見合わせる二人。
「さっきからいい匂いがしていると思ったんだ」
金髪が鼻をひくつかせ、開いた扉の奥を見ようと背筋を伸ばす。
「確かに空腹にはたまらん香りだ」
もう一人の栗色の髪も俺から視線を外さぬまま口にする。
この香り。最初は香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐる、続いて、肉と野菜が煮込まれた濃厚な匂いが襲い掛かってくる。耐えがたいだろう? 分かる、分かるぞ。
「エルフはどっちの国にも属してないよな?」
「いやでも、獣人は俺たち帝国の臣民じゃ……」
「どうなんだろ」
「ま、細かいことはいいじゃないか。朝から何も食ってねえし」
二人で何やら喋った後、ひとなつっこそうな表情を浮かべた金髪がこちらに向け右手を少し上げはにかむ。
「丁度腹が減ってたんだ。もらえるか?」
「客か。ならば入るとよい」
客なら、客と最初から言え。客ならば拒む理由はない。さあ、味わうがよい。至高のカレーライスを。
◇◇◇
「う、うめえええ」
「これほど濃い……いや、多数の具材が煮込まれて味を出した料理は初めて口にする」
「帝国の糧食は味気ねえからなあ」
「辛いのがまたいい。それにこの白い粒、たしかサラダに使うことがあると聞いたが、このような食べ方もあるのだな」
二人が出した結論はこの上なくうまいだった。
「しっかし、戦場のど真ん中にレストランとは……なんでこんなところにあるか分からないが、とにかくうまい」
「まあまあ、いいじゃねえかうまけりゃ」
そういや、栗色の髪はガレス。もう一人のおちゃらけた金髪がダインと店に入った時名乗っていたな。
細かいことを気にしないらしい金髪のダインに言いくるめられる形で、栗色の髪のガレスも考えるのをやめたようだ。
「店主さん、お代わり」
「俺も頼む」
何のかんので二人は三杯おかわりを所望した。
「ごちそうさま、お代は?」
お代か。金は必要なくなってから久しい。確か五十年ほど前までは使っていた記憶がある。
二人が座るテーブルの傍にいたチルルと目を合わせ、ちょいちょいと手招きした。
てこてこやってきた彼女に一食の値段を尋ねてみる。
ほうほう、銅貨三枚か。
「銅貨三枚だ」
「ちょ」
自信満々に答えたのだが、二人の表情が変わる。
「安すぎるって! 兵士は金の使い道もねえし。帝都の大衆食堂でも銀貨1枚だぞ」
二人が数度会話を交わした後、立ち上がる。
「ごちそうさん」
テーブルには各自銀貨三枚が置かれていた。
軽い雰囲気のダインがひらひらと手を振り、二人が退店して行く。
二人を見送った後、両手を合わせネズミ耳と尻尾をピンとさせたチルルが全身で喜びを表現する。
「大成功ですね!」
「うむ。至高の一品の名声をどこまでも届けてみせよう」
確かな手ごたえを感じた俺はぐっと拳を握りしめるのだった。




