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空席のアルバム

家族写真の“空白”をめぐる短編連作です。

三つの視点が少しずつ重なり、ひとつの記憶へと収束していきます。

静かな物語ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。

昼休み、後輩は競馬新聞を机いっぱいに広げている。


赤ペンで囲まれた数字の列を見ながら、


「今日は勝てる気がします」と言った。


「ギャンブルで家は建たないからな」


そう言うと、彼は「ですよね」と笑った。


軽く、何も残らない返事だった。


その声を聞くたび、同じ感覚が戻ってくる。


あの頃、自分も同じ席に座っていた気がする。


本棚の奥に、娘が小学生だったころのアルバムが一冊ある。


遠足、運動会、夏休みの旅行。


ページをめくれば、楽しそうな娘の笑顔が続く。


隣に写っているのは、いつも母親だけだ。


私は写っていない。


影も残っていない。


「お父さん、今日は忙しいねん」


そう言って、土日の朝に家を出るたび、


私はパチンコ屋や競馬場へ向かった。


あの場所では、時間の感覚がなくなる。


当時の私は、勝っていた。


正確に言えば、勝っていると思い込んでいた。


数字の並びに意味を見出せる。


家族との時間を削っても釣り合う何かがある。


そう考えていた。


ある夜、負けが込んで帰宅すると、


娘が学校のプリントを持ってきた。


「お父さん、ここ何て書いたらいい?」


職業を書く欄だった。


酒と負け惜しみで鈍った頭で、


私は適当に答えた。


「馬券師って書いとけ」


娘は迷わず、鉛筆を走らせた。


白い紙の上に残った三文字だけが、


今も消えない。


やがて、大きく負けた。


つぎ込む金がなくなった。


才能ではなかった。


金のない週末、公園のベンチに座った。


娘の隣でソフトクリームを食べている写真が、一枚だけ残っている。


それは父親を取り戻した記念ではない。


ただ、行き場のなくなった男が、


そこに座っていただけだ。


昼休みの終わり、後輩は新聞を畳んで言う。


「今日は勝てる気がします」


私は何も答えず、自分の机に戻った。


彼の未来に、


同じ空白が生まれないことを考えながら。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


“空白”をテーマにした短い連作でしたが、

どこか一行でも心に残るものがあれば嬉しいです。

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