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四神 ―神格化の刻―  作者: 伏黒照(フシグロテル)


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第八話 数値の壁 ~白虎の劣等感~

その翌朝、オサムたちは香澄博士に連れられて「レベル4」の実験アリーナへ移動していた。

10人の生徒──圓崎たちについては無事であることは情報として掴んでいた。ただしそれは、彼らのバイタル情報が正常であるということであって、神格化の進捗は不詳である。チームの扱いが未決定で、10人が一緒にいるということまでは判明していた。

「彼らの無事さえ分かっていれば、下手に動かず、一度高山くんたちの能力テストをしてから、今後の計画を練っていきませんか?」

山本のこの提案に、香澄も藤原も賛同することで、今の実験アリーナに至った。

広い空間は機械音が響き、血の匂いっぽい消毒臭も漂っていた。体育館のようにマットが敷かれていたり、見たこともない計測機器やセンサーが並んでいる。白衣を着た動きのぎこちないZタイプも隅の方に立っている。一方、厚いガラス越しに、テストの様子を伺うスペースには、研究スタッフが数人、無言で立っていた。

「今日は本格的な身体能力テストを行う。君たちがどれだけ安定しているか、しっかり見せてもらおう。」

香澄の声は優しかったが、オサムにはその言葉が重くのしかかった。

最初にカズキ、クニヨシ、エダくんの順でテストが始まった。

握力計。

カズキは軽々と常人の倍以上の数値を叩き出し、クニヨシはさらに上を行く。エダくんは静かに、しかし確実に高い値を記録した。

次は短距離ダッシュと反応速度テスト。

どれも中学生の域、いや常人を遥かに超えていた。これを見ていたスタッフが、小さく息を飲むのが聞こえた。

「……すごい……。」

山本が腕を組んで呟いた。藤原は目を細めてデータシートを何度も確認している。

黒崎副所長がいつからそこにいたのか、香澄たちは誰も気付いていなかった。

「Fクラス……Project(プロジェクト) Apotheosis(アポテオシス)の成果は予想以上だな。」

低い声に香澄がびくりと肩を震わせた。

「……副所長、いらしていたんですか?」

レベル4に彼が姿を現すのは正直想定外である。ここでオサムたちと引き合わせることは避けたいところであった。

黒崎は薄く笑い、会話を続ける。

「水くさいな香澄。いつあんな被検体を手に入れた? まさか『例の行方不明の4人』じゃないよな?」

香澄の顔から血の気が引いていく。彼はこういう場合に、咄嗟(トッサ)に嘘がつけるタイプではなかった。

「褒めているんだぞ。こちらは10人で苦労しているのに、4人も1チームで引き受けているんだ。感謝しなくてはな。」

言葉の出ない香澄に対し、黒崎は小声で続ける。

「施設内の監視カメラの死角でコソコソと、何か楽しそうな企画を練っていたんだろう? あの日、君たちがどこのパーティーに呼ばれて出かけたのかまでは、入退室記録からは分からないが?」

香澄に与えられた権限として施設の出入りは比較的自由であった。藤原は入退室記録システムやカメラのハッキングを提案していた。いくら人命優先のこととは言え、そのことで施設のセキュリティに影響が出ることを懸念した香澄は、記録の改ざんまではしなくて良い、そう判断していたのだ。

「期待しているよ。」

軽く香澄の肩を叩いて、黒崎は香澄から離れて行った。

「……やはりビンガが気付いていたのか……。」

そんな2人のやり取りがされている中、オサムの番が来た。

握力は普通の中学生とほぼ変わらない。

ダッシュのタイムも平均以下。反応速度はカズキたちの半分にも満たなかった。

香澄は先程の動揺は隠しつつ、優しく微笑みながら言った。

「高山くん……やはりまだ大きな変化は見られないね。でも焦らなくていい。時間はかかるよ。」

その言葉が、逆に胸に刺さる。

アリーナのすみっこで、オサムは暗い表情のまま腰を下ろした。

モニタールームで、白髪交じりの男──迦陵頻伽(カリョウビンガ)が壁にもたれかかっていた。博士と話をしていた男──黒崎副所長が彼と何か話をしているようだ。

待機スペースには2人の被検体の男に混じって、小柄で鋭い目つきの茶髪の少年が膝を抱えるようにして座っている。

被検体らしき年配の男が、この集団に向かって歩きながら、だるそうに大声で呼びかけた。

「よお、カゲトラ。次はお前だぞ。いつまで座ってんだよ、面倒くせえな。」

ゆっくりと顔を上げ、少年は立ち上がった。

「宮里、静かにしろ!」

ほかの被検体の男から注意された、宮里と呼ばれる年配の男は、苛立った様子で舌打ちをしながら、少年の背中を軽く押した。

武器を向け、セキュリティガードが宮里を注意する。彼は慌てて「すみません」を連呼する。

スタッフに同行しているZタイプ──神格化の後遺症が少なく、動作も通常の人間と変わらぬ者は、こうして武器携帯を許されることがある。以前は、警察・自衛官を辞した者たちを警備に起用することが主流であったが、素行の悪い者も多く、情報の秘匿性も危ぶまれることも少なくなかったことから、徐々にZタイプを起用することが増えてきていた。

動きのぎこちない者は、医療補助、計量補助、清掃業務に起用される。実質無給で働く彼らだが、成果品と異なり、処分対象となる危険性から逃れるため、意外に組織へ忠実になる者が多い。Yタイプ──「能力開花の不安定者」として扱われれば、テストの材料、能力確認のための被検体として使い捨てられることになる。

素性は様々であるが、元々社会の不適合者と烙印を押された者も少なくないため、役割を与えられ、居場所が確保されることで、労働意欲が向上して忠誠を誓うのかもしれない。規律を順守することを当然とし、半端な人間スタッフよりも信用度が高い。

対して成果品は労働を強いられることもなく、待遇が良いためか、宮里のようにルールを守ることのできない連中も少なくない。

意外にもビンガも黒崎も、彼のような人間を嫌っているのか、話を中断してゴミを見るようにその様子を目で追っていた。

そして、茶髪の少年とオサムは一瞬、目が合った気がした。

同い年だろうか、それとも年下か、表情はほとんど変わらない。ただ、どこか醒めたような、静かな視線は、すぐに逸らされた。

「自分たち以外にも子どもがいるんだ」と朧げに思いつつも、今は自分のことで精一杯だった。

テストが終わり、オサムはベンチに腰を下ろした。握力も、ダッシュも、反応速度も──全部、普通の中学生の範囲内だった。劣等感が胸の奥に広がっていくのを感じながら、拳を軽く握りしめ、唇を噛んだ。

カズキが心配そうに肩を叩いてくる。クニヨシは苛立たしげに舌打ちし、エダくんは静かに目を伏せた。

(みんな……すごかったのに。俺だけ、何も変わらない。)

胸の奥が熱い。恥ずかしい。仲間の中で浮いている自分が、惨めになった。

(第八話 終わり)

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