第六話 表の舞台 〜奇跡の茶番〜
黒崎副所長たちは、事件収束のための最後の演目を演じている最中であった。
所長の白鳥が耳打ちする。
「黒崎くん。子どもたちは、本当に14人とも無事なんだろうね?」
「ええ、間違いなく。」
事故を免れた車両の乗員乗客をたちは、事件後宿泊施設で足止めされていた。修学旅行生たちは、修学旅行の中断よりも、被害に遭った生徒たち、殊に14人の生徒についての噂で持ちきりであった。
あれだけの惨状で本当に重篤とも言える負傷者は結局のところ8号車のドライバーのみであった。最後にブレーキをかけて体勢を崩しながらも必死のステアリングをして、ハンドルに頭を強く打ちつけての頭蓋骨骨折である。
横転したとは言え、あの大破したバスに乗車しながらも子どもたちが大ケガに至らなかったのは、彼の運転技術のおかげであった。影の功労者と言えよう。まだ意識は戻っていないが、医師の話では峠は越えたとのことで、バイタルも安定しているそうだ。ガイドもガラス片が衣服に刺さっていたものの、体を直接貫くようなことはなかったため、無事である。
9号車のドライバーも衝突してしまったものの、こちらも彼のおかげでほぼ軽症者のみで済んだのだ。ただ鞭打ちは時間とともに痛みが増してきたらしく、当面は運転は無理であろう。こちらのガイドに至っては、ほぼ無傷である。奇跡的と言える。
意識を失って搬送された生徒たちも診断の結果、特に問題ないということだった。
黒崎は先の約束どおり、自ら検査チームと共に赴き、こうした入院患者はもちろん、救助に入った人たちにも、例のウイルス感染のチェックを行っていた。
保護者たちへの対応も迅速であった。「14人の生徒」の保護者については可能な限りヘリコプターでの移動を手配し、「21人の意識不明者」(搬送された23名のうち2名は8号車のガイドとドライバー)の保護者、直接の被害を免れたクラスの生徒の保護者であっても、心配する彼らを笠岡中学校に集めて、学校から3台の専用バスを使って、この現場まで連れてきていたのだ。
特にオサムたち4人の生徒、つまりは高山、松野、安川、添田の保護者たちは、息子たちの安否に気が気でなかったが、最終的に生きていると聴かされて、本当に嬉しさで泣き崩れていた。また父母共に参じた高山、安川は、息子の生存を知って安心し、父親はそれぞれ仕事に戻ると言ってこの場所をあとにした。
ウイルス検査の結果は、検体を取ってから最低でも2時間はかかる、と尤もらしい説明とともに、皆疑うこともなく従っていた。
消防や自衛隊、警察などの公的機関の従事者については公務に支障が生じないように、と先に医療機関で「この儀式」を施していた。今は宿泊施設の駐車場の一画を借りて、ほかの従事者や接触者を対象とした検査がもうすぐ結果が出る、という状況である。
接触者については、任意としていたが、皆真面目に従事者の家族はほとんど、検査に足を運んでくれていた。
「お忙しい中ご協力をいただきまして、感謝いたします。今全員陰性であったことが判明いたしました。」
安堵の声が広がる。
所長が一人ひとりに挨拶をして回る。随分とマメなものだ。この茶番を本気で信じている。なんとも御し易いお方だろう。黒崎は心の中で、そう呟いた。白鳥所長は本当に施設の実態すら分かっていない状態で、最近赴任してきた上司である。「お人よし」という表現が、こんなにお似合いの人も珍しい。同時に「お飾り」という言葉も……。
「意識が戻ってらっしゃらないドライバーさんについては、まだ気がかりだが、人死にが一切なかったのは本当に良かった……。」
「……そうですね。本当に奇跡的なことです。」
黒崎は、しみじみ言う所長の言葉など、どうでも良いと内心思いながら同意した。
「ときに黒崎くん、先程記者の人も言ってただろう?国立天文台は隕石の観測などなかったと言っていると……?」
一瞬核心に触れるような、何か鋭い視線に晒されたように、黒崎はこの好々爺に対して何故か戦慄を覚えた。
「……確かにそうです。天文台では観測されていない、私もそう聞き及んでおります。『隕石』という定義はされなくとも、何らかの衝突そしてその破片とウイルス反応があったことは間違いありません。」
「そうか。隕石片の提出、調査依頼はしておらんのかね?」
「…早急に対応いたします。」
「気のせいか? このジジイ?」黒崎は違和感を覚えたが、またいつもの好々爺に戻っている。「頼んだよ。」と言いながら、ふらふらと先に歩き出していた。
「さて、ツヨシくん。君は何を望んでいるのかね?」
白鳥は、まるで誰かに語りかけるように独り言を呟いていた。
(第六話 終わり)




