第四話 目覚めの差 ~遅れた白虎~
白い天井が、ぼんやりと視界に入ってきた。
頭が重い。体が鉛のようにだるい。 高山オサムはゆっくりと目を瞬かせ、息を吐いた。消毒液の匂いが鼻を突く。どこかで低い機械音が響いている。
「……ここ、どこだ?」
声を出してみたが、かすれてうまく出ない。 ベッドの横に白衣の女性が立っていた。三十代くらいだろうか。優しげな笑顔を浮かべている。
「ボク、起きたの? 大丈夫? ゆっくり動いてね。」
ボク——。
オサムは内心で顔をしかめた。中学2年生だというのに、まるで小さな子どもみたいに扱われている。事故の記憶が、ぼんやりと蘇る。修学旅行のバス、突然の揺れ、土砂の音……そして必死に席の手すりを握りしめていたこと。
「俺……生きてる?」
「ええ、よく頑張ったわ、もう大丈夫。」
「ここ……病院?」
「少し特殊な施設よ。詳しくは後で先生が説明してくれるから。」
「すみません、あの……俺一人だけですか?助かったの?」
「大丈夫。ほかの子たちも無事よ。山の斜面が突然崩れてきて、バスが事故に巻き込まれたの。君たちは座席ごと外に飛ばされて……。でも座席シートがクッションになってくれたのかもね。」
「ほかの子って何人?全員?」
「多分一緒の席に座ってた子たちじゃないかしら。3人とも。」
「3人?……たった3人……。」
オサムは一瞬、血の気が引いた。自分だけ助かって、クラスのみんなは……。
女性スタッフはオサムの表情を見て、慌てて手を振った。
「あ、えーと、クラスのみんなは無事よ。全員。修学旅行に来ていたみんな、先生や運転手さんやガイドさんたちも全員無事。ただ酷いケガで入院しなくちゃいけない人たちもいたんだけど、亡くなった人は一人もいないわ。とにかくみんな生きてるの。病院で治療を受けてるから大丈夫。あなたを含めて4人だけが、その病院とは別にこの施設に運ばれたのよ。ごめんね。そうよね、心配よね、みんなのことが。」
オサムは胸をなでおろした。この話を聞いて少し安心、ホッとしたところである。3人というのはカズキたちのことだろうか?
「みんなは何時間前に目が覚めたんですか?」
「ほかの3人は、2日前に目を覚ましたの。順調に回復してるわ。」
「2日前?え?2日間眠ってたの、俺?」
「あなたは4日間眠っていたの。」
女性スタッフに支えられながら、オサムはゆっくりと上半身を起こした。部屋は狭く、壁は冷たい岩のような質感だった。ところどころに古い削り跡みたいなものが残っている。なんか、古い洞窟みたいな感じ……。
「みんなのところへ行きましょうか?」
通路を歩いていると、照明の薄暗い曲がりくねった廊下の先に、広めの談話スペースが見えた。そこに良く知る3人の姿があった。
「おい、オサム! ようやく起きたかよ!」
一番に声をかけてきたのはクニヨシだ。粗暴そうな目つきながら、どこかホッとしたような笑みを浮かべている。
「遅ぇよ、オサム。」
カズキがにこやかに手を挙げた。屈強な体躯はそのままで、みんなに慕われる優しい笑顔がそこにあった。
エダくんはいつもの冷静な表情で、軽く手を振った。
「オサムちゃん、目が覚めたんだね。」
オサムは思わず笑みがこぼれた。
「カズキ、クニヨシ、エダくん……みんな無事だった。」
4人は自然と輪になった。事故の直前も、土砂に埋もれていたときも、4人で固まっていた。馴染んだ空気が、そこにあった。
少しして、白衣の男性が入ってきた。眼鏡をかけた、穏やかそうな中年男性。香澄司郎博士と名乗った。
「君たち4人、名前を教えてくれるかな?」
オサムたちは顔を見合わせ、順番に答えた。
「高山です」 「松野です」 「安川です」 「添田です」
香澄博士はうなずき、静かに説明を始めた。
「ありがとう。高山くん、松野くん、安川くん、添田くん。 君たちは土の中に長く閉じ込められていた。しかも一番深い場所に生き埋めになってしまったので、助けるのにとても時間がかかったんだ。4人とも無事ではあったんだが……正直、このままでは助からないと思った。だから私たちは、やむを得ず特殊な薬を投与したんだ。生き延びてもらうために。あの薬は、君たちの命を繋ぎ止めるためのものだった。でも、その薬には……人体を根本から変えてしまう力がある。」
博士の声は少し重かった。
「この施設は、長野の古い地下壕を改修した研究施設なんだ。非常に特殊な研究をするために造られた。ニュースでロケットで月に行くとか、地球から宇宙に行く話は聞いたことがあるだろう?今後はね、その宇宙で人類が暮らしていく未来が来るんだよ。」
オサムがぽつりとつぶやいた。
「……ガンダムみたいですね。」
カズキが苦笑しながら小さく相槌を打った。
「マジかよ……宇宙戦艦ヤマトじゃねえのか?」
クニヨシが鼻で笑う。
「スペースコロニーとか製造しちゃうってか?」
香澄博士は一瞬目を細め、静かに言った。
「……その通りだ。」
4人とも笑いを引っ込めた。冗談のつもりだった言葉を大人が真剣に肯定する姿に、場が少し気まずくなった。
博士は小さく息を吐き、続ける。
「ロケットに乗り宇宙に飛び出す。宇宙では宇宙服を着て船外で活動する。あの過酷な状況でも充分に耐えられるような人間がいたら、どうだろう?宇宙服など装着せずに制限なく活動できれば。宇宙開発はこれから世界各国の競争が熾烈を極めることになる。ニッポンではロケット開発といった分野では他国に追いつけない。だが今後の実動部隊の特殊な人材を多く輩出できることになれば、大きな強みとなる。だからこの研究は人知れず行うことになる。そう言われ、こんな一般には全く知られることのない施設に人が集められたのさ。そんな考えを実現するために我々は集められた、はずだった。……だがこの組織は始めから宇宙開発など考えてはいなかったのだろう。ただの人体実験だったんだ。『神格化』と呼んで非合法にヒトを拉致してきて実験を繰り返し、生体兵器に変えようとしている。私は……最初はそんな目的など知らされていなかった。
今でこそこのニッポンは平和だが、世界では様々な戦争や紛争が絶えない。そうした殺し合いを楽しもうとする不謹慎な輩で溢れているのさ。君たちは、事故現場から私たちが救出したとは言え、結果としてその実験に巻き込んでしまった。本当にすまない。」
そう言って香澄は深々と頭を下げる。
カズキが眉を寄せた。
「先生は……俺たちを助けようとしてくれたんですか?」
「そうだ。私と山本、藤原の3人、高山くんはまだ2人とは顔を合わせてないかもしれないが、我々を中心としたこのチームは、組織の中で君たちを守れる範囲で動いている。黒崎という上層部の人間は冷徹で、被検体をただの道具としか見ていない。でも私は……せめて君たちを、ただの実験材料にしたくないと思っている。」
説明は続いた。施設の階層構造(今いる中層が居住エリアで、これから下の深層で本格的なテストが行われる可能性があること)、他の被検体たちの存在について。
オサムは黙って聞いていた。胸の奥がざわついていた。死ぬはずだった。助かったのはこの人のおかげ……。でもその代償が、自分たちをバケモノに改造してしまう薬に繋がっているなんて。でも根本から変える、ってなんだろう?実際自分も誰もバケモノみたいにはなってないし。
説明が一段落した後、香澄博士は立ち上がった。
「まずは体をチェックしよう。君たちの変化を確認しないと。」
検査室はすぐ近くのブロックにあった。無機質な機械が並ぶ、岩壁がむき出しの部屋。
そこで身体測定、体力測定が行われた。
カズキは握力も瞬発力も持久力も、常人を大きく超える数値を出した。 クニヨシも力のピークが異常に高く、粗暴な性格が反映されているかのようだった。 エダくんはバランスが良く、敏捷性と判断力が突出していた。
そして——オサム。
「……高山くんは、年齢相応の平均値だね。」
香澄博士の声は穏やかだったが、オサムにはそれが残酷に響いた。
他の3人は明らかに「何か」が変わっている。 なのに自分だけ明らかに非力。もともと運動は苦手な方だった。
オサムは拳を握りしめた。勝手に改造人間にされたのは不愉快だが、変化なしってのがなんか悔しい。みんな超人みたいになってるのに。実は自分だけ薬が効いてないのか?
カズキが優しく肩を叩いた。
「オサム……まあ、焦らなくていいさ。お前はなんか、違う気がするんだよな。」
クニヨシが腕を組んでうなずく。
「そうだぜ、オサム。俺たちより遅れて起きたのも、何か理由があるんじゃねえの?」
エダくんは静かにオサムを見つめ、少しだけ興味深そうな目をした。
香澄博士はカルテに目を落とし、静かに言った。
「君たちは本当に特別だ。特に高山くんは……これから、どう変わっていくのか。楽しみだよ。」
オサムは唇を噛んだ。
俺だけ、何なんだ……?
地下の冷たい空気が、静かに4人を包んでいた。
(第四話 終わり)




