第三話 埋もれた叫び ~最後の4人~
事故に遭った中学校の修学旅行生は397名。引率の教員が10名。
バスはクラスごとに分けて9台。各車両にドライバー、ガイドが各1名。
つまり被害を免れた者も含め、そこには総勢425名の人間がいたことになる。
7台目のバスまでの乗員乗客には一切ケガ等はない。
最後尾の9号車のドライバーは多少の外傷と鞭打ちの症状があるが、今は興奮状態だからか、自分で歩けるほどの力も残っているようだ。ガイドは衝突寸前に生徒たちに「みんな頭を守って!」と大声で叫び、自身も帽子の上に座席の座布団を素早く被りしゃがみ込んだため、ほとんど重篤なケガのない状態であった。
また引率の担任の男性教師も事故直前にガイドと共に「カバンやタオルを頭に被れ。ふざけてないで座れ!」と命じていて、冷静な対応で自らも大事に至るようなことを防ぎ切っていた。
だが落石と土砂は車両後部を直撃し窓ガラスも割れて、一部の土砂も入り込んでいた。
バスが完全停止した後、男性教諭は素早く点呼をとり始めた。
7名の生徒が、運悪く強い衝撃を受けたのか気を失っていた。
そして3名の生徒が車外に投げ出されたことがわかった。
「先生!やっぱり鹿島と佐久間と吉村がいません。」
「アイツらか……。」
教員の最後の叱咤は、まさにこの3人に対してのものであった。
彼らは轟音が聞こえる直前まで後部座席で立ち上がりながら奇声を上げてはしゃいでおり、咄嗟に危険を察知した大人たちの注意もよそに、結局最後まで馬鹿騒ぎをしていた。
対して9号車に衝突され横転してしまった8号車は、更に酷いものであった。流血している者もいる。
こちらのドライバーは、頭から大量の血に塗れてハンドルに被さるようにして、動かない。搬送後に判明するが、頭蓋骨骨折をしていたらしい。
またガイドは前方の座席の生徒たちを守ろうとするかのように彼らに覆い被さり、背中には無数のガラス破片が付着している状態で気を失っていた。
引率の女性教諭はかなりのパニック状態であった。
代わりに学級委員の女子生徒が果敢に呼びかける。
「みんな、隣にいた人をお互い確認してみて。」
そうは言ってもバス内はメチャクチャである。
凄惨な状況を見回しながらも、責任感からか現状把握に最善の手を考えている。
何か思いついたように、彼女は抱きしめていたリュックから鉛筆と旅のしおりを出した。しおりの余白に1から43の数字が書かれていく。委員長が今度はこう呼びかける。
「出席番号言うからいたら返事して!1番いる?」
「は、はい、いるよ。」
「1番は丸ね。じゃあ2番?」
「あれ?エンちゃん?いねえ?!」
「本当だ。いればすぐ分かるはず。」
「圓崎くんってこと?じゃあ次3番は?」
「カズキもいねえよ。」
「ひょっとしたら外に放り出されたかも。」
「え?」
「ああ結構まとまって、何人か窓ガラスから飛ばされたの見た気がする。」
「そう言えば私も見たかも。」
「なあ!ダイスケが息してねえみたいなんだよ!やべえよ!」
委員長は最前列の席に先生と並んで座っていた。このため後方のことは正直一切分かっておらず、皆の話を聞いて血の気が引いてしまった。それでも声を振り絞り、
「まずはバスからみんなで出よう。気を失ってる人とか動けない人は協力して運ぼう。改めて外で誰がいるか、いないか確認しよう!」
現場が少し落ち着いたところで、9号車の引率教師と、8号車の学級委員長が外で顔を合わせた。
救急車が到着し始めていた。今のような携帯電話のない時代でありながら、この緊急時に驚くほど皆が連携して、救助に駆けつける人たちが短時間に集まっていた。
メガネの右のレンズにヒビが入った少女が、声を震わせながら報告する。
「先生……8号車で、11人が見当たらないんです。さっき外出て見回したけど見つからないんです……」
9号車の男性教諭も顔を青ざめさせながら答えた。
「こちらも3人足りない。後部にいた子たちが……土砂に巻き込まれた可能性が高い。」
二人は互いに目を合わせ、言葉を失った。
総勢14人の生徒が、まだ土砂の下に埋もれている可能性が浮上した。
一方、事故現場から少し離れた高台の車内。
藤原は複数のモニターを前に、指を高速で打ち続けていた。
事前に設置しておいた小型カメラと簡易生体センサーのデータがリアルタイムで流れ込んでくる。
「まずい……これは本当にまずい。」
藤原の声が震えた。
香澄博士と山本は、それぞれ別々の位置から無線で応答した。
「どうした、藤原?」
博士の声が低い。
「生体反応が……事故前の走行中と比べて、14人分が極端に弱くなってる。位置もほとんど動いていない。
おそらく土砂に深く埋もれてる。すでに10分以上経過している。時間がない!」
山本が息を呑む気配が、無線越しに伝わってきた。
「14人……? 消防が来る前に見つからないと、酸欠で……」
博士は唇を噛みしめた。
「俺と山本が直接動く。藤原は引き続きデータを送れ。
山本、準備はいいな?」
「……ええ。服薬しました。少しだけ、力が出るはずです。」
山本はすでに、博士が開発した薬を投与していた。
一時的に異常な身体能力が発現しているが、まだ制御が効かない。
それでも彼は、土砂の山に向かう決意を固めていた。
二人は万一カメラで映されたりしても特定されることがないよう、また現場の危険性からヘルメットを被り、土木作業員の格好をしてしていたため、比較的救助には紛れ込みやすい姿であった。
現場では、消防隊と地元のボランティアたちが必死に土砂を掘り始めていた。
「生きてる奴は声を上げろ!」「ここに反応があるぞ!」
叫び声とスコップの音が、秋の山間に響き渡る。
次々と生徒たちが発見され、担架で運ばれていく。
10人目が救出されたところで、藤原の声が無線に入った。
「博士! 残り4人……反応がまだ微かにあります。でも位置がかなり深い。一般の救助隊では、もう手が届かない可能性が高い!」
香澄博士は山本と目配せをした。
二人は人目につかないよう、土砂の山の裏側に回り込んだ。
山本の体がわずかに震える。薬の効果で筋肉が異常に張っていた。
「山本……無理はするな。」
「わかっています。でも、この4人だけは……」
二人は土砂を掘り始めた。
山本の動きは不思議なほど力強く、時折、掘削機のドリルでも使っているかのように見えた。
完璧ではない。まだ制御しきれない。
それでも、土砂の圧力を少しだけ和らげることに成功した。
博士が低く叫ぶ。
「ここだ! 反応がある!」
土砂の下から、4人の少年の姿が現れた。
まだ意識はない。泥と土にまみれ、息は浅いが、確かに生きている。
最後の4人だけは、奇跡的に固まって埋もれていた。
山本が彼らを抱きかかえるように持ち上げる。
博士は急いで簡易酸素マスクを当て、脈を確認した。
「全員、生きてる……。
急いで運ぶぞ。表の救助隊には気づかれないように。」
四人は、博士と山本によって人目につかないルートで現場から離脱した。
ちょうどその頃、消防隊が「これ以上の生存者は確認できない」と判断を下したタイミングだった。
事故現場は大混乱のまま、夕暮れを迎えようとしていた。
表向きの発表はこうなった。
「原因不明の土砂崩れが起こり、2台のバスが衝突事故。重軽傷者33名。うち10名は車外の土砂内から発見された。
行方不明者4名。捜索を継続中。」
しかし、その直後――。
病院に搬送された10名の生徒たちに、黒崎副所長率いる組織の特殊部隊が動いた。
「未知のウイルス感染の疑いあり」という名目で、親族への連絡を制限。
「今回の崩落事故が生じました原因は、擁壁に隕石が直撃したことによるものと判明いたしました。擁壁や道路には何の異常も認められません。このような凄まじい破壊力を持った隕石の衝突など誰が予想できたでしょう?ですから管理者に責任は一切ありません。むしろ土木事務所も警察も皆が迅速に対応してくださいました。
そして隕石に含まれた未知の物質を、土砂内で発見された生徒たちが吸引している恐れがあります。よって施設で隔離治療を行います。親御さんへの感染リスクを避けるため、面会は当面できません。またウイルス感染となると本人及び親族への今後の誹謗中傷を忌避することを考慮して、10名の氏名等の公表は一切致しません」と巧みに丸め込み、10人全員を組織の施設へと移送してしまった。
一方、4人の少年については、
「道路下の崖下で大破した隕石を発見し、同時に転落していた4人の生徒も発見いたしました。無事生存されております。酷いケガのためお顔をご覧いただいてもお分かりいただけないでしょうが、彼らの所持していた生徒手帳と照合いただければ未発見の4人に間違いないと判明することでしょう。
彼らもまた、先の10人の生徒さん同様に感染の疑いがありますので、我々の施設にて治療を開始しております。 今回の事故に遭われた2台のバスの乗員乗客のみなさん、現場で救助作業に従事いただいたみなさんにも念のために、感染の恐れがないか順次検査を受けていただきます。」
嘘である。写真も隕石も捏造したものだ。検査など茶番で、全員陰性判定をして幕引きするための儀式である。だが生徒手帳は本物であった。彼らの荷物だけは本当に見つけていたのだ。
「特殊工作員に捜索させて4人は見つかっていない。あの土砂の中で、残念だがもう生存の可能性はゼロだ。土砂内の生体反応もないことを、先程確認させたからな。万一死体が後から発見されても問題ない」と黒崎は判断した。
本音では、4人の安否などどうでもよかった、ということである。
10人の中学生を確保できただけで上々だ。
14人は生きている、施設で治療を受けている、というシナリオが完成すればいい。
彼は周囲を上手く鎮静化させ、事態を「収束」へと導こうとしていた。
高台の車内では、藤原がモニターを睨みながら呟いた。
「……博士、どうも4人を発見したみたいですね。」
香澄博士は、4人の少年を隠した場所で静かに息を吐いた。
まだ意識のない彼らの顔を見つめながら、心の中で誓う。
(この4人だけは……絶対に、守る。)
土砂の底に埋もれた叫びは、まだ完全に消えてはいなかった。
4人の運命は、これから大きく動き始めようとしていた。
(第三話 終わり)




