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四神 ―神格化の刻―  作者: 伏黒照(フシグロテル)


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第一話 白き息吹の覚醒

この作品は「カクヨム」でも同時連載しております。小説家になろう版と内容は同じです。よろしくお願いいたします。

時は昭和六十二年、十月下旬。

人類が宇宙進出への足掛かりとするため、過酷な環境下でも耐えうる「新しいニンゲン」を創り出そうという、極秘計画が長野県の山中に存在していた。

表向きは「国立環境適応研究所」。

しかしその地下深くは、神を創るという名目で人体実験が繰り返される、狂気の施設だった。

香澄博士――香澄 司郎、四十二歳――は、その最深部にある個人ラボにいた。

白衣の袖をまくり上げ、眼鏡の奥で血走った目を細めている。

机の上には、無数の注射器と小さなアンプルが並んでいた。中で揺れる液体は、淡い青みがかった色をしている。

「……これで、ようやく。」

博士は震える指で一本のアンプルを摘み上げ、蛍光灯にかざした。

この薬は、彼が秘密裏に三年間追い求めてきたものだった。

組織が「神格化」と呼ぶ非人道的な人体実験の副産物として生まれた、未知の因子を呼び覚ます物質。

他の被験者たちが得たのは筋力の異常増強や皮膚の硬化、毒への耐性といった、ただの肉体強化ばかり。

しかしこの薬は違う。

他の神格化とは明らかに異なる、何か特別な可能性を秘めている――博士だけがそう確信していた。

博士は知っていた。この施設の本当の姿を。

「神を創り出す」などという美名の下に、ただの狂った人体実験が繰り返されていることを。

被験者は路上生活者、服役中の囚人、身寄りのない施設入居者、入院患者の男性たち。

彼らは皆、社会から「不法に消された」者たちだった。

実験を重ねるうちに、携わる科学者たちの感覚は麻痺し、狂気はエスカレートしていった。

そして今、上層部はさらに若い、健康な検体を欲し始めていた。

香澄博士は数日前、偶然にその極秘計画の文書を目にしてしまった。

「中学校修学旅行生宿泊施設急襲計画」――

表向きは「山間部での人工的な土砂崩れによる事故」に偽装し、バスごと宿泊施設周辺を封鎖。

生徒たちを「未知のウイルスに感染した」と死亡扱いし、遺体は遺族に引き渡さない。

病院から一部の男子生徒だけを組織の施設に運び込み、神格化実験の新しい被験体とする。

そんな、許されざる計画が、すでに最終段階に入ろうとしていた。

「絶対に……許さん。」

博士の拳が、白衣の上で震えた。

彼は組織の中でも、数少ない良心の欠片をまだ残している科学者だった。

そしてその良心が、今、彼を動かしていた。

ラボの奥の扉が静かに開き、二人の男が入ってきた。

一人は三十代後半の細身の男――研究員の藤原。

もう一人は四十歳を少し過ぎた、がっしりした体格の技術者・山本。

二人とも、香澄博士と同じく、組織の狂気を内心で忌み嫌う数少ない協力者だった。

「博士、準備はできましたか?」

藤原が小声で尋ねる。眼鏡の奥の目が緊張で鋭い。

山本が続けた。

「薬剤の最終調整は終わりました。あとは……実行するだけです。」

香澄博士は頷き、アンプルを三人で囲むように置いた。

「この薬が、他の神格化とは異なる因子を引き出す可能性を秘めていることは間違いない。

 もしこれが成功すれば、組織の怪物どもに対抗できる唯一の武器になる。」

藤原が息を呑んだ。

「でも……もしバレたら、我々三人とも即座に被験体にされますよ。」

「覚悟の上だ。」

博士は静かに答えた。

「明日の午後二時十五分、計画が実行される。

 中学校の修学旅行生が、山間の宿泊施設に向かうバスで移動中、あるいは到着直後に人工的な土砂崩れを起こす。

 施設周辺を封鎖し、生徒を回収する。

 表向きは『未知のウイルス感染による集団死亡』で処理するそうだ。」

山本の顔が歪んだ。

「子供たちを……実験材料にするなんて。

 俺たちは科学者のはずだ。神を創るんじゃない、人を壊すだけの狂人じゃない。」

三人とも、しばらく沈黙した。

施設の空調の低い唸りだけが響く。

香澄博士はポケットから小型の無線機を取り出し、低い声で確認した。

「こちら香澄。……計画の実行は、明日の午後二時十五分で確定だな。」

相手の声が、無線から返ってきた。

「そうだ。健康で若い検体が揃う。香澄、お前も協力しろよ。

 神格化の成功率が上がるはずだ。」

博士は唇を噛みしめ、平静を装って答えた。

「……了解しました。データが必要なら、後ほど提出します。」

無線を切った瞬間、博士の表情が凍りついた。

藤原と山本も、拳を強く握りしめている。

「明日の午後二時十五分か……」

博士は机に両手をつき、目を閉じた。

脳裏に、中学生たちの無邪気な笑顔が浮かぶ。

修学旅行で山を楽しみ、友達と騒ぎ、宿泊施設で夜を過ごすのを楽しみにしている普通の少年たち。

それが、突然の土砂崩れと施設急襲に巻き込まれ、拉致され、人体実験の材料にされる。

そんな未来を、絶対に許してはならない。

三人で薬剤の入ったケースを抱え、ラボを後にした。

監視カメラの死角を縫い、施設の奥深くへと向かう。

今夜中に最終調整を済ませ、明日の計画を阻止するための準備を整えなければならない。

一方、組織の作戦室では、副所長の黒崎が数人の科学者たちを集めていた。

大型のモニターに、修学旅行バスの予定ルートと宿泊施設の地図が映し出されている。

長野県内の山間部を走る曲がりくねった道路と、その先にある古い宿泊施設。

明日の午後二時十五分、そこに人工的な土砂崩れを起こす。

バスを塞ぎ、施設ごと封鎖。乗客はパニックに陥る。

そこを組織の特殊部隊が回収する――完璧なシナリオだ。

「実行部隊は準備万端だ。

 対象は中学校の修学旅行生、男子生徒が多数。

 健康な若い検体として最適だ。」

黒崎の言葉に、科学者たちが頷く。

彼らの目には、すでに狂気の色が浮かんでいた。

「神格化」の成功のためなら、どんな非道も正当化できる。

感覚は完全に麻痺していた。

「土砂崩れのタイミングは午後二時十五分。

 崩落後、即座に施設周辺を封鎖。生存者は全員回収する。

 表向きの発表は『未知のウイルス感染による集団死亡』。

 遺族には接触すら許さない。」

作戦室に、低い笑い声が漏れた。

誰もが、この計画を「神への一歩」と信じていた。

香澄博士、藤原、山本の三人は、作戦室から少し離れた通路の陰から、そのやり取りを聞いていた。

胸の内で、怒りと決意が渦巻く。

「明日の午後二時十五分。

 その瞬間が、すべてを変える。」

博士はケースを強く抱きしめた。

他の神格化とは異なる未知の因子を引き出す薬。

これを完成させ、組織の怪物たちを倒すための力を、必ず生み出す。

施設の空調が、低く唸りを上げた。

外の風が強さを増していく。

修学旅行のバスは、今も平和に走っている。

少年たちは、まだ何も知らない。

笑い合い、歌い、明日の観光や宿泊を楽しみにしている。

だが、明日の午後二時十五分。

長野の山間部で、すべてが変わる瞬間が訪れようとしていた。

土砂崩れの音が、静かな午後を切り裂くその時――

香澄博士と二人の協力者の反撃が、静かに始まろうとしていた。

(第一話 終わり)

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