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我ら復讐代行部!  作者: やばくない奴
氷室師走編
34/49

共同体

 翌日、社会の授業が行われた。

「……つまり家族や友達のような信頼で構築された共同体をゲマインシャフト、会社や学校のような利害で構築された共同体をゲゼルシャフトと云うわけですね」

 社会の教師は、共同体について懇切丁寧に説明した。生徒たちがノートを取っている中、師走(しわす)だけが上の空だった。

「先生! セフレはゲマインシャフトとゲゼルシャフト、どっちなんですか?」

「それってさぁ、友達の延長線上ならゲマインシャフトで、体だけの関係ならゲゼルシャフトじゃね?」

「ぎゃはは! そうかもそうかも!」

 そんなふざけた発言をした生徒も複数名いたが、師走はそれを気にも留めない。彼はただ、頬杖をつきながら呆けるばかりであった。

「どうした、氷室(ひむろ)。調子でも悪いのか?」

 教師は訊ねた。無論、この男は師走がいじめを受けていることを知っている。彼が師走を案じているのも、教育者としての事務的な対応の域を出ないだろう。師走は我に返り、慌てて返答する。

「だ、大丈夫です! ボクは、ボクは……大丈夫ですから」

 周囲から、クスクスと笑い声が聞こえてくる。それはあまりにも耳障りで、心を絞めつけるようなものだった。それでも師走は取り繕う。彼が折れれば最後、彼自身に向けられている悪意の矛先は他人に向く。風紀委員長としての意地とプライドが、辛うじて彼を奮い立たせていると言えよう。


 やがて授業は終わり、休み時間が始まった。宏太(こうた)は真っ先に師走のもとににじり寄り、淡々と情報を伝える。

「最近君の机に悪口を書いている人物は、三人いる。代々木(よよぎ)鹿島(かしま)、そして波左間(はさま)だ」

 校内の治安がアナーキーを極めてもなお、彼の調査は健在だった。されど、師走には状況を整理する余裕などない。

「それを知ったところで何になる。もう南岬原高(みなみみさきはらこう)はボクの居場所ではなくなった。ボクに出来ることは、生徒たちの悪意の受け皿になることだけだ」

 そう語った彼は、擦り切ったような顔つきをしていた。校風同様、彼もまた限界を迎えつつあるのだろう。この時、宏太は初めて本心から相手を気にかけた。

「目の周り、クマが酷いよ。最近、本当に無理してない? それに、なんだかやつれているような」

 今の師走は、傍目に見て明確に疲弊している。それは校内の誰もが察していることだ。ここに来て、師走は初めて弱音を吐いてしまう。

「最近は寝れていない。後、最近は食事が喉を通らないんだ。戻してしまうから」

 症状は極めて深刻だ。このまま進行していけば、彼は二度と立ち直れなくなるだろう。それでもなお正しく在ろうとする彼には、宏太には全く共感できない。

「僕はこれまで、色んな人間を見てきた。それでも、君のことだけは理解できないよ。極限状態に追い詰められた人間は判断力が鈍るはず……なのに君は復讐代行を選ばない。一体、何が君をそうさせるんだ?」

 それは善意でも悪意でもなく、率直な疑問であった。師走は少し考え、慎重に言葉を選ぶ。

「それがボクの美学だ。いかなる理由があろうと、ボクは私刑を肯定しない」

 もはや何を言ったところで、彼が考えを改めることはないだろう。それでも宏太は、説得を諦めはしない。

「違う。これは強迫観念だ。美学や正義なんて、そんな綺麗なものじゃない。師走――君は道徳を踏み外すことを嫌っている。それも並の水準ではなく、病的なレベルで。時間では解決できない。だから、僕たちを、復讐代行部を……」

 その言葉は、すぐに師走に遮られる。

「だったらボクは病人で良い。正しさにすがることが不健康なら、不健康な方が美しい」

 彼がそう言った直後、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。

「また今度話そう」

 そう言い残した宏太は、急ぎ足で自分の席へと向かった。


 師走の心は、今もなお淀み続けている。

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