犯人確保
俺は即座にカメラへと視線を向ける。
先ほどまでずっと変わらず同じ景色を映してきた映像に、確かにこれまでと異なる存在が映っていた。
まるで人の影がそのまま人となりかわったような真っ黒な異形の姿が──
それを確認した瞬間、俺はそれが一体何なのかなど欠片も考えずに目の前の扉を開き、叫ぶ。
「標的が出現しました!」
その声に対する返事はなかった。
部屋の中にいた4人は皆傍らに置いていた自分の武器を手に取ると、無言で部屋に飛び込んだ俺の元に駆け寄ってくる。その4人の姿に俺は両手を広げると、4人はそれぞれ俺の体に触れて来た。
グウェンさんは右手。アンナさんは正面から俺の肩に手を置いた。アンナさんの旦那さん──ジェスさんは左手を手に取る。そして背後にまわったテイルさんは後ろから俺のお腹の辺りに手を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。
や、やわらかぁ……今や自分にもあるブツではあるが、当然自分のものを背中に押し付けるとかできないわけで……めったに感じる事のできない幸せな感覚である。
……ではなく!
テイルさん、別に他のみんなみたいに触れているだけで良くてそんな密着する必要はないんですけど!?
<<ポイントテレポート>>は術士と接触、あるいは肌から10cm以内の距離に存在する術者が対象と認識する物を術者と一緒に転移させる(仕組みはわからないが触れている人間の装備までちゃんと一緒に転移する)。ただこの認識するというのが割と重要で、過去に転移先の事だけ考えすぎて転移先にまっ裸で移動してしまったという話を目にしたので、俺はこの辺に関しては細心の注意を払っている。俺の場合転移先がたとえ自宅であったとしても(アカウントの)死に直結するからね……
まぁそれはともかく転移だ!
「行きます! <<ポイントテレポート>>!」
術の発動を宣言すると同時。視界が一気に暗くなった。
周囲を照らすのは街灯と月の灯りのみ。だがすぐに明るくなる。ジェスさんが<<ライト>>を使用したのだ。それによって、周囲が一気に照らし出されて──闇に紛れ込むように判別しづらかった影人の姿が明確に映し出される。
それはやはり、影がそのまま立ち上がったような姿だった。サイズ自体は俺やテイルさんよりは大きいがグウェンさんよりは小さい。中肉中背の男性くらいだろうか。そんな姿のそいつは、倉庫の壁に手を突っ込んだような状態で止まっていた。
それに対して、真っ先に動いたのは意外な事に巨躯のグウェンさんだった。彼は<<ライト>>が付く前にすでに動き出しており、腰に下げていたハンマーを振り上げるとそのまま影人に殴りかかった……が。
「なっ」
勢いよく叩きつけられたハンマーが、まるで実体のない本物の影を打ち付けてしまったかのようにすり抜ける。その光景に思わず俺は声を漏らしてしまったが、当事者のグウェンさんは慌てる事もなくこちらを振り返る。
「──テイル」
「うんっ」
ただそれだけのやり取りで、テイルさんが駆けだす。まるで沈み込むように壁へとめり込んでいく影人へ向けて。
「<<レッグカバー>>」
彼女の口が言葉を紡いだが、特に何かの変化は見られない。だがテイルさんは勢いを殺さずそのまま突っ込むと、大きく体を翻し回転を加えた豪快な蹴りを影人に叩き込んだ。
「!!」
その一撃は、今度はすり抜ける事はなかった。彼女の蹴りは見事に影人の脇腹を捉え、体の半ばまで壁の中に埋まっていた影人はその勢いに負けて壁から引っこ抜かれたかのようにして吹っ飛ぶ。
その姿を確認したテイルさんが声を張り上げた。
「魔法は通るよ!」
……そうか! 先ほどのテイルさんの使った術は足に魔力を付与する術だったのだろう。グウェンさんの一撃でアイツが実体のない存在と判断して、即座に魔力を使った攻撃に切り替えたのだろう。さすがプロである。
そしてプロはストラダ夫妻も一緒だった。
蹴り飛ばされた影人は即座に体を起こすと、こちらに背を向けて駆け出そうとし……そして見えない何かにぶつかり尻もちをついた。アンナさんが張った<<シーリングエリア>>だ。攻撃を防ぐための結界ではなく、移動を防ぐための結界。それに移動を阻まれ、影人は無様な姿を晒す。
更にそこに追い打ちが掛かる。
「<<チェインバインド>>」
俺の前に出て手を突き出したジェスさんの手から半透明の鎖のようなものが出現し、瞬く間に影人のその体を縛り上げた。縛られた影人は抜け出そうとしているのかじたばたしているが、絡みついた鎖がほどける事はない。
……え? 終わり?
俺テレポートした後は驚き声上げる事しかしてないんだけど? とりあえず現地に着いたら足手まといにならないように即座に逃げなくちゃと思ってたんだけど、テレポートした後から一歩も動いていないんだけど? テレポートしてからほんの十秒くらいの出来事である。展開が早すぎて、思考すらおいつかせるのがやっとだった。
……これが荒事のプロかぁ。俺こんなんでダンジョン行って本当に大丈夫なのかな。
まぁとにかく。
俺達だけではなく多くの人間を振り回した魔石泥棒は、いざ見つかったらそれから1分もかからずに捕縛されたのだった。いやまだ魔石泥棒とは確定していないけどな。




