浜辺にて②
「すぅ……はぁ……」
コメント欄を海側に向け、自身の体も海の方に向けてからひとつ深呼吸。
それから、ゆっくりと口を開けてカメラに向けて問いかけた。
「それじゃリクエストどうぞ」
企画第三弾──それは歌枠だった。
以前から要望はあったんだけど、俺は元々そういった事をする配信者じゃなかったから歌唱力に自信なんてものはまったくないし、音源もないからずっと拒否していたんだけど。
今回『なんでもするっていったよね!?』と押し切られた。
ちなみに俺は一言も何でもするなんてことは言っていない。出来る範囲でお願いを聞くといっただけだ。ただじゃあ歌枠が出来ない範囲かといえば、決してそんなことはないからな。音源無しの素人歌唱でもみんなが聞きたいというならまぁ、という感じだ。
ちなみにこんな場所まで出張ってきている理由の一つもこの枠の為だ。
鼻唄程度ならともかくちゃんと歌うなら当然アパートメントの自室で歌うわけにはいかないし、街中ではもっとそんなわけにはいかない。規模も大きいが人口も多いパストラじゃぁ屋外で人が来ない場所など殆どないからだ。そんな場所で特にうまいわけでもない歌を披露していたら否が応でも目立ってしまう。
なので、海である。
街からそれなりに離れた場所なら、どれだけ大声を出しても誰にも迷惑がかからない。場所としてはうってつけだろう。
とりあえず事前に枠の内容と歌える範囲は伝えておいたので、俺がそう口にするとコメント欄に一気に曲名が流れ始める。……本来はこういうのはSNSとかで募集したりするんだけど、俺SNSは見れないからな……コメント欄から拾うしかない。救いは結構範囲を絞って伝えていたから、ある程度同じ曲名が多く書き込まれているところか。
ちなみに俺が絞ったのは数年前の有名曲と特定のPのボカロ曲だ。
ここ最近はあまり音楽を聴いていないので最近の曲はわからないが、学生時代ならカラオケとかもちょくちょくいってたので数年前なら人気曲はそれなりにいける。ボカロ曲に関してはそれほど聞いているわけではないが、特定の何人かのPの曲ならよく作業時のBGMにしていたのでこっちも行けるはずだ。……まぁ歌詞がちょっとあやふやなところもあるが、別に多少のミスは皆もとやかくいわないだろう。
んで、リクエスト来ている曲なんだが、一番多いのは……
「いや新歌ユキの消失は無理だって! 高速詠唱の曲じゃねーか!」
ボカロ初期とはいえ非常に有名な曲だし当然知ってるけど、あれ人が歌う曲じゃねーよ! そもそも俺はそこまで活舌よくないので途中で噛む。間違いなく。
それ以外にもいくつか高速詠唱系の曲があったけど無視する。えーと、他には……ああ、これがいいな。
「感傷マゾヒスト、これで行こう」
同じくボカロ曲だがこれはそこまでテンポも速くないし、よく作業用BGMで聞いた曲だ。キーも普通に歌えるレベル。滅茶苦茶有名なわけではないけど、まぁいいだろう。俺は改めて一つ深呼吸をすると、ゆっくりと歌いだす。
常時配信だから当然がっつりと事前練習する事もない本番一発勝負だったのでちゃんと声がでるか不安だったが、幸い声が震える事もなく問題なく歌えている事に安堵する。
そうしてたっぷり4分前後の曲を歌いきり、一つ大きく安堵の息を吐いてから俺はコメント欄に向いた。ちなみに歌っている最中は一切コメント欄はみなくなった。突っ込みたくなっちゃうし、そのせいで歌詞が頭から飛びそうなので。そのかいもあってか、(多分)歌詞の間違いもなく歌い終えられたと思う。
「……どうかな?」
感想はっと。
『いい! 可愛い!』
『すごく良かったよ~!』
『めっちゃ良かった!』
うん、この辺はいつも通りだね。だけど歌自体の評価は?
とりあえず企画の趣旨としては皆が喜んでくれればそれでいいわけだけど、気になる事は気になる。
俺はちょっと否定的な意見を探してみると、大量の賛辞のコメの中でもいくつかは見つける事が出来た。ええと……
『やっぱり機材と音源が欲しいねぇ』
『機材ないし声量もうちょっと欲しいな』
『音痴じゃないけど、技術的には普通な感じ』
あー、そうだろうな。
この辺は自分でも感じていた事だし、別にあまり言われてもどうも思わない。俺はボイトレとかをしているわけでもないし、勿論過去に声楽とかをやっていたわけじゃないから声の出し方とかちゃんとわかってないしな。更に機材音源なしのアカペラだから一切ごまかしが効かない。
実は歌が上手くなる能力とかないかな? ねぇかそんなもの。
『たださ、声の暴力感はあるな』
ん? 声の暴力?
『とにかく声が強すぎる。技術とか機材とかの不利な点を声質で殴り倒されてくる感じ』
『今の状態でこれだと、ボイトレちゃんとしたらどうなるんだろ』
『次回歌枠待ってます』
次回歌枠は未定です。てかまだ一曲しか歌ってないのに終わった空気醸し出している奴いるけどいいのか?
ちなみにこれに関しても言われて見ると、という気はする。
自分で言うのもなんだけど、なんというか耳触りのよい声なんだよね。それでいて良く通る透明感のある声というか。人の好みはいろいろあると思うけど、結構この声好きな人多いんじゃなかろうか。
その後も何曲かリクエストを受けて歌ったけど、その後も概ね好評だった。まぁ基本ファンの人が大部分だから贔屓目評価だとは思うけど。
「よし、ここで歌枠終わり!」
そう宣言すると、コメント欄でもっと続けてとかそういったコメが滝のように流れるけど、さすがにちょっと無理だ。これ以上続けると喉が死ぬ。音源がない分できるだけ声を張って歌ったせいか、もう結構キテたりするのだ。
その旨を伝えると概ね皆納得してくれたので、改めて俺は歌枠の終了を宣言し、水筒から水分補給をする。あー、美味い。
次回歌枠は……まぁ気分次第で。ただ皆からのリクエストが多ければ配信者としてはやらないとなぁ。枠終了と共に一気にスパ飛んできたし。これを見るともうやりませんとは言えない。
まぁとにかく今日はこれ以上は無理だ。最後に残っている企画をガラガラ声でやる訳にもいかない。ある意味一番期待されている企画だろうしなぁ。
「次の、というか今日最後の企画にいくぞー」
『おー、歌枠終了は残念だけど待ってました!』
『これのために今俺は浜辺に来ています』
『浜辺で白ワンピ! いちゃらぶデート』
そんなこっぱずかしい企画名を付けた記憶はない。




