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06.自由奔放からの団結

遅くなりました……m(__)m

 

 その後の出番をどうこなしたのか――。

 その辺りのことは、あまり覚えていない。

 会場からの熱気と確かな手ごたえに、あたしも気持ちが高揚してしまったようだ。


 ただ、公爵家の夜会ついでとはいえ、このような場にわざわざ集ってもらえたことに対する礼を、心を込めて述べると共に、これからの時代は声だということ、容姿や知性、礼儀礼節と並び、清く正しく美しい声を兼ね備えることが、貴族の嗜みとなるはずだということを、貴族的な言い回しで力説した。

 また、今後の彼らの事業の発展に、我がトラントゥール公爵家は協力を惜しまないという姿勢を見せ、自らの立場を改めて明確にしたのである。


 舞台袖で出迎えてくれたアンナのご機嫌は最高潮だった。

 胡散臭い分野の商売に、信頼性をもたらすあたしの役目は、どうにか成功したんだと思う。


 家族と合流し、軽食の用意された控室に案内されて間もなく、満面の笑みでアンナが入室してきた。

 ほんのつかの間でも、久々に会うことができて嬉しい。

 隣には彼女の旦那様、カジム・カージェットも一緒だ。


 人の好さがにじみ出ているこの男は、焦げ茶色の目と髪色のせいか、縮めた大柄な体躯のせいか、まるでしつけの行き届いたクマのような印象を持つ。この国の貴族たちの持つ、端正な顔立ちとはまた違う、人に安心感を与えるタイプの男前だ。


「――エリカ、防音おっけー」


 夫ラルファの魔法発動を受けて初めて、肩の力を抜くことができる。

 あたしはラルに向かって頷き、扇をぱちんと閉じて、カジムへ親しみを込めて微笑みかけた。


「ありがとうラル。ということなのでカジム、どうぞ気を楽になさって。今回は……1半年ぶりくらいかしら? お元気そうで何よりだわ」

「ええ、ご無沙汰しております公爵様。この度はありが」

「ありがとうエリカ、お互い大成功だったわね! やっぱ持つべきものは権力を持つ友人だわ~」


 夫の言葉を遮って、語尾に軽やかな音程を付けながら、アンナがくるくると舞った。

 あたしはカジムと視線を交わし、溜息をつきつつこの気苦労を共有する。


 代々商人の家に生まれた彼は、若くから親について諸国を周り、商売の見識を広めたという。

 その過程で、勇者伝説なるものを耳にした彼は、異世界の存在にも寛大のようだ。


 アンナがどこまで話しているか、詳しくは知らないけれど、あたし達が対等な友人関係を築いていることに、前向きな理解を示してくれている。

 更に、そのことを他言しないと誓い、ラルファからの制約印まで受け取っているのだ。


 制約印とはつまり、条件を付けて誓いを立てる、人の行動を縛るための魔術の一種だ。

 もしも誓いを破ってしまえば、体深くに刻まれた印が条件を発動させる。

 魔法と言うより呪いに近い――使い方によってはそうとも言える、恐ろしい魔術だ。


 あたしとしては、そこまでしなくても、という思いがあったけれど、ラルファが、あたしに害を及ぼす可能性の存在を許さなかった。また、カジム本人もアンナも、誠実な商売をしたいだけの自分達にとって、制約印は何の負担にもならないことだと言い切ってくれたので、お言葉に甘えてこの状況、という訳なのだ。


 なのであたし達は、ラルファとカジムの前では、ありのままの自分でいられる。

 キャリオンももちろんその場にいるのだけれど――今のところ、何も聞かれたことはないのは、まだ6歳だからなのか、もう6歳だからなのか――賢い子なので、彼なりの理解があるのだろう。女公爵としてのあたしと、アンナや夫の前でのあたし、まるで違うことをそのまま受け入れてくれているようだ。


「ねえねえ、サプライズどうだった? 取り繕ってたけど、わたしにはわかるわよ! あなた相当驚いてたでしょ。ぷくく、エリカのあの間抜け面ったら!」

「ちょ、不敬不敬」

「ラルファ様も、ご助力ありがとうございました。お陰様でわたくし、積年の思いを商品化することができましたわ」

「いや、魔石をあんな風に使うなんてとても興味深かった。エリカの声を入れたあれをずっと側に置けたら最高だろうな」

「まあ、そういうことでしたら、いろんなシーンのお声を準備致しましてよ? すでに彼女のデータは取得済みですもの、どんなセリフも思いのままに捏造可能ですわ!」

「こらこらアンナ」

「ふふ、ありがたいけれど、僕はやはり本物のエリカじゃないと」

「あら、本物が言いそうもないセリフを言わせるのが楽しいんじゃありませんか」


 アンナの言葉に、さすがのラルファも眉根を寄せて黙り込む。


「やめてよ、ラルがドン引きしてるじゃん」

「じゃあ、べたべたに甘えながら欲しがる感じの」

「考え込んどっただけかい!」


 あたしが扇を小気味よく鳴らして夫に突っ込みを入れている間に、カジムがいそいそと動き回って紅茶を用意してくれた。

 軽食は各々が好みで取り分け、あたし達はようやく落ち着いて席へ着く。

 あたしは、気になっていた声の出演者について聞いてみた。


「そういえばさ、秋色エロスだっけ? あれ誰?」

「秋声セクシーだから」


 ぴしゃり、とアンナが言い放つ。

 エロくしないでよね、と美しく整った眉を吊り上げながら説明してくれたところによると、あの声はアンナの作り声なのだそうだ。

 学園で貴族子息たちを篭絡するのに、わざとああいう声を使っていたのだそう。


 ちょ、アンナさん!?

 あたしは旦那の前でそういうことをさらっと言ってしまうアンナに狼狽える。

 ちらりとカジムを伺うと、彼はやれやれという風に肩をすくめた。


 そんなあっさりした反応で済むのか……まあ確かに、あの頃のアンナは本気で恋をしていたわけではなくて、ただゲームを楽しんでいただけなんだろうけど、でも。


 ラルファならきっと、許さないだろうな。

 もしもあたしにそんな過去があったなら、彼がどんなとんでもない暴走をするか、想像するだけで恐ろしい。そう思って今度はラルファに目を向けると、彼は頬を染めて「僕以外をあまり見るな」と、ぎゅぎゅっと手を握り込んできた。

 うん、ほら、面倒なやつだ。


「エリカなら、他の声はわかったでしょ?」

「双子のとこで気づいた。学園のメンバーだよね? でもまさか、あんたが今でも繋がってるとは思わなかったよ。よく協力してくれたよね?」


 あの騒動で若干勢いが削がれたとはいえ、皆それぞれに格式ある家柄の出だ。

 例え公爵家の後押しがあろうとも、たかが一商人へ簡単に協力するとは思えない。

 すると、アンナがさりげなく、ゲーム機のコントローラーを操作するようにピコピコと指を動かした。

 これはあたし達だけに通じる合図だ。

 つまり、そこにはゲームのヒロイン補正が効いている、と言いたいらしい。


「だって、せっかくの人材を使わない手はないでしょ? それにね、わたしまだ、許してないんだから。私の親友に、婚約破棄なんていう大恥をかかせたこと」

「いやお前が言うなよ」


 むしろ首謀者はお前だ。


「まあそうだけど。でもね、わざわざ公衆の面前で追い込んだのよ。話を優位に運ぼうとしたんだわ。そういう、人を利用するところが許せなくて」

「いやいやだから、お前が言うなって」


 今まさにその弱みに付け込んで声を利用しとるやないかい。


「まあそうだけど。でもせっかくの良質な声だもの、活かしていきたいじゃないの」


 ぐっ。声のことを言われると、好きなだけに辛い。


「まあね……。でも、あまりいじめ過ぎちゃだめだよ」

「もちろん! 細ぉく長ぁく役に立ってもらうため、大事に大事に使うわよぉ」


 アンナの笑顔が黒くて怖い。

 うん、この辺りにはもう触れないでおこう……。


「でも、どうせなら、男声女声、両方聞きたかったなあ」

「そうそう、わたしもそう思ったんだけど」


 ちらりと流したアンナの視線を受けて、カジムが答える。


「手の内を全て見せないように致しました。その方が後々まで皆の興味を引けるかと」

「そうね、確かにその通りだわ。相変わらず、貴方の商売人としての手腕は確かなようね」

「恐れ入ります。サンプルの用意はございませんが、声色分けについての補足説明を差し上げても?」

「ええ、お願い」

「ありがとうございます。私どもは、まず声を2種類に分けました。クリアで張りのある声と、ノイズや吐息混じりの声です」


 カジムが、茶色の瞳を優しく細めながら、両手の指を4本ずつ、ピッと揃えて前へ出す。


「なるほど、続けて」

「そして、それらを高低と……明暗とで分けます。明暗は印象の、という意味ですが」


 高低の説明のところで、揃えた指を2本ずつに離し、明暗のところで全て広げてバラバラにする。


「わかるわ。つまりそれが、8種類の声となるのね」

「さようでございます。分類は妻が主になって行いました」


 アンナが嬉しそうに頷く。

 趣味を仕事にして、楽しみまくってやがるなこの女は。

 あたしはふと思いついたことを質問してみた。


「張りのある声で、低めで明るい印象だと何になる?」

「張りは夏・冬、低めだと冬声になります。冬にはパワフルとクールがございますが、明るいのはパワフルなので……冬声パワフルに分類されますね」

「そう。ラルファの声よ」


 やはり、元王子だとここに分類されるらしい。

 パウエル王子の声とは似ていないのだけど、受ける印象としては確かに主人公声と言われるのがしっくりくる。

 僕のことを知りたいなんて、とラルファが感激して飛びついてくるところを掌底で軽くいなしつつ、あたしはカジムとの会話を続けた。


「じゃあ、ノイズ声で高め、落ち着いた印象だと?」

「ノイズは春・秋、高めだと春声になります。春にはカジュアルとナチュラルがございますが……落ち着いた印象というのは、冷静な声ということでよろしいので?」

「そうね、冷静というよりも、熱意のこもった声に思えるけれど」

「ならば、明暗では明るい方へ分類しまして、春声ナチュラルとなります」

「あら、いいじゃない。親しみやすい癒し声……商売に向いているのはなくて?」


 アンナと一緒ね、と笑いかけると、カジムは恐縮してかしこまった。


「勿体ないお言葉でございます……しかしさすがでございますね。難しい聞き分けを、難なくこなしてしまわれるとは。異なる世界の賢者の方々は皆、声の質にまでも造詣深くいらっしゃるのですね」


 ち、違います。

 単に声フェチだっただけです……。

 カジムからの斜め上の高評価に、今度はあたしが恐縮するしかない。


 ていうか、なんだその賢者うんぬん言う大それた肩書は。

 またアンナが指をピコピコさせている。

 このやろ、後で覚えてろ。


「母さま、僕は?」

「キャリオン、貴方は声変わりをしたらまた変わるのでしょうけど……取り合えず今は、張りのある高くて明るい声だから、夏声フレッシュね。元気で素直で明るい、貴方にぴったりの声だと思うわ」

「やったあ!」


 大人達の話の間に、甘味をつまんだのだろう、唇のふちについたクリームをふき取りつつ答えてやると、キャリオンは大喜びして、またテーブル端のケーキスタンドの元へと駆けて行った。 

 残った大人達が、にこやかにそれを見守る。

 そんな最中、ふいにアンナが考え込み始めた。


「そうだわ、子どもの頃から声分類をしておけば、ある程度成長後の予測もつくかもしれない。となると、希少声の確保に繋げられるかも……そしたら……良声学校……いけるかも!?」


 ちょ、アンナ!? 不穏な呟きが漏れてますけど!?


 留まるところを知らないアンナのボイス愛に、思わず眉根を寄せる。

 そのままカジムの様子を伺うと、彼は今後ますます忙しくなりそうな雰囲気を察して苦笑いである。

 ラルファはただニコニコと、息子を眺めていた。


 あー。あれはきっと、息子可愛いとしか考えてないね。でもまさか、まだ『我が愛しのエリカの息子が~』なんて思ってないだろうなと、疑い深く彼を見やると、ラルファはにっこり、親指を立てて頷いた。

 うん、全然伝わってない。


 しかしカジムが、そのラルファの王子スマイルに釣られて、何かを固く決意してしまう。


「そうですね、成せば成るですね!」


 いや待て、なんのことだ。意味がわからない。

 止める間もなく、アンナが浮つき出す。


「そうよね、プレゼンの手ごたえも十分あったし、これは忙しくなるわ!」


 そこ、夫婦二人だけで通じ合うのはやめなさい。

 あたしはまだ何も許可していない。


「ちょっとアンナ」

「わかってる! 優秀なボイスを受け継ぐご子息だもの、歓迎するわ!」

「え、キャリオンが何?」

「期待のサラブレッド! 七色ボイスを目指せる逸材! 特待生の話よね?」

「ちちちち違うわ! 一体どの流れでそうなった!?」

「ん? 七色ボイスってすごいの?」

「それはもう! 大変素晴らしいものなんですのよラルファ様。元の世界では、神とも呼ばれておりました」

「ちょ、語弊が」

「おお、さすが我が愛しの……息子!」

「恐れながら申し上げます。キャリオン様は貴族子息。ならば王立学園に通われるのでは?」

「そうそう、そうなの。よく言ってくれたわ、カジム」

「ああそっか、つまりそちらに、良声育成コースを作れってことね?」

「いやいや、何勝手な解釈してんだお前」

「なるほど、講師を派遣……ならば、国の覚えも高まるというものです。さすが公爵様」

「や、あれ? カジム?」


 あたし達4人が揃えば、場はたちまち混沌とし始める。


『任せて! エリカの領を、国一番のいい声揃いにするからね!』


 不意に耳元で聞こえたアンナの声。

 彼女は黒いピアスをするりと撫ぜつつ、あたしへ向かってウインクしていた。

 相変わらず下手くそかよ。


 ていうか、あたしそこ目指してないから!

 本当いつまでも、暴走癖の改まらん女だな!

 でもでも、キャリオンの七色ボイス――。


 ——在りかもしれない……。


 騒ぐ大人たちに、キャリオンが振り返った。

 訝しむ彼の目に、あたし達は一体どう映っただろう。


 ご機嫌な父と、にやける母と。次なる商売に燃える男と、不敵に笑うその妻だ。


 サンドイッチを詰め込みすぎて、すぐに声が出なかった彼は、取り合えず空気を読んで、笑顔でぱちぱちと拍手したのだった。




<END>


*** おまけ話



 ――卒業前夜祭、エリカとアンナが飛び出していった、直後の大ホールにて。


「まあ、なんと品のない!」

「一体どういうことかしら。あのエリカ様の変わりよう」

「それを言うならアンナ様も」

「あら、あの方はお生まれがアレですから」

「まあ……ホホホ」

「でも、あのお二人、なんだかとっても」

「ええ、楽しそうでしたわね」

「エリカ様、笑うと意外と可愛らしい感じでしたわ」

「アンナ嬢は逆に、逞しさが垣間見られたというか」

「あの甘えるような話し方は偽りだったということですわね」

「男性陣は、してやられたということかしら」

「もちろんそうでしょうよ。見て、あの抜けた顔。わたくし、実はあちらの方と縁談が進んでいたのですけれど」

「それならまだいい方じゃありませんか。わたくしなんて、もう婚約していますのよ」

「わたくしも」

「わたくしもですわ」

「なんてこと。揃いも揃って、まったく情けない」

「慰めに行かれます?」

「いいえ、見限ります。あのように見る目のない方、先が思いやられますもの」

「わたくしは、取り合えず保留ということに致しますわ」

「わたくしはこれを元に、婚姻を家の有利となるよう運ぼうと思いますの」

「あら、いいですわね」

「それ、使えますこと」

「でしょう? 腕が鳴りますわ」

「わたくしも、見限るのはやめるべきかしら……」

「是非ともそうなさるべきですわ。見限ったらそこで終わりですもの。諦めない限り、何かしら使い道はあるものです」

「なるほど」

「となると、尚更エリカ様とアンナ様が気になりますわね」

「ええ、あのお二人の関係次第で、今後の情勢は大きく変わるかもしれません」

「……いつかあの方達と、ゆっくり話してみたいですわ」

「本当に。ねえ、わたくしたちも、もっと情報交換致しませんこと?」

「まあ、ぜひ」

「では、わたくし達も退室致します?」

「そうですね、別室でお話を致しましょう」

「あ、でもそういえばパーティは」

「もうよろしいんじゃないかしら」

「ですわよね。生徒会があのように肩を落としていては」

「ええ、ええ、盛り上がりに欠けるというものです」

「むしろ別室で仕切り直しません?」

「そうですね。食べ物と飲み物は、係りの者に運ばせましょう」

「ほら、他の方々も皆、移動なさるようですよ」

「では、わたくし達も参りましょう」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 ーーかくして生徒会の面々は、ご令嬢たちに主導権を握られ、結婚後も妻の尻に敷かれ続けることとなる。ご令嬢たちは、エリカたちと良好な関係を構築し直し、結婚後は夫共々公爵領の発展に尽くした。

 彼女らは生涯、エリカたちと交流を持ち続け、良声とは何かを、追求し続けたというーー。



***


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