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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:1 色味乱
6/27

黄色

 アイツがいる。

 屋上で一人、惣菜パンを咥えて雑誌を開いた朔夜は視界に映った人物に眉を顰めた。

 彼女と思われる小柄な女生徒と仲良く寄り添って弁当を広げるのは、朔夜の想い人である奈津が片想いしている原直人という男だ。


 奈津は本当に、報われない片想いしている。どう考えたって、あれは中々別れないだろうに。

 屋上から退散したくとも、出入り口に行くにはどうしたってあの二人とすれ違わなければならない。どのタイミングで立ち去ろうかと此方に全く気づく様子のない二人を観察して、余りの仲睦まじさに嘆息した。

 と、彼女が何事かを直人に告げて立ち上がる。水道にでも行くのだろうか、ドアへと駆けていくその背中を見送って、朔夜はやっと重い腰を上げた。


 ドアへと歩み寄ると、ようやく朔夜に気づいた直人が一瞬、すっと目を細めたけれどそれはすぐに微笑みへと塗り替えられた。


「……どーも、センパイ」

「こんにちは。柊くんだっけ? 桐生の彼氏の」

「いえ、友達・・です」


 何の敵意もないと言う風に穏やかに微笑む直人の隠された本性に波立つ気持ちを、得意の人当たりの良い笑みで覆い隠す。


「そうなんだ? 桐生、この間柊くんのことで呼び出されていたから、てっきり」


 最終的に泣かせたのはお前だけどな。

 そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、此方を測るように探る視線を向けてくる直人に気がつかないふりをする。


「でもそう言えば、君と付き合うのは有り得ないって言ってたっけ。ごめんね、早とちりして」


 だって桐生が好きなのは僕だもんね? 声にこそ出していないけれど、満足げに細められた目は朔夜に確かにそう告げていた。話は終わりとばかりににっこり微笑む直人の目の奥に勝利を確信した色を見つけ、内心で失笑する。


 朔夜に心理戦で勝とうなんて百年早い。

 勿体ぶるような足取りで近寄って、タイピンできっちり留められた直人の三学年を示す深緑のネクタイをするりと撫でる。


「……いえ。でも、奈津さんは俺のこと好きですよ」


 完全に制御した表情筋を総動員して余裕を浮かべた笑みを貼りつけ、ネクタイを引いてぐっと顔を近づけた。

 直人が僅かに動揺して瞳を揺らしたのを、朔夜は見逃さない。

 

「奈津さんは俺の前でだけ、泣くんです」

「っ!」


 一句一句、強調するようにそう囁くと、直人の感情が確かに揺れた。

 はっきりと分かったそれに会心の笑みを浮かべて手を離し、我に返って慌ててネクタイを直す直人をこれからどうするんだろうと眺める。


「直人くん?」


 直人の彼女が帰ってきたのは、そんな時だった。薄いピンクのハンカチを握り、余裕の笑みを浮かべる朔夜とどこか焦った様子の直人を交互に見て不思議そうに首を傾げる。

 まあこれはこれでいいか。

 一人納得した朔夜は、用は済んだとばかりにさっさとこの場を立ち去ることにした。


「こんにちは、先輩。じゃあ俺はこれで」


 ばっさり切られたショートヘアを揺らす彼女に愛想よく微笑んで入れ違いにドアへと向かう。朔夜と目の合った彼女は頬を僅かに染めて手を振った。


 奈津さんはアイツになんて勿体なさすぎる。

 そんなことを考えながら階段を降りると、壁際に並んだ自販機の前に眉を寄せて何かを考える奈津の姿があった。

 朔夜に気がついたのか顔を上げて目が合うと、驚いた様にぱちぱち瞬きする。


「奈津さん」


 ボタンを押してがこん、と吐き出された飲み物を手に取る奈津に歩み寄る。気分は尻尾を振って飼い主へ走り寄る犬だ。


「ん。やる」


 そんな朔夜に差し出されたのは、たった今奈津が買ったばかりの飲み物。嬉しさよりも驚きの方が上回って、思わず受け取ってしまったコーンスープと奈津を何度も見比べる。


「え、え? どうしたの」

「それ、この前ひとりで飲んでいただろう」


 慌てて訳を訊ねると、返ってきたのはそんな返事。

 コーンスープなんて飲んでると意外に思われることが多いので普段は避けてるけど、実は結構好きで一人の時は飲んだりする。するけども。


「奈津さんが俺に優しい……!」


 奈津がこうして朔夜に構ってくれることは滅多にない。

 一体何事だろうと奈津を見ると、やけに難しい顔をした奈津がすっと手を伸ばし、少しだけ背伸びをして朔夜の眉間に人差し指を置いた。

 今度こそ呆気に取られて目を丸くする。

 けれど直ぐにその細い指は離されて、代わりに不本意そうな奈津の表情が覗いた。


「柊が眉間にシワ寄せてるなんて、滅多にない」


 そのままふいとそっぽを向いた奈津だが、それはきっと、労ってくれようとしたのだろう。居心地悪そうに身じろぎする奈津は人付き合いが苦手だということを、朔夜は知っている。嬉しさを噛みしめるように、手のひらの中の温かな黄色い缶を転がした。


「……奈津さん」


 しばらく黙ったままだった朔夜の声にびくりと身を竦ませる不器用な奈津が、可愛くて仕方ない。

 やっぱりどう考えたって、奈津は直人に勿体なさすぎる。


「奈津さんがぎゅってしてくれたら、幸せになれるんだけどな」

「……っ、断る!」


 早く俺の事を好きになればいい。

 微かに頬を染めて背を向ける奈津の華奢な背中に、朔夜は笑みを零した。


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