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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:1 色味乱
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金色

 

 最近、朔夜がとてつもなく──ウザい。


 奈津はうんざりしていた。

 それはもう、心の底から、うんざりしていた。

 大体なんなのだ。柊とは一年から同じクラスであったが、一度も接触は無かったのに。それが二年の冬となった今。奈津を見かけるや否や嬉しそうに寄ってくる朔夜に奈津は初め、本気で困惑した。

 毎回毎回朔夜からの好意をばっさりと拒否する奈津に、朔夜は全く堪えた様子を見せないどころか逆に更にやる気を出す始末。


 ……ここまでしつこく追いすがられる理由は分かっている。分かってはいるが、全く持って理解できないのだ。








「どうしてお前はいつも欠片も思っていない事を言う?」


 我ながら、一応心配してかけられた言葉に対してこの返しは無いと思う。思ったけれども既に吐き出した言葉は戻らない。

 案の定、朔夜は目を見開いて固まっていた。

 ぽかんとした顔で呆ける美形。そんなんでも絵になるんだなあと妙な所で関心した奈津は、未だ目の端に残る涙を乱暴に拭う。


 二年間。同じクラスで過ごしていたが、朔夜に挨拶以外の声をかけられたのはこれが初めてで。

 知られたくないことを知られたから、ということもあり、つい、そう言ってしまったのだ。


「何のこと、かな」

「何でもない。少し取り乱した、忘れてくれ」


 言ってから後悔した。別にそんなこと、今もこれからもどうだっていい事だったじゃないか。

 困ったように眉を下げて笑う朔夜は本気で困惑している様に見えるが、奈津はそれが作り物だと知っていた。大方、面倒くさいとでも思っているんだろう。


「忘れてくれって、何を?」


 じ、と金色が揺れるアンバーの瞳に見つめられる。居心地悪くて身じろぎすると、伸びてきた朔夜の腕に右手を緩く捕らわれた。


「桐生が彼女いるやつに片想いしてること? 俺にどうして本心で話さないのって言ったこと?」

「……両方」

「ふうん? ……最初のやつは百歩譲って忘れたとしても、次のやつは無理かな」


 何で分かったの? とにっこり笑う朔夜の目は全く笑っていない。離してもらおうと捕らわれた腕を振っても拘束は緩まず、奈津は早々にここから逃げ出す事を諦めた。

 それならさっさと喋ってさっさと帰らせてもらおう。


「他人と必要以上に目を合わせるのを嫌う。相手の感情に大きく触れる事を避けている」


 奈津はあまり人付き合いをする方ではない。だからこそ、一歩引いた立場で他人の感情を観るのは容易かった。


「計算高くて狡猾。他人の感情をさらけ出すくせに自分の心は読ませない。他者を利用するのが巧い。……それが柊の本質、だろう? 柊」


 少し自信が無いものの、大まかなところは合っているだろう。答え合わせをせがむように朔夜を見上げると、男は形のいいアーモンド型の瞳をまんまるにして奈津を見ていた。

 怒るかと思った、のに。

 驚いて自身を見つめる奈津に気がついたのか、朔夜はふっと息を吐き出して笑った。


「昔から人の感情に敏くてさ。いつの間にか周りが望んだことをすることが身についちゃって。これが楽で楽で仕方なくなっちゃった。どう? これが人気者の“柊朔夜”だから笑っちゃうよねぇ」


 奈津の右手を投げやりに放り、片頬だけ上げて自嘲気味に笑うその姿は、いつもクラスで微笑んでいる優しげな姿とはかけ離れていた。


「どうでもいい」

「……へえ?」


 でも実際、奈津にとっては心底どうでもいいことで。

 値踏みするように奈津をまじまじと見つめた朔夜は本音だねえ、と頷いてイイ笑顔を浮かべた。


「じゃあ奈津さん。俺と付き合わない?」


 一瞬。

 何を言われたのか理解できなかった。


「は? 何言ってるんだ、柊。見ていただろう、私は、」

「報われないじゃないか。俺なら大事にするよ?」

「いやでもお前、なんでいきなり」


 じりと後ずさると、逃がさないとばかりに両肩に手を置き力を込められた。朔夜の整った顔が強引に近づけられて、弧を描く薄い唇から甘い声が紡ぎ出される。


「ねえ、駄目? 奈津さんのこと、気に入っちゃった」


 緩く首に絡められた腕にくいと引き寄せられて、気がついたら朔夜の腕の中に捕らわれていた。


 初めて触れた硬い異性の身体に、爽やかなグリーンノートが微かに香る。

 今まで陥ったことのない状況に頭が白く染まる。はくはくと口を開いても、何一つ言うべき言葉が見つからなくて。


「考えておいて、奈津さん」


  艶を多分に含んだ声に囁かれて、意図せず脚が震える。そんな奈津を見て喉の奥で笑う朔夜は腕を解いてぽん、と奈津の頭を撫でた。


 そのまま流れるような動きで帰っていく朔夜を、奈津は呆然と見送ることしか出来なくて。




 それからだ。

 朔夜が奈津に、異常なほど構うようになったのは。

 何回断っても、朔夜は諦めない。それどころか「奈津さんは本当のことを言ってくれる」と嬉しそうに後をついてくる。

 一体どうすればいいのか。溜息をつくと、背後から伸びてきた腕にがばりと抱き込まれた。


「奈ー津さんっ」


 嬉しそうなその声は最近ではすっかり慣れてしまったもので。

 それに慣れてしまった自分にうんざりして、奈津はもう一度溜息をついた。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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