湊鼠-2
最近、クラスメイトたちから声を掛けられることが増えた。
目の前のクラスメイトと話しながらも、奈津はぼんやりとりとめもないことを考えていた。
だから、うっかりしていたのだ。人の話をぼんやり聞いているなんて、絶対碌なことにならないのに。
「──って感じなんだけど、桐生さんもどう?」
「ああ」
同意を求めるように奈津を伺う、能登という男子に話を合わせるように頷くと、能登は驚いたかのように目を丸くした。
「本当にいいの? 桐生さんが来てくれれば、みんなも喜ぶよ!」
「……ごめん、何の話だった」
「クラス会。来てくれるんでしょう? ……って言っても、ただみんなカラオケで騒いでるだけだけど。六時に駅前ね!」
そういえば、そろそろ二年も終わる頃。終業式を間近に控えたクラスメイトたちは最後に集まって遊ぼう、とかいう話をしていたような気もしたけれど。それがまさか奈津にも関係があるとはつゆほども思っていなかった。
じゃ、また後で!と明るい声で告げた彼は、話は終わりとばかりに教室の外へ駆けだして行く。
完全に訂正のタイミングを失った奈津には、ただ黙ってその背中を見送る選択肢しか残されていなかった。
「…………」
しまった、と思うがもう遅い。駆け出していった彼は幹事だそうだし、一度こうして約束してしまった手前、断るのも気が引ける。
奈津にはこういったクラスの集まりなどの経験はほとんどと言っていいほどない。確かにそれは自身が避けてきたからということもあるが、同時に誘われなかったからという面も大きいのだ。
誰からも平等に距離を置いていた奈津には、誰もが声を掛けづらかったであろうことは想像に難くない。
今になって何故、と眉を寄せて自席へ戻ろうと振り返った奈津の視界に、奈津の席でひらひらと手を振る青葉の姿が映る。そしてその隣には、机に伏せている朔夜の姿も。
ちょうど良い。どうするか尋ねようとした奈津には、この話が彼氏である朔夜の機嫌を更に損ねるようなものだとは欠片も思い浮かばなかった。
「行っちゃ駄目」
「やっぱりそうか。じゃあ、断っておいてもらえると助かる」
「ストップストップ! 行こうよ、桐生さん!」
間髪入れずに即答した朔夜に、特に疑問を抱くことなく納得して頷いた奈津。そんなふたりの間に、唐突に青葉の声が割り込んだ。
理由が分からず首を傾げる奈津に、青葉は慌てたように言葉を続ける。
「最後の一回くらい、こういう集まりに出てみてもいいんじゃない? それに桐生さん、行く約束したんでしょ」
「俺が断っておくから問題ないよ、奈津さん」
確かに、一度約束したことを後になって翻すのは少し居心地が悪い。無言になった奈津の顔を、いつの間にか立ち上がっていた朔夜が促すようにのぞき込んだ。
諭すようにそう言われると、思わず何でも頷いてしまいそうになる。頷きかけた奈津は、あることに思い至ってはたと動きを止めた。
「宮代たちも行くのか」
「もちろん」
考えてみれば、むしろ朔夜たちが行かない訳がないのだ。朔夜はここ最近、奈津にばかり構っていたからすっかり忘れていたが。
整った外見に人当たりの好い性格のおかげでやたらと交友関係が広いものだから、クラスや学年を問わずに朔夜の知名度は高い。その中にはもちろん、朔夜に本気で好意を抱いている生徒も少なくはない。……そしてそれがクラスメイトだという話もよくあるわけで。
「……行く」
「ほんとに?」
ぽつりと零した言葉に、朔夜どころか青葉までが驚いたように目を見開いた。目を丸くして訊ねてくる青葉に無言で頷く。朔夜はともかく、誘った青葉までが驚いているとはどういうことだ。
でも行くとなると、やっぱり居心地が悪いかもしれない。少しだけ躊躇った奈津に何を思ったか、驚いていた朔夜の表情が少しだけ厳しいものになった。
「奈津さんがそう言うなら行ってもいいけど、絶対俺の隣にいてね」
「……それは過保護すぎないか」
真剣な瞳で奈津に言い聞かせてくる朔夜に、大人しく頷いておく。端のほうで座っていられたらと思っていたものの、朔夜がそう言うなら従っていた方が安全だろう。
隣で呆れを隠そうともしない青葉には全くの同感だったけれど、そう言ってやっぱり行くのを止められても面倒なのも本音なのであった。
「おっそーい、青葉、朔夜!」
「待ってたよ、行こうか!」
高校から歩いて数分。最寄りの駅に付くと、見慣れた制服姿の集団が奈津の目に留まった。朔夜たちを見るなり声を上げた集団はやっぱりクラスメイトで、もう少し邪魔にならないところに集まれなかったのかと奈津は密かに眉を寄せる。
長身のふたりの陰に隠れていた奈津が姿を見せると、クラスメイトたちの空気が僅かに揺れた。そのことに居心地悪く身を竦ませると、幹事をしていた能登に声をかけられた。
「よかった。ほんとに来てくれたんだ、桐生さん!」
嬉しそうに笑う能登に曖昧な笑みを返した奈津。早速頭上からじとりと睨みつけてくる朔夜の気配から、そっと目を逸らした。




