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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:3 色番外
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湊鼠-3

 

 色とりどりの照明が舞う薄暗い部屋に、壁に沿ってぐるりと黒い革張りのソファが並ぶ。縦長の部屋の一番奥に設置された巨大な電子パネルには入れられた曲の映像が浮かび、天井に備え付けられたスピーカーからは大音量の音楽が流れていた。


「…………」


 カラオケという場所自体は知っていた、中学のころに、友人に連れていかれたこともある。けれど奈津の知っているカラオケとこことは派手さがあまりに違いすぎて、奈津は静かに混乱していた。

 その隣には奈津を守るように朔夜が腰掛け、話しかけてくるクラスメイトたちににこやかに対応しつつも、その場を動く気配は全く見せない。さらにその隣に座る青葉は、すでに他の友人との会話に華を咲かせていた。


「奈津さん、何か歌いたい?」

「と、とんでもない! 遠慮する」


 ふとこちらを向いた朔夜の、何気ない言葉を首を振って慌てて拒否する。こんな大勢の前で歌うなんて奈津には到底無理な話である。それを分かっていて聞いたであろう朔夜を軽く睨むと、楽しそうに目を細める朔夜には反省の色は全く見えなかった。

 朔夜が一曲も歌わずに奈津の傍を離れないのは、奈津がこの空間でひとりになるのを防ぐためだと分かっている。分かっているけれど、朔夜に話しかけているクラスメイトたちが朔夜をもっと中心の席に引っ張り出したいと思っていることは、彼らの言動の端々に感じられた。


「朔夜こそ、少しくらい歌ってきたらどうだ」


 だからこそ告げると、朔夜は軽く眉を寄せて奈津を見た。美形は不機嫌そうな顔をしても美形なのだから得である。なんて場違いなことを考えながらも、奈津は慌てて弁明した。


「いくらなんでも、ずっと隣にいるわけにも行かないだろう」


 それに、と視線をずらせば、聡いこの男はすぐに本当の理由を察したようだった。朔夜としても、このままクラスの雰囲気を悪くするのは本意ではないのだろう。名残惜しげに奈津を見てから、ふわりと表情を切り替えた。

 席を立った朔夜はすぐにクラスメイトたちの中心の輪に迎え入れられ、部屋にはしゃいだ空気が蔓延する。そのことに安堵してほっと息をついて、端の席でクラスメイトたちを眺めていた奈津の隣に、ぼふんと座る人物がいた。


「桐生さん。楽しんでる?」


 はい、とジュースの入ったプラスチックのカップを渡してくる人を見上げると、幹事を勤めている能登が人の良さそうな笑みを浮かべて奈津を見ていた。どうしていいか分からないままカップを受け取ると、能登はしゅんと眉を落とした。


「もしかして、カラオケ苦手だった? 無理に来させちゃったかな、ごめんね」


 クラスメイトたちから微妙に距離を置かれている奈津にも、ごく自然に話しかけてくれる能登に呆気にとられていた奈津。申し訳なさそうな表情の能登に、奈津は首を振る。


「久しぶりだったから、驚いただけ。私が来たいと言ったのだから、能登のせいじゃない」


 言ったとたん、今度は能登が目を丸くする。奈津がよほど怪訝な顔をしていたのか、能登はすぐにおかしそうに相好をくずした。


「桐生さん、僕の名前知ってたんだって、驚いちゃって」


 若干恥ずかしそうに頬をかきながらも、その表情はどこか綻んでいる。一方クラスメイトの名前すら知らないと思われていた奈津は、憮然とした表情を浮かべた。

 仮にも一年を同じ教室で過ごしたクラスメイトたちだ。いくら奈津だってそこまで周りを拒絶していたわけではないし、それだけ同じ空間にいれば名前くらい覚えている。

 じとりと不満げな奈津の目線に気が付いたのか、能登は身体の前でぶんぶんと手を振った。


「違うんだ、その……、嬉しくて」


 桐生さんが、名前を覚えててくれて。そうはにかむ能登からは奈津に対する好意がありありとにじみ出ていて。全く予想外の態度を取られた奈津は、どうすればいいか分からずに固まった。


「こら能登、桐生さん困ってるじゃん!」


 ぎっ、と奈津と能登の座るソファのスプリングが軋む。ばしばしと能登の背を叩きながらその隣に腰を落としたのは、さっぱりとしたショートカットが特徴的な七瀬という女子だった


「ごめんね~、能登、ずっと桐生さんと話してみたいって言ってたからはしゃいじゃって」


 能登を叩いた手をひらひらと振りながらあっけらかんと笑う七瀬に釣られるように、奈津も表情をゆるめた。


「構わないよ」


 そう言って笑みを浮かべた奈津を、じっと凝視する七瀬。刺さる視線に居心地悪く身じろぎすると、唐突に能登を押しのけた七瀬はがっと奈津の両肩を掴んだ。


「ちょ、おい、七瀬!?」

「……え、」


 能登の制止を聞かず、驚きに身体を跳ねさせた奈津を逃がさず見つめる七瀬は極真剣な顔で、ぽつりと呟きを落とした。

 それは至近距離にいた奈津にすら聞き取れないほど小さな声で、思わず聞き返すと七瀬はばっと顔を伏せる。 助けを求めて能登を見ても、困ったように下がった眉が七瀬の不可解な言動は分からないと告げていた。


「七瀬?」

「か、可愛いっ!」


 奈津が呼びかけるのと、七瀬が奈津に抱きつくのとはほぼ同時だった。

 言うなりぎゅうと強く抱きつかれて、奈津の混乱は更に加速する。


「可愛いー! 見た今の! 笑ったよね! ねえ能登!!」


 思い切り抱きつかれて頬ずりしてくる七瀬の力は、さすが運動部というだけある。簡単には解けない抱擁に、奈津は思考を放棄しそうになった。



お待たせいたしました。

2話で終わる予定でしたが、まだ続きそうです!


どうぞお付き合いくださいませ。



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