1.召喚だ!
そこは、どことも知れぬ異世界。
暗い部屋で魔術師と思しき老人が、足元の魔方陣を光らせている。
「召喚……召喚じゃ! さあ来いっ!」
老人がブツブツと呟く。すでに儀式は佳境である。
いちいち召喚だと言わなくても、呼ばれるはずだった。さらに言うならば、足元の魔方陣も光らせる必要は特になかった。
「おおっ! おおおっ!」
魔術師の老人が叫ぶ。魔方陣の上に何者かが現われ出でたのだ。
「よし! 勇者の召喚に成功したぞ」
「あれ、ここは?」
光と共に現われた若い男性が、周りをキョロキョロと見回している。
「ここは異世界じゃ。勇者様、さっそく魔王を倒してくだされい」
「いや、困りますよ。僕はちょうど元の世界の魔王を倒そうとしていたのに」
「え? こっちは順番待ちですか?」
戸惑う老人。
「今だと、そうですね、8月の下旬ならなんとか空いてます」
「エアコンの工事みたいじゃな……」
がっかり感が強い。
「見積もりだけでも先にしましょうか? 業者も押さえておきますんで」
「何の業者じゃ……ますますエアコン工事じゃないか」
老人は少し肩を落とした。
「お主は勇者なんじゃよな?」
「そうですよ。カナタと言います」
「……もういい、別の勇者を呼ぶからお主は帰ってくれい」
「ええっ!? お値段について勉強もできますが」
カナタは食い下がるが、老人はすでに意思を固めたようだった。
手に持った杖を振り回し、そこら中が光り出す。
「ふおあっ!」
振り上げた杖をそのまま振り下ろす。カナタと名乗った男が乗っている魔方陣が、穴に変わった。
「うえええっ!」
そのままカナタは奈落の底へ落ちていく。
途中でどこかに頭をぶつけた。
……そして、穴が閉じられた。
「商売っ気のない勇者を召喚するんじゃったわい」
気を取り直して、老人は召喚魔法を詠唱し始めた。
───
空がやたら広かった。
広く、そして青い。
草原の中で、カナタはぼんやりと空を見上げながら呟く。
「……しかし、見れば見るほど異世界だな」
「何なのその感想?」
いきなり隣からツッコミが飛んできた。
振り向くと、茶髪のポニーテールの女性が腕を組んで立っている。
「異世界がどうとか言ってたけど、転移してきたの? その割にはあんまり驚いてない感じもあるね」
「いや、だってここに来て2日目だし。驚かないよ」
「落ち着いてると思ったら、2日目なんだ……」
女性はため息をつく。
「よくわからないんだ。俺がここにいる理由」
「どういうこと?」
「もともと異世界にいたことがあるような気もするんだが、記憶が欠落してるような気もするんだ。頭でも打ったかな」
「頭を? じゃあ、声をかけて正解だったかも。あたしは、ここであんたが一人で佇んでたら危ないかと思ってね」
割とかわいい女性に心配されて、カナタとしては悪い気はしない。
すでに脳内ではラブコメ的なポジティブな解釈を始めていた。だがそんなことを顔には出さない。
「危ない、って?」
「一応言っとくけど、ここ普通にモンスター出るからね」
「マジでか。まあそうか……草原だしな」
「マジだよ。今まで出てこなかったのは運がよかったんでしょ」
カナタは少しだけ考えてから、真剣な顔で言った。
「モンスターぐらい大丈夫。俺には現代知識という英知があるからね」
「知識で無双ってのがやりたいの? でも、そう言って何百人もの異世界転移者が命を落としてきたはずだよ。新聞にも書いてある」
「”口八丁の戦士、口喧嘩に負けて亡くなる”って?」
「そういう世界線じゃないよ。確か、”現代知識を持っていたらしい町人、味噌造りに失敗して亡くなる”って記事があった」
「何をやったらそうなったんだ?」
どうして味噌造りに失敗したのかが気になった。
「とにかく、知識だけを頼りにしてはダメってこと」
「ううむ」
話が繋がっているのかどうかよくわからなくなってきた。少し残念そうなカナタ。
女性の方は涼しい顔だが、思い出したように聞いてきた。
「というか、あんたの名前は?」
「カナタ。24歳だ。そっちは?」
「リナ。私の方が一ヶ月先に来てるから。どういうことかわかる?」
「先輩だ。チース」
「チースはやめて。そう。私は22だから年下だけどね」
「ややこしいな」
少しの沈黙のあと、遠くで何かが鳴いた。
「……あれ何の声?」
「モンスター。他にないでしょ」
「モンスターだと!?」
「さっき話してたでしょうが」
呆れるリナ。カナタは腕を組み、考える。
「よし、まずは観察するか」
「なんで?」
「生態を知るのは大事だろ」
「その前に逃げるのも大事だよ」
再び鳴き声。ガ行とザ行が混じったような、やたら濁った声だ。しかもさっきより近い。
リナが口を開いた。
「あたしこの声、聞いたことあるよ。デュラハンだ」
「ははは。首なし騎士の声がするだって? 首がないのにか? リナは冗談も言うんだな。はははははは」
「そんなに面白くないでしょ」
片手を自分の頭にやって、少し首を振るリナ。
「で、その首なし騎士がどこからか首を拾ってきてね」
「なんだそりゃ」
「身体とくっついたのよ。それで強くなった」
「首と身体がくっついて? 麻耶雄嵩の小説みたいだな」
「何?」
「なんでもない……ちなみに強さは?」
「最初の敵がこいつだったら、リセマラする手間が省けるなって喜ぶ人がいるレベル」
「あばばばば。逃げよう」
「ほら、だから言ったじゃん」
二人は同時に走り出した。
そしてカナタは走りながら言った。
「でもさ」
「なに!」
「デュラハンなのに化け物みたいな鳴き声なのはおかしいよな」
「そういう追求は今度にしてね」
そうして、二人の旅がなんとなく始まった。




