第7話 住民登録
市役所の二階に位置する市長室。
入り口からすぐ左の壁際には巨大な本棚がある為、室内には年月を感じさせる木の香りと古びた本の匂いが漂う。
窓際に位置する執務スペースの後ろには、白い壁に愛故にと書かれた大きな掛け軸があり、掛け軸の前には各団体からの感謝状やトロフィーなどが飾られている。
その手前に設けられた応接用のソファーに勇者一行は座り、宏斗と住民登録や仕組みについて説明を受けていた。
「――というわけだ」
「えーっと、なんだ? あんたがここの長だってことはわかったが……その後の話がさっぱりだ。何故わざわざ儂らみたいな異世界人に住民の権利を与える? それにだ魔法を何故使えるのだ? 聞けば聞くほど、ますますわからん。つまりあんたは何者なんだ?」
「ハハハッ! 何者か、確かに何者なんだろうな? 言われてみると俺自身にもよくわからないな! まぁ一応、お国の機関である防衛省直轄にはなるから、公務員とでも言うのか? ああ、お前達の世界で言うところ国に仕えるの役人ってやつだな。とはいえ、そんじょそこらのお役人よりは強いのは間違いないぞ!」
「いや、それはわかっておる。魔法扱い、チィコをいとも簡単にあしらう動きを見せておるのだからの。というか、今のは笑うところか? 儂が聞きたいのはだな、宏斗と言ったか? お主の素性の話だ」
「素性ねー……さっき説明した通りなんだが……って、あれは経歴か! うーん、トー坊のオシメを替えていたとか、トー坊の裸を見たことがあるとか? あ、着替えも手伝っていたぞ?」
「……ヒロおじ! いらんこと言わんでいいねん!」
「ハハッ! まぁ、そう怒るなっての!」
「はぁ……」
(なんでいっつも僕の昔話を挟もうとすんねん。施設の子供たちも言ってるみたいやし……ほんま、この人だけは読めへん)
ちょうど一年前、施設の子供たちに旅に出ると言った。
その時に、かなり誇張された自身の昔話をその子供たちから聞いたのだ。
(誰が、ピーマン食べれんで、三日三晩泣いたやねん! 飯残しただけやろうが!)
トールはギリッと歯を食いしばって、楽しそうに会話を繰り広げる宏斗を睨む。
(施設の責任者やからって、何でもかんでも吹聴しよって!)
この宏斗という人物、市長や防衛省所属と言うだけではなく、トールが幼少期を過ごしていた児童施設、星屑の里の責任者でもあるのだ。
「また、聞いてもない情報を……なんというかお主掴みどころがないの……」
(ガンテツのあの顔……あれやろな……ヒロおじの考えが読めんくて、警戒してるんやろうな。わかるわ〜! このおっさん、意味もないことも意味あるように見せてくるから、疑心暗鬼になるねん……)
ガンテツは、品定めをするかのように宏斗の様子を伺っていた。
それは右隣座っているカルファ、チィコも同じだった。
視線は宏斗に向きつつも、警戒は怠っていない。
(まだ信じ切ってないか……まぁ、当然やな)
一年間、旅してきたトールだからこそ、わかる空気感。
僅かに踵を浮かして、重心を前に置いて、部屋の出入り口である扉を視界に入れる。
密室ならではの迎撃体勢だ。
(しゃーない。ここは、僕が話を進めるか……)
異様な空気が流れる中、トールが言葉を発しようとしたその時――。
顎に手を当て考え込んでいたカルファが呟いた。
「……なるほど、わかりました」
「ぬっ? まさかカルファ、お主……今のでわかったのか?!」
「はい。要はトール様とは別に意図しない転移者が存在していて、それを管理する組織が存在すると言うことです。そして貴方は何か訳があってトール様と同じように異世界に転移し、独自で魔法の使い方を学び、その実力が評価されたことで組織のトップとなった。こんな感じでしょうか?」
「さっすが! 知識欲の塊エルフ族! 年中、鉄と酒のことで頭がいっぱいのドワーフとは違うな! まぁ……そんな感じだ!」
宏斗は机に用意された水を一口、二口と飲みながらニコっと笑みを浮かべる。
「そんな感じって……随分とテキトーですよね。そもそも知識欲の塊って呼び方……なんでしょうか、少しバカにされているような……」
「いや、お主はまだいいだろう……儂なんてグータラ扱いだぞ?」
「ハハッ、そのあれだ、言葉のあやってやつだ! だから、まぁなんだ気にするな!」
「うむ……」
「はぁ……」
その巨躯からは想像できないほど、無邪気に笑う存在にドンテツとカルファは、呆れにも似た感情を抱き始めてようで、大きくため息をついた。
「トール……ボクらどうなるの? 大丈夫なの?」
一連のやり取りと、獣人族特有の危機察知能力から、宏斗の実力を理解していたのか、チィコは背中を丸めて、右隣に座るトールにしがみついた。
(こんなに震えて……)
「大丈夫や、チィコ。僕に任せとき!」
トールは、しがみつくチィコの頭をぽんぽんとすると、優しい眼差しを向けた。
「えへへっ、頭ぽんぽ〜ん、落ち着く〜! ありがとうトール。ボクはトールを信じるよ」
「うんうん。かわええなー、チィコは! ということでや、ヒロおじ? 御託はええからはよう、手続き終わらせてくれる?」
「ったく、つれないなー。昔は「僕に出来ることはなんでも言うて」とか言ってたのになー……あの頃のトー坊はどこに行ったのやら――」
「……その話はええって」
(まだ続けるつもりやったんかい)
自慢げに昔話をする宏斗に対して、トールは刺さるような視線を向けた。
「あー、怖い怖い! 大人になるとこうも変わるかねー! わかりましたよぉーだ! ヒロおじちゃん、務めを果たします〜!」
宏斗は口を尖らせながら、席を立つと机の引き出しから、書類を取り出し三人に渡した。
「じゃあ、これにサインしてくれ!」
「これってもしかして……」
出された書類に見覚えがあるようで、カルファは首を傾げる。
(さすが、カルファ。覚えとったんやな)
「そうや。僕が渡した誓約書と同じ魔法がかけられとる」
この契約書は、トールが一行に交わさせた規約違反を犯せば、ギルドへ転移してしまう魔法を掛けられているものと全く同じものだった。
「なぜ、トール様の魔法が……って、はっ! もしかして……」
何故、自分の世界を救った勇者が、そのオリジナル魔法を掛けた貴重な契約書を渡したのか、そもそも先程の着替えや、裸を見た関係とは――?
(どうせ、こんな感じのことを想像してるんやろな……)
トールの推理があったのか、どうか真意はカルファのみわかるところだが――。
その答えは、トールの想像の遥か上をいくものだった。




