第31話 買い物
田中徹、二十五歳。
異世界では“トール”の名で呼ばれていた勇者だ。
トールは、今日同居人となったドンテツ・カルファ・チィコの三名と家から電車を乗り継いで一時間くらいの駅近くにある百貨店へ向かっていた。
(施設育ちの僕がこんな大所帯の家主になるとはな〜。世の中って不思議やわ)
改札を抜けた先、設置されたマップの前で。
そこで騒ぐ仲間たちを前に、トールの意識は、自然とこれまでの出来事へと向いていた。
(って、ほんま、色々あったな)
トールは星屑の里と呼ばれる児童施設で育ち、少しばかり人とは違う境遇を持ちながらも、元勇者である宏斗――ヒロおじに実力を認められ、異世界に転移した。
そして、魔王を倒して、なぜかそのパーティメンバーと生活を共にしている。
(株やっといて良かったで……ほんまに)
チラッと、ポケットに入れていたスマホを確認。
そこには、ブックマークしていた株価の上昇通知がきていた。
思考は、異世界から現実へと引き戻される。
お金にはしっかりしているトールである。
(こうなると公務員って肩書きいらん気もしてきたな)
公務員。
それも一応、防衛省直轄という肩書きもあるのだ。
その仕事内容は、単純。
向こうの世界――異世界の平和維持に協力すること。
要は、魔王を倒せる勇者を施設で育て、異世界へ送り出すことである。
けれど、その役目は大きな声では言えない。
日本と異世界の間には条約が結ばれているからだ。
(今更やけど、色々と引っ掛かるところがあるねんな……)
そもそも勇者の存在自体、元勇者であるヒロおじと、防衛省の上層部くらいしか知らないらしい。
“らしい”というのも、情報源がヒロおじしかないからである。
トールが魔法で調べようとしても、相手が元勇者なだけあって対策は万全。
不自然なくらい何も出てこない。
(ヒロおじに直接聞いても、その内なとかはぐらかしてばっかやしな……余計怪しいっちゅうねん)
結果、年に数回、ヒロおじと共に防衛省の庁舎へ行くことがあっても、秘密を知っているであろう、防衛省のトップと顔を合わせたことがない。
(まぁ、悪いことばっかやなかったけどな)
幼い頃からヒロおじに鍛えられたおかげで、この世界に敵はいないと言っていいし、魔法も使える。
普通に生きていれば、まず経験しないことだ。
とはいえ、やることは書類提出程度で、報酬も雀の涙ほどでしかないが。
(報酬に関しては、ほんまもうちょいどうにかできひんのか? こっちは大所帯になってるいうのに)
それでも、施設の手伝いをしたり、宏斗――ヒロおじの伝手で獣人の子どもたちと通う学校の運営に関わったりと、やることはいろいろある。
(まぁ、これは完全に僕の趣味みたいなもんやけど)
異世界での勇者としての役目は終えた。
だからこそ、日本でスローライフを満喫する――はずだった。
だが現実は、物好きな仲間たちに振り回される、騒がしい日々だ。
(おもろいっていうたら、そやねんけど……)
もっとも、来るだろうとは思っていた。
だからこそ、生活できるよう根回しもしてある。
大切な仲間たちなのだから。
そんなことを思い浮かべながら、足を進めること数分。
(っと、着いたな)
目的地である、百貨店に辿り着いた。
「よし、ここや。にしても、さすが百貨店。土日は混んでるねー」
せっかく日本にいるのだ。
美味いものを食べて、好きなものを買って、平和な日常を楽しんでもらいたい。
トールは、そんな思いで三人を連れてきたのだ。
さらには二人が稼いだ金でもある。
適度に使って世の中を回し、自分の機嫌も取ること。
(これが、社会人の鉄則や)
もちろん、家に入れる分はきっちり徴収済みである。
(こういうところは曖昧にしたらあかんからな)
日本で生きていくならなおさらだ。
「ここが百貨店……駅からの導線がとても考えられていますね。さすがです」
「確かにのう。商店街とは違う。城ではないが、どこか貴族の屋敷のような雰囲気もある!」
「なんかよくわかんないけど、みんな楽しそうだねー! いい匂いもするし!」
カルファは客層を観察し、ドンテツは建物に目を輝かせ、チィコは食べ物の匂いに反応している。
(うん、ここにして正解やな)
「興奮するんはええけど、他のお客さんの邪魔になるし、とりあえず中入ろうか」
トールは、人の流れに乗りながら店内へ入る。
その後ろにはチィコ、カルファ、ドンテツが列を成している。
「のうカルファ。人払いの魔法なんぞ使うでないぞ」
「ギクッ……つ、使う訳ないじゃないですか〜!」
(いや、今絶対使おうとしたやろ)
「何がギクッだ……顔に出とるぞ」
「き、気のせいです! さ、早く行きましょう!」
(なんか物騒なことが聞こえた気もするが、未遂やし聞こえんフリしとこ。今日はドンテツも睨みを利かせてるしな)
色々と言いたいことはある。
だが――見守るしかない。まるで母親のように。
百貨店に来ても役目の変わらないトールは、表情をコロコロ変える仲間たちを前になんとも幸せな気持ちになったのであった。




