第23話 類は友を呼ぶ
一週間後。子供たちの賑やかな声が響く教室の中。
「じゃあ、やっぱり穂乃花もトールの役に立ちたかったわけかー」
チィコは、机をくっつけた穂乃花と給食を一緒に食べていた。
今日の献立は、豚汁と豆ご飯、切り干し大根の煮浸し。
パンは自分たちの世界にもあったし、牛乳と合わせるのにも違和感はなかった。
けれど、この献立に牛乳を合わせる感覚だけは、どうにもまだよくわからない。
とはいえ、おかずもご飯も相変わらず美味しかった。
ちなみに、呼び方についてはもう敬称をつけない仲になっている。
「はい! トールお兄様の役に立つことが、何より一番嬉しいことですから! もちろん、私だけではなくて、施設出身者なら皆そう思っているはずです。トールお兄様は凄くてですね――」
最初こそチィコの質問攻めを嫌がっていた穂乃花だったが、今では一つ問いかければ三つ四つと返ってくる。
もっとも、その大半は“トールについて”なのだが。
「チィコ、ちょっと聞いていますか?」
「えっ、あっ、うん! 聞いてるよ! トールが凄いって話だよね?」
チィコが苦笑い混じりに返すと、穂乃花はぱっと笑顔を弾けさせた。
「そうです!」
そのやり取りが面白いのか、クラスメイトたちは「まーたやってる」とか「仲良しだよね」とか、好き勝手に言い合っている。
(また、この流れだ……)
もはや、定番となってしまったやり取りに、辟易とするチィコ。
(仲良くなってみてわかったけど、ここにいる子供たちは、自我がないわけじゃないよね。ただ優しいって感じかなー)
けれど――。
「トールお兄様って、全てが完璧なんです! 容姿も、あの関西弁も、そして優しくて強い! 完璧ですよね?」
穂乃花を筆頭に、トールの話が始まると止まらない。
(なんていうか……ちょっと恥ずかしいや)
これがきっと、トールの心配していたところであり、自分が穂乃花に少し似ていると感じた理由なのだろう。
チィコは、ふと冒険の途中で、トールがよく口にしていた言葉を思い出す。
(なんだったっけ?確か、「人の振り見て我が振り直せ」だったよね)
意味は、そのままだ。
人を見て、自分を省みること。
「これが、他の人から見たボクってこと……だよね……少し気を付けよー……」
穂乃花がお喋りに夢中になっている姿を見ながら、チィコはそっと心に刻んだ。
☆☆☆
色んな刺激を受けながら、迎えた土曜日。
チィコはクラスメイトたちと、星屑の里、その施設内にある公園でドッジボールという球遊びをしていた。
戦力が偏らないように、チーム分けは人族と獣人族が半分ずつ、全員と話し合ってきめた。
「おっと!」
飛んでくるボールを華麗に躱していると、それがリンゴに見えて、ふと授業の内容が浮かんだ。
(確か数字で言うなら、五十パーセントと五十パーセントだったよね……?)
「って、なに言ってんだろ♪ ボク」
いつの間にか、算数をごくごく自然に使っている自分がおかしくって、チィコはクスリと笑う。
(……冒険も戦いもない日々は、少し退屈かなーって思ってたけど――)
「これ、楽しいじゃん!」
自然に浮かんでくる苦手な算数も嫌じゃない。
なんだったら、体育の授業より、ずっと面白い。
そんな思いがチィコの胸を暖かくする。
「おーい! そっちにボール行ったぞー!」
コートの外から味方チームの男の子が叫ぶ。
「はーい! ボクに任してー!!」
チィコは飛んできたボールを滑り込みながら掴み、そのまま勢いよく宙返りして体勢を立て直す。
そして、全体重を乗せるようにボールを投げ返す。
狙うのは、相手コートに残った最後の一人――獣人の少年。
「いっけぇぇぇーー!」
ボールは風切り音を上げながら一直線に飛んでいく。
「うわぁぁー! なんで毎回ボールの形変わるんだよぉぉーー!」
「ふふーん♪ だって、ボクだからね!」
「なんだよ、それぇぇぇーーー!」
「私に任せて!」
諦めかけていた男の子の前に飛び出してきたのは、額を光らせたぱっつん前髪の少女――穂乃花だった。
彼女はとっくにアウトになって外野にいるはずなのに、なぜかコートの中に踏み込んでいる。
「穂乃花! な、何考えてるの!?」
「大丈夫です! 私は信じていますから!」
「いや、意味わかんないから! んもう!」
チィコは力いっぱい地面を蹴り、ボールより速く穂乃花の前へ飛び込んで、自分が投げたボールを掴む。
「ふぅー……間に合った!」
チィコの手の中に、収まったボールは、キュルキュルと音を立てながら、勢いを失っていく。
相手が獣人だとわかった上で、放った一発だった。
だというのに、穂乃花は割って入ってきた。
(ほんと、なに考えてるんだろう……穂乃花じゃ、怪我しちゃうのに……)
チィコが、ボールを見つめ首を傾げていると、その穂乃花の声が響いた。
「ふふっ! 作戦大成功です!」
そして、次の瞬間。
チィコの背中に何かが当たった。
――ボスッ。
「えっ?」
振り向くと、持っていたはずのボールとは別のボールが、後ろに転がっていた。
「ど、どういうこと?」
「ふふん! チィコ、あなたが強すぎたので、皆に一芝居打ってもらいました!」
「芝居? っていうか、なんでボールが二つあるの!?」
「むしろ、なぜ一つしかないと思ったんですか?」
「……いや、普通はそう思うでしょ」
穂乃花は得意げに、しわの寄ったルールブックを掲げる。
「ダメダメですね! ルールブックには、シングルドッジボール、ダブルドッジボール、マルチドッジボールの三種目があるんです。そして今回は、どの種目をするか最初に決めていませんでした。つまり――二つでも問題ないということです!」
「なにそれー……むちゃくちゃだよー……それってさ、どうやっても勝ち目ないじゃん」
「そんなことはありません! きちんとルールブックを読んでいれば、気付けたはずですから!」
「うげぇ……なにそれ、カルファみたい」
チィコが嫌味を込めて言っても、穂乃花はまるで気にしない。
「光栄です!」
どうやら穂乃花は、チィコの話に出てくるカルファのことが気に入っているらしい。
(最初は、ボクに似ていると思っていたけど……なんかカルファに近い気がしてきた)
トールを様付けで呼ぶし、理屈っぽい。
きっとここにドンテツがいたら、「カルファにそっくりだの」と渋い顔をしていたに違いない。
話せば話すほど、チィコはそう思っていた。
「そ、そう……あはは。光栄なんだー……」
「はい!」
もう、どれだけ引いてもまったく堪えない。
いや、たぶん引かれていることにも気づいていない。
チィコがその反応に呆れていると、背後から聞き覚えのあるエンジン音が近づいてきた。
「お、なんや。楽しそうにしてるやん」
振り向くと、バイクにまたがったトールがいた。
「あ、トール! って、ここにトールが来るってことは……」
「うん、時間やね」
トールは頷きながら、公園の中央に立つ時計台を指差した。
チィコが目を向けると、針は門限の十八時を示している。
「えっ、もうこんな時間?」
獣人族の感覚からすれば、日本に危険な場所などほとんどないように思える。
だが、トール曰く、そういう問題ではなく、子供は早く帰って早く寝た方がいいらしい。
(理由はよくわかんないけど)
けれど――トールの作る、温かいご飯のことを思い出すと、それも悪くない気がしてくる。
「ほら、帰るで? 今日はチィコの好きなオムライスや」
「お、オムライス!」
バターで炒めた玉ねぎと鶏。
そこにコリコリしたマッシュルーム。
甘酸っぱいトマトケチャップ。
そして、ふわとろの卵。
食べたい。
今すぐにでも。
「ボク、帰る!」
「こらこら、その前にやろ?」
「あ、そうだった!」
チィコは背筋を伸ばして皆を振り返る。
「今日も楽しかったー! またねー!」
「いい子や、ようできた」
トールの大きな手が、頭を撫でる。
「えへへー、ありがとう」
昼から集まって、気づけばもうこんな時間。
楽しい時間というのは、本当にあっという間だ。
「トールお兄様!」
しみじみしていたチィコの横を、穂乃花が勢いよく駆け抜けていく。
それに続くように、ここにいた子供たちも次々とトールの元へ向かった。
「おー、よしよし! 皆、仲良くやってるみたいやな!」
「はい! 皆仲良くやっています!」
一番にトールの前へ辿り着いた穂乃花は、トールがバイクから降りるのを待って、おでこをぴかりと光らせながら抱きついた。
この光景を初めて見た時は、トールを取られたような気がして、少し嫌だった。
けれど、今は違う。
(なんていうか……姉妹みたいかも)
「トール兄ちゃん、俺もー!」
後ろにいた男の子も続く。
それをきっかけに、他の男の子たちまで次々に抱きついていく。
穂乃花が姉妹なら、この子たちは兄妹みたいなものなのかもしれない。
血が繋がっていなくても、種族が違っていても。
「……皆、一緒だね」
チィコはそう呟きながら、トールと一緒に、皆を施設まで送り届けた。




