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役目を終えたオカン系勇者の現実スローLIFEはままならない  作者: ほしのしずく


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第17話 トールのように

 しばらくして。

 カルファと舞香は、当初の目的であった幼馴染の家の前に立っていた。

 

 到着してすぐに呼び鈴を鳴らしたが、反応はない。

 

 ――いや、それどころか、気配すら感じられなかった。

 

「誰もいないのでしょうか?」

 

「カルファさん、その……拓斗。もしかしたら今日はバイトかも知れません……」


「バイト? なんですかそれは」


「あ、そこからでしたか! えーっとバイトというのはですね――」


 カルファが首を傾げると、舞香はバイトという、言葉を説明した。


「……なるほど、それがバイトですか」

 

 その話によれば、拓斗という男性は“バイト”と呼ばれる、契約条件の緩い労働に出ているらしい。


(繁忙期に募集されるギルドの受付補助に近いものですね)

 

「ということは……タイミングが悪かったのでしょうか?」

 

「いえ、むしろ良かったかもです!」

 

 どうやら、バイトがある日は昼過ぎに一度帰宅する習慣があるらしい。

 

 この時間を逃せば、いくら呼び鈴を鳴らそうと、スマートフォンで連絡を取ろうと応答はないという。

 

「では、ちょうど良い時間だったということですね」

 

「はい! あ――っ」

 

 舞香の視線の先に、一人の男性が現れた。

 

 中肉中背、耳元にはピアス。

 目つきは鋭い。

 

「あっ、舞香! ごめんねー! 忙しくてさ、全然連絡取れなかったんだよー……」

 

 異臭こそないが、服装は明らかにだらしない。

 オーバーサイズで、ところどころ破れている。

 

 だが――。

 

(目……)

 

 カルファはその一点に注目した。

 声色や態度は大袈裟に親しげだが、目だけが笑っていない。

 

(誰も信用していない目ですね)

 

 閉ざされた世界で生きてきたカルファにはわかる。

 あれは――孤独な者の目だ。

 

「なるほど……」

 

 しかし、道中での舞香の反応から察するに、拓斗は彼女にとってかけがえのない存在である。

 

 だからこそ――。

 

(尚のこと、許せません)

 

 純情を弄び、金銭を受け取り、返さない。

 どんな事情があろうとも、それは誠実とは言えない。

 愛とは、搾取してよいものではない。


(紳士の風上にも置けませんね)

 

「では――」

 

 カルファは一歩踏み出した。

 

「――洗濯機(せんたくき)」


 その詠唱と同時に、緑色のマナが周囲に集まり、風が渦を巻く。


 そして、次の瞬間。


 拓斗の身体が宙へと浮き上がり、回転し始めた。

 

「えっ、ちょっ――!?」


 怯えを含んだような声を漏らす。


 が、魔法は止まることなく、回転は周囲の空気を巻き込んで、その速さを増していく。

 

 戸惑いの表情から、顔色がみるみる悪くなっていく拓斗。


(念の為、風の障壁と透明化(インビシブル)も使いますか)


 カルファは、友達となった舞香の名誉を守るため、二つの魔法も詠唱した。


「ど、ど、どうなってんだぁぁぁーーー! 助けてくれぇぇぇーーーー!」


 拓斗は叫び声を上げるが、周囲にその叫びは響くことない。

 

 さらに、ボロボロだった衣服は風に切り裂かれ、原形を失っていった。

 

 やがて魔法が収まると、そこに立っていたのは、衣服をほぼ失った拓斗の姿だった。

 

「な、なんで!? 服が……っていうかこれなんだよ!? 意味わかんねぇ!」

 

「無駄ですよ」

 

 カルファは冷静に告げて、もう一歩前に出た。

 

「風の障壁で音は遮断していますし、透明化(インビシブル)で私たちの姿も認識できません。ついでに言えば、こちらには近づけませんから」

 

「はぁ!? 風の障壁? 透明化?! わかんねぇって!」


 カルファの魔法が、よほど堪えたようで、拓斗は文句だけ口にし、その場で動けずにいた。


 その情けない格好を前にして、カルファは心底軽蔑した。


(せめて、騙すなら、堂々とできないものでしょうか……)


「あなたは、自分のしたことが、どれだけひどいことなのか……わからないのですか?」

 

「カルファさん! ちょ、ちょっとやりすぎです!」

 

 舞香が慌てて制止するが。

 

「いいえ、これくらい当然です」

 

 カルファは、きっぱりと言い切った。

 親しい間柄になっていきたい。

 関係を深めていきたいからこその本音。

 絶対にこのままではいけない。


 そんな思いからである。


 そして――。

 

「いいですか? この方は、あなたの優しさにつけ込んでいます。誠実とは到底言えません」

 

 真っ向から否定した。


(これだけ言えば、舞香さんも気づくことでしょう。この方がどう思うかまではわかりませんが……)

 

 だが――拓斗は反論しなかった。

 

 視線を逸らし、ただ黙っている。

 

(……?)

 

 本当に腐っている人間なら、ここで言い返してくるはず。

 カルファは違和感を覚え――風の障壁と透明化を解除した。

 

「拓斗……とりあえず、これ……着て!」

 

 舞香が自分のカーディガンを差し出す。

 

 ――その瞬間。

 

 拓斗の目から、涙がこぼれ落ちた。

 

「舞香……こんな情けないやつで……ごめん……」

 

 その声は、震えていた。

 拓斗はそこから、溢れ出る涙とともに、自分の身に起きたことを語り始めた。


「今まで、言えなくてごめん……」

 

 語られたのは――言い訳ではなかった。

 父はおらず、母と弟との三人暮らし。

 高校卒業後すぐに働き、家族を支えていた。

 順風満帆に見えた日々。

 

 だが――事故。

 

 車での移動中、巻き込まれた衝突事故。

 彼だけが軽傷で、母と弟は意識を失った。

 数年経った今も、二人は目覚めていない。

 

「……そうだったの?」

 

 舞香の声が震える。

 

「海外で元気に暮らしてるって……言ってたよね?」

 

「……ごめん。それも嘘なんだ」

 

「なんで……」

 

「ごめん……」

 

 カルファは、そのやり取りを静かに見つめていた。

 

(……なるほど)

 

 事情は理解した。

 

 だが――。

 

「拓斗と言いましたね」

 

 カルファは、一歩前に出て舞香の横に並び立つ。

 

「先ほどの“クズ”という評価は撤回します」

 

 だが、続けた言葉は鋭かった。

 

「しかし、立ち回りが下手すぎます」

 

 拓斗が顔を上げる。

 

「目の前にいるでしょう。理屈抜きで、あなたを信じてくれる人が」

 

「……っ」

 

 拓斗はその場に崩れ落ち、泣き続けた。

 

(やはり……ただ余裕がなかっただけですね)

 

 舞香がそっと寄り添う。

 それだけで、この場の空気は救われていた。


 けれど、カルファの頭の中には、ある案が浮かんでいた。


 その案を実行すべく、

 

「では、まず――」

 

 そういうとカルファは指を鳴らした。

 

「記憶生成」

 

 緑色のマナを含んだ風が優しく吹き、拓斗の衣服が元通りに修復される。

 

「えっ……服が……!?」


 拓斗は、目を丸くして、自分の体をペタペタと確かめるように触った。

 

「驚くのはまだ早いですよ」

 

「「えっ?」」

 

「ふふっ、なんですか? 二人して」

 

 カルファは微笑む。


「……それって、どういう意味ですか?」


「どういう意味って、魔法ですよ。舞香さんも見ていたでしょう? トール様ほどではありませんが、私も回復魔法くらいは使えます」

 

「回復……魔法?」

 

「とにかく、いきますよ! 時間は有限です。行きますよ」


「えっ!? あ、はい?」

 

 カルファは空を指差し、二人にウィンクをすると詠唱した。

 

「――飛行(フライ)」


「うわああああ浮いたぁぁぁぁ!?」

 

 拓斗が空中で慌てる。

 

「ふふっ、大袈裟ですね! 先ほども浮いていたでしょうに。あなたの想い人である舞香さんも、全く驚いていませんよ?」

 

 カルファは、宙に浮いてもくっついている舞香と拓斗を前にくすりと笑った。

 

「は!? ちょっと待ってください!? 僕は、なにも――」


「わ、私が、拓斗の想い人……」


「い、いや! 違うからな! お前はただの幼馴染だから!」

 

 顔を赤くする二人。

 

(やはり……)

 

 カルファは確信する。

 

「拓斗さん……いや、舞香さんも正直になるべきです。取り繕っても意味はありません! トール様もよく言ってましたから、「カッコつけても、人生なんの得もあらへん」って!」


 唐突に混じった、妙に完成度の高い関西弁。

 その不意打ちがよほどおかしかったのか、拓斗と舞香は顔を見合わせ、ついに吹き出した。


「なんで、笑うんですか! 私は、二人のことを想ってですね――」


 一瞬、ムッとしたカルファであったが、


(こういうのも、たまにはいいですよね)


 トールたちと笑いあった日々を思い出して、

 

「こほん! 時間がないのでした。早く行きましょう」


 咳払いをして、切り替えた。

 

 その瞳は、まっすぐだった。

 

(私も、いつかトール様のように――)

 

 訪れた地の人を笑顔にする勇者トールに憧れて。

 

 カルファは二人を連れて、病院へと向かった。

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