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『竜の子』 〜冒険者に憧れるおっさん全裸で異世界に転移する〜  作者: スメコ


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終わりの始まり

 




――――――我の子を宿せ――――――






 首都ヴァルディアから遥か遠く離れた辺境の地、魔竜山脈。



 その地に、勇者たちが辿り着いた。


 険しい森を抜け、数十の山を超え、探索し、登り詰めた。


 5年がかりで辿り着いた魔竜の棲まうその洞窟。


 地に這いつくばり、両腕を失い意識朦朧。

 聖剣を与えられし勇者リオン。


 吹き飛ばされ半身を壁に埋めた、盾の勇者ガルド。


 両眼から黒い血を流し、直立したまま失神している大魔法使いセリーン。


 戦意を喪失し呆然と立ちすくむ、エルフの弓使いリズ。


 魔竜に語りかけられているのは、仲間の返り血を浴びへたり込んでいる、ヒーラー、アリア。


 5人の勇者パーティー


 この5年間、世界の悲願である魔竜討伐に挑むために遠征部隊を従え、幾多の試練を乗り越えてきた。


 補給と魔物討伐の補助である部隊を崖下に残し、今まさに魔竜と対峙している。



 ―――いける。


 と思っていた。


 倒した魔物は数知れず。


 何度も死線をくぐった。



 極めた連携、固く結ばれた絆。


 パーティーのみならず、部隊全体の練度も極みに達していた。



――


 崖を登っている時から感じていた魔竜の気配。

 ひしひしと伝わってくるその存在感は圧倒的であり、今までのどんな危機的状況よりも絶望を感じさせた。


 短期決戦。勇者パーティー5人はそれぞれ、語らずとも目を合わせ、作戦を理解する。


 ここに来るまでの強敵、それも大きな一体に相対しせる時に生み出した必勝の戦法。


 会敵からすぐにセリーンは詠唱開始。

 ガルド、最前列に盾を構える。

 その後ろ、リオン。

 リズとアリアはそれぞれ斜め後方に陣取る。

 リズは弓を引き攻撃準備。

 アリアは不測の事態に備え待機。


 戦闘開始はセリーンの攻撃魔法。

 敵の足元に魔法陣が現れ、魔法が発動。


 それを合図にリオンはガルドに向かって走る。


 反転するガルド、リオンが盾を足場に、敵の頭上に飛ぶ。


 魔法攻撃が終わるか終わらないうちに聖剣を振り下ろすリオン。

 風魔法で敵の目を撹乱させるリズの矢。


 この間わずか数秒。


 敵は何が起こったのか理解する間もなく倒される。


 幾度か失敗を繰り返し、今では阿吽の呼吸で連携できるようになっていた。


 これで勝てる。


 確信していた。


 それでも各自、不安と緊張を交えながら崖を登る。


 崖を上り切ってすぐに洞窟の入り口を見た。


 見上げた高さは20メートルはあるであろう。

 魔竜の背丈を想像する。


 幅、20名は横並びで入れるであろう丸く削り取られたような入り口。


 その断面はおそろしく滑らかで艶やかである。


 一行は息を呑んだ。


 長い年月をかけ、何度も何度も固いものが出入りし、荒く削られていたであろう壁面が一切の凹凸をなくしていることに。


 その透明な輝きに。


「おいおい、これ、ミスリルじゃねぇか!?」

 ガルドの開いた口が塞がらない。


「こんだけありゃあ一生遊んで暮らしても使いきれねぇんじゃ......」


「なんてことだ......」

 リオンが呟いた。


「さ、先へ進もう......」


「そうね......」セリーンが洞窟に入ろうとする。


「まて」


 俺が行くとは言葉にはせず、ガルドが前に出る。


 その後にリオン。


 セリーンが入り、横並びでリズとアリア。


 一行は自然と戦闘の陣形を取り、中へと進む。


 崖を登っている時に感じた気配がしない。



 おかしい。


 どれくらい進んだのか。




 10分も経っていないかも知れないし、1時間歩いた気もする。あまりの静寂に違和感を覚える。


 真ん中を歩くセリーンの薄暗い洞窟を照らす炎魔法が、磨かれたミスリルの壁に反射し、キラキラと一行の周囲を明るく照らしている。





 ーーー突如目の前がひらけた。


 半円のドーム型、部屋というには大き過ぎる。


「広いー!ここなら心置きなく戦えるね」とリズ。


「戦う?」


 アリア。



 一行はまるで戦うことを忘れていたかのようにお互い目を合わせ驚きの顔。


 口を開いたリズはハッとした表情を浮かべ、思わず口に手をやる。


 ーーーそうだ、戦いに来たのだ。


 この幻想的な雰囲気のミスリルの洞窟に酔わされていたのか。




「......炎の根源、深淵の業火よ我が命を代価とし、その姿を......」


 無意識だった。


 まだ魔竜の気配も姿もない。


 それに詠唱が違う。


 "我が命を対価とし"


 この言葉にパーティーは戦慄。


 アドレナリンが吹き出し、身体が燃えるように熱をもつ。


 セリーンはなぜ詠唱を変えたのか、彼女自身は自覚していない。


 幻想的な洞窟が突如牙を剥いたかのように感じ、この5年間の戦いの中で得た戦闘本能がそうさせたのか。



 ーーー皆同じ場所を凝視していた。


 いや、させられて、いた。


 "部屋"の奥に、何か、


 ーーーある。


 黒いかたまりが......


「ヒール!」


 なぜかアリアは無傷のパーティーに両手を突き出し叫ぶ。


 ーーーそれはゆっくりと近づいていた。


 確かに、全員の目にはゆっくりと動いているように見えていた。


 が、実際は違った。


 身構えたガルドの全身に鳥肌が立とうとしていた刹那。


 彼は壁の中にいた。


 光を失った目に、ミスリルの破片が無数に宙に浮かび、キラキラと瞬く。


 時を同じくして、リオンは幼少期を思い出す。

 優しい母、父。気の弱い妹。

 修行で疲れた身体を優しく労わってくれる、優しい家族......


 ガルドを弾き飛ばした魔竜の尾は、そのままリオンの両腕を聖剣ごともぎり取った。


 続いて爆発音が数度鳴った気がする。


 遅れてやってきた音。


 そして爆風。


 衝撃波はセリーンの詠唱を止める。


 行き場を失った魔法はセリーンの身体を内側からぐちゃぐちゃにかき混ぜる。


 眼、鼻、口から血がドロっと溢れ出る。


 リオンが前のめりに倒れる。


 リズの手に弓矢はない。


 アリアのヒールが、かろうじて皆の生命を繋ぎ止めている。




 ーーー息ができない。


 思考が止まったままだ。


 夢を見ているのか......



 ミスリルの破片が舞う幻想的な空間。


 静寂を破ったのは魔竜。



  「待ち侘びたぞ。」



 確かに言葉を発した。


 低くも高くもない声のトーンは強くなく、怒りや嘲りもない。

 どこか優しい温もりさえある。


 そしてその言葉の先にはアリアがいた。



 魔竜と目が合うアリア......



 話しかけられた?


 アリアは混乱しつつも目を見開き、かけ続けているヒールに最大魔力を注ぎ込む。


 ガルドがわずかに意識を取り戻す。

 セリーンの聴力が少し回復する。

 リオンが首をもたげ、魔竜に目を向ける。

 リズは震えながら固まり、魔竜をから目を逸らすことができない。


 魔竜の言葉は皆の耳に届いた。


 静かだが威厳ある声質は皆を引き込む。



  「来るのが遅すぎたな......」


  「いや、これも運命であるか......」


 魔竜はまるで独り言のように話し続ける。


  「この200年、我は呼び続けておったのだぞ」


   「やはり役目は途絶えておったか......」


  「よい......もとより選択肢はない」


 魔竜の目が鋭くアリアを見据える。


  「名を何と言う」


 戸惑うアリア......



  「もう一度だけ聞く。名は!」



「アリア......アリア フェルノア」


 アリアは震える声で応える。


 魔竜は何を言っているのか。

 このまま皆ここで死ぬのか。

 崖下に待機する部隊はどうなるのか...


 戸惑いを強くするアリア。


  「名も捨てたか......」


  「よかろう、細かいことは言わぬ」


     「皆の命を助けたくば我に従え」



 アリアは力無く頷く。




ーーーーーー   我の子を宿せ   ーーーーーー




 何を言っているのだ......



 理解できない。



 でも......もう勝ち目はない......


 ここまでの力の差は誰にも予想できなかった。

 勝てると思っていた。

 5年間の苦労が一瞬で終わった。



 頭をゆっくりと回し、皆を見る。


 リズ以外は瀕死の状態。


 そして何より、誰よりも強い絆で結ばれた戦友たちの死を、誰が望もうか。



      「はいと言うだけでよい」



 魔竜の言葉に押され、アリアは応える。


「はい......」


  「運命はそなたを選んだ。誇るが良い。」


  「なんとしても子を産み、守り育てるのだ。」


 「天が味方すれば......滅亡は免れるであろう......」


「子をそなたに授ける......残りの魔力も持っていくがよい......」


 魔竜はそう言うと大きく息を吸い込む。


 深く、長く、長く......





 来る。


 洞窟中の空気が魔竜に集まる。


 後ろから吹く風に髪がなびく。


 アリアの全身に血が巡る。


 助けると言ったではないか!


 恐れ慄き、嘆きにも似たか弱い悲鳴をあげるリズ。


 守らなければ。


 アリアに出来ることは、自身の生命を削ってさらに魔力を注ぎ込み、来たる攻撃の後、皆のダメージを瞬時に治癒することだけだ。


 出来るのか......

 即死させられたら治癒は不可能......



 呼吸の停止の瞬間、それは反転するだろう。


 とてつもない量の息を吸い込んだのだ。

 その後の展開は誰にでも予想できる。


 アリアの全身の血は沸騰寸前。

 広げた両手は細かく激しく、震え、眼から鼻、毛穴に至るまで、熱い血が滲み出す。


 反転。





 それは、細く、長く、長く。


 そよ風のようで、切れ目のない吐息......


 拍子抜けをくらい、思考停止に陥ったアリアを優しく包み込みはじめる。


 柔らかな感触。


 全く敵意を感じないどころか、どこか遠い昔の記憶が甦るような懐かしさを。


 まるで母に寝かしつけられているような.......


 全身の力が抜けていく......





 ふと魔竜を見ると、顎を地につけ目を閉じている。


 その姿に生気はなく、よくよく見るとかなり老いている。

 その顔に刻まれた皺の深さが悠久の時を物語っている。



 死んでいる......




 それからの記憶は曖昧だ。


 ミスリルの粉がまだキラキラと宙を舞う。


 竜王の吐息に包まれ、失った魔力を取り戻したアリアは一晩中ヒールをかけ続けた。




「アリア......アリア......」



 リオンの声......


 目を開けると皆が覗き込んでいる。


 魔力が切れ、失神していたのだ。


「あぁ、ごめんなさい」


 そう言ってガルドの差し出した手を引き、上体を起こす。


 朝の匂いがした。


 皆の顔を見回す。


 良かった。

 皆生きている。


 リオンは正座している。


 両腕はない。

 表情は柔らかい。


 ガルドは元気そうだ。

 見た感じでは全回復している。

 鎧は砕けたのであろう。肌着姿だ。


 セリーンは顔中血まみれ、だが笑顔だ。


 リズは少し悲しそうな目をして微笑んでいる。


 ふと魔竜のいた場所を見る。


 彼女はまだそこにいる——彼女、そうはっきりと感じた。


「みんな......」


 アリアの言葉にガルドが被せる。


「生き残ったな!」


「アリア、君のおかげだ」


 リオンが続く。


 セリーン、リズがうんうんと頷く。


「ちょっとごめんよ」


 リオンはリズとセリーンに支えられ立ち上がる。


「ガルド、悪いが僕の剣を取ってきてくれないか。あそこに刺さっている。大切な宝物なんだ」


「お安い御用だ」


 弾き飛ばされた聖剣は柄の部分までミスリルの壁に突き刺さっていた。


 丁度リオンの目の高さにある聖剣をガルドが見つけ、引き抜こうと試みる。


 だめだ。


 もう一度、力を込める。


 抜けない......


「ガルド、ありがとう...それはもう僕のものではないようだね......」


 役目を終えたんだ。


 結局、僕は魔竜に傷一つさえ付けられなかった......


 事実、リオンは全く反応出来なかった訳ではない。

 "眼"は、確実に魔竜の尾を捉えていた。


 しかし速すぎた。

 身体が追いつかなかったのだ。


 立ち上がるのもやっとのアリアはガルドに背負われ、勇者パーティーは来た道を戻った。


 討伐を知らせる狼煙に崖下は沸いた。


 歓喜の雄叫びが崖の上まで聞こえる。


「僕たちは負けた。どういうわけか、全くわからないが......アリアのおかげで助かった。」


「アリアの身に起きたことは......魔竜の言葉が本当かどうかは......今はわからない......皆秘密にしよう。一生の秘密だ。脅威は去った。さぁ、帰ろう」

 皆の顔を見ながらリオンは言う。


 ガルド「結果オーライ!帰ろうぜ!」


「長い旅が終わったのね」セリーン。


「早くお風呂に入って柔らかいベッドで寝たい!」リズ。


「お腹が空いた〜!」とアリア。


 ふと、へその奥に違和感を感じたが気にならなかった。


 帰りはそう長くはかからないだろう。


 数多の魔物を討伐しながら進んできたのだ。


 さらに魔竜が死んだことにより、魔物の数も減っていくはずだ。


 世界は勝利した。


 長きに渡り世界を苦しめてきた魔竜を討伐したのだ。


 これで平和が訪れる。


 この偉業は後世まで語り継がれるだろう。


 崖上に上がってきた部隊、どうやっても切断できない竜王の首は諦め、勇者パーティーを安全に崖から降ろした。



 真の平和が訪れる。


 そのはずであった......


挿絵(By みてみん)




 第二章へ続く

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