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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『幕間/R.I.P!〜平和な休息日!〜』
32/38

その3

「どうよ? 美味いだろ?」


「うんうん、大言壮語じゃなかったみたいだね」


 2人は食べたケーキの感想を言いながらコーヒーを飲む。

 舌に突き刺すほどの強烈な苦味が口内に残る甘さの余韻をぶち壊していく。全てをひっくり返すようなこの感覚は他では味わえない。

 こんな面白味に満ちたコーヒーをサービスで出してくれる店は、この異世界だけではなく日本ですらそう無いだろう。なのに何故客が来ないのだろう。不思議だ。シオン分からない。


「あちっ」


 そんな他の客が一口啜るだけで顔を顰めるのに、対面のセラは熱さに舌をちょっと出すだけで、シオンと同じように平然と飲んでいる。もちろん砂糖などという文字通り『甘え』はマスターの意向で用意されていないのでブラックだ。

 カウンターあたりで何故かリペアルがすごい顔をしているが、特に変な事はやってないだろう。


「ふぅ……ごちそうさま。じゃあシオン、私そろそろ行くね?」


 コーヒーを飲み終わったセラは少し残念そうな顔で立ち上がる。


「おっと、もう行くのか?」


「うん。私の家、門限がねぇ……」


「ありゃー、そりゃ厳しいなぁ」


 シオンは出来ればこの楽しい時間をもう少しだけでも引き伸ばしたかったが、それは迷惑になると分かっていたから止めた。その感情は、最初に相席を断ろうとしてた時からは考えられるない。


「それじゃ、またね」


 帰ろうと踵を返したセラのポケットから何かが落ちた。その事を彼女は気づかないまま店を出ようとしていたため、急いでそれを拾う。


「セラー! 何か落とし————」


 ————ぱりん。


 慎重に扱っていた訳ではないが、別に特別に力を加えた訳ではない。だが、割れた。何らかの宝石と思われる石があっさりと割れた。

 それを理解した瞬間、全身の血の気が引いていく。膝がガクガクと震えるせいでまともに立って居られずしゃがみ込む。


「ん? あっ、それ……」


「ご、ごめっ……おれ、そんな、つもりじゃ……」


 終わった。こんな高そうな宝石を弁償できる金はない。だが何より、もう彼女との『また』が無くなってしまうのが苦しい。


「そんなに気にしなくて良いよ? 元は捨てるものだったしー」


「……や、でも」


「綺麗なアクセサリー探してたら、露店の人に世にも珍しい『スライムの宝玉』ですよー。って言われて買ったら、知り合いにそんなもの無いよって言われちゃってさー? もう捨てちゃおーってね?」


「だから本当に気にしないでね。というか逆に壊してくれてありがとー」と、セラは優しい笑顔でわざわざしゃがみ込んでシオンの手を取った。


「え、あ……ご、ごめん……ほんとに……」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫! リペさん、悪いけど掃除お願いね?」


 壊れた音に反応したリペアルが急いで箒を持って来て破片を掃除する。もちろんセラは何も言わない。だって最終的には捨てるものだったのだから。


「あっ、ちょっと切れてる」


 ゾンビであるため、軽い痛みには無頓着なシオンの手には先程の破片で切れたのだろうか、手のひらに小さな傷が出来ていた。


「だ、大丈夫……その……怪我とかは、慣れてるし……」


「駄目だよ? いくら慣れててもこのままにしてたら……うーん、ばい菌が入ってー、腕が腐ってー……取れちゃうかもよー?」


 シオンはセラに自分がゾンビであり事を話していない。気持ち悪がられたらどうしようかと恐れてのこと。

 だから、既にシオンの腕が取れる事を知らない彼女は言う事を聞かない子供を諭すが如く脅かすように言い含めた後で、ハンカチを取り出すと傷を塞ぐように巻き付ける。


「よし、ばっちり! それじゃあ、今度こそ私帰らないと」


「えっ、ちょっ、ちょっと待って!」


「そのハンカチは『また』次にここで会った時に返してくれればいいからねー」


 じゃあねと手を最後に軽く手を振ってから今度こそ彼女は店を後にする。カランコロンと小気味よいドアベルの音がやけに遠くに聞こえる気がした。


「シオンさん? 大丈夫ですか?」


「あ、えと、うん、多分……ごめん、リペさん……」


 リペアルに声を掛けられるまでぼーっと扉の方を見ていたシオンは、彼女に謝ってから席に戻る。セラが居なくなって寂しくなって席に。


「良いですよ。彼女……えーっと、セラさん? でしたっけ、も気にしてないみたいですし」


「……ねぇ、リペさん。セラって常連……?」


「今日が初めてのお客様ですよ」


 その言葉にシオンは溜息を溢す。常連じゃなければまた此処で会える確率は低い。このハンカチをどう返せばいいんだ、と。


「だから、あの超苦いサービスコーヒーを何事もないように飲み切った時はびっくりしちゃいましたよ」


 憂鬱な彼の耳にはリペアルのその言葉は届かなかった。


「……リペさん、おかんじょー」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 居た堪れなくなったシオンはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと会計を済ませて『ペルシカリア』を後にする。


 まだ夕刻で明るい時刻に『D & C』の本部に戻ったせいか、やっぱりリューナクとソフィアにどうしたのか聞かれたが、何と答えたかは覚えてない。ただただ借りたハンカチを丁寧に洗った事は覚えている。後はそのままソファに寝っ転がり、顔を埋めて死んだように眠った。


 ————これが失恋か。


 眠りに落ちる刹那にシオンの脳裏に浮かんだのはそんな言葉。その言葉を最後に、彼の意識は眠りという暗い闇の中に消えていった。どうか今日は夢を見ないように祈りながら。

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