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第十話 熊谷先輩とステータス

タイトル変えました。

今日は少し長めです。


「というわけでやってきました異世界、ルーデ・ルーリカ!」


 いや、どういうわけだ……!

 なんかアニメや漫画でちょくちょく見る感じの路面市場の一角。俺とユノは奇声を上げる元宮先輩を傍目に顔を見合わせていた。



 思い起こすのはほんの三十分前。


「河野君、ユノちゃん。今日出張ね?」


 という突然の社長の言葉とともに『ぬののふく』と呼びたくなる農民っぽさの溢れる麻のシャツとだぼだぼズボンに着替えさせられた俺達三人は、社長の書いた魔法陣からこの世界に跳ばされてきた。


「河野、クマタニが先に来てるはずだから探してくれ。たぶんそこら辺にいると思うから」


 クマタニ、というのは職場の先輩の熊谷さんのことだ。

 写真を見せてもらったことがあるが会ったことはない。大学生と言うには落ち着いた感じながら、風格ある姉御と言った風貌だったが……。


「え、『くまがい』さんじゃないんですか?」

「いや、あいつはクマタニなんだよ」

「それを『くまがい』って読むと思うんですけど。普通」

「クマタニはなぁ、クマタニだからクマタニなんだよ!」


 なんか、三段活用みたいに言われたが。


「訳が分かりませんよ」


 理論もくそもない返答で返されて妙な気持になりつつあたりを見回す俺。


「シンジ、私そのクマタニ……クマガイ? っていうひと、会ったことない。どういう人なの?」


 俺も会ったことはないんだが……。


「長い赤髪に身長高めの姐御って感じの人だったよ? 写真では……」

「写真って……、ああ! あの一瞬で描く絵?」


 ユノはだんだんと日本に慣れるためにいろいろ勉強中だが、どうにも理解がおかしいところがある。

 機械関係は特にそうだな。

 反面、オタク知識やサブカルへの理解力は恐ろしく高いのだが……。


「というか、あの人じゃないの?」


 と、あちこち首を回していたユノが何かを見つけたらしく声をあげる。


「どうだろう、そうじゃねえかな」


 見せてもらった写真では普通に日本人の衣装だったためわかりにくいが、ユノが指さした人物は確かにそれっぽい。

 貫頭衣の上から軽鎧をまとった彼女は、確かに日本人らしからぬ鮮やかな赤髪であった。


「先輩! 熊谷さんってあの人っすか?」

「ん、んが。そうそう」


 確認を取ってもらおうと振り向いた元宮先輩はなぜか片手に食べかけの焼き鳥の串を持って頬張っていた。左手には湯気を立てる肉まんのような物も見える。


「ア ン タ 遊 ん で た な ?」

「ゲンザブロウ、美味しいなら私にも一口頂戴!」

「アッハッハッハッハ。まあともかく。おーいクマタニーッ!」


 ユノと俺が恨めし気に睨むと、先輩は串の残りの肉を口に放り込むとユノが見つけた女性――よく見ると結構な美人さんである――に声をかける。


「なんだい。ああ、ゲンさんじゃないか! 随分早かったねえ……」

「こいつらの研修もあるからな、一時間ほど早めて社長に送り出されたのさ。あと、ゲンさんはやめろ。ジジ臭くてかなわん」


 先輩の声に振り向いた女性はこちらにゆっくりと歩きながら俺とユノの方へ視線を向ける。


「半分以上ジジイみたいなもんだろ、ゲンさんは。ところで、そっちの見慣れない二人は……、ああこないだ入社したって言う真司君とユノちゃんかい?」


「ああ。こき使ってくれて構わねぇ」

「そんなこと言うなよ、アタシが怖がられたらどうすんだい」


 よろしくね、と言いながら彼女は目を細めて俺たち二人を見て、それから先輩へと向き直った。姐御、というより親戚のお姉さんみたいだな。


「で、今回の依頼内容アタシまだ聞いてないんだけど?」


 その言葉に俺は首をかしげる。

 あれ、現地で待ってる社員がいると聞いてたからてっきり熊谷さんが知ってると思ってたんだが。


「あの、俺達も何も聞かされぬままに送られてきちゃったんですが」 


 俺が言った途端、元宮先輩が俺の頭をはたいた。


「バカヤロウ! これから聞きに行くんだよ」


 これから……?


「前さくっと説明したろうが。うちの『出張』は結構アレな内容の依頼が多いし、通信能力に差異がある場合もある。内容によっては高天原を通しにくいから現地で聞くことが多いって」


 そんなこと聞いたような、ないような。


「ゲンさん、『サクッと』程度の説明じゃ覚えてないのもしょうがないだろうよ」

「そういうもんかねぇ」

「俺は聞いてないっす、多分」

「私は聞いてないと思う。絶対に」


 君は昨日入社したばっかりだからね、仕方ないね。


「とりあえず、こっちの神界と連絡とらなきゃいけねえから神殿行くぞ!」


 無視して先輩は行こうとするが……。


「ちょっと待ちな」 


 と、熊谷さんが手で制した。


「アンタのステータス、《魔物》になってたりしないだろうね? アタシは大丈夫だけど、ちょっと確認しておいてくれ。場合によっちゃ隠密行動の邪魔になる」


 ん? いま、とっても男心をくすぐる言葉が聞こえた気がしたんだが……。

 俺はつい、興奮を隠せず思わず叫んでしまう。


「ステータス!?」

「急にどうしたの、シンジ?」


「ステータスゥッ!?」


「発作か何か?」


 珍しい、ユノがツッコミに回るなんて……。

 だがそんなことよりもっと大事なことがある!


 ステータスの存在。それは勇者として召喚された俺が欲してやまなかったもの。いやもちろん、オタクとして自分のステータスをいじってみたいとかそう言うのもあったが、それ以上に戦闘の利便性の観点からも欲しかったステータス!現実にはあり得ないような特化型にビルドして無双してみたかったステータス! 『魔法解析』とか言う便利スキルを与えられつつもだんだん自分が何の魔法を使えるのかとか、相手が使ってる魔法はどこからどこまでが同じでどこからどこまでが違うのかとか分からなくなって、そう言う問題を解決してくれるステータス! ああ! ステータス! 素晴らしきステータス!時にその情報で誰かを救い!或いは犯罪者を見抜き!様々な恩恵をわれらにもたらしてくれるステータス!おお、ステータス!


それがっ!


なんとっ!


この世界にはあるというのか!


「ちょっ! シンジ! ストップストップストォップ! リソース的な何かがアレだから一回ストップ!」


 ユノが何か言っているが、俺の耳には全く届かない。

 我ながら変態じみた動きでわさわさと、もといサワサワと熊谷さんへと近付くと情熱を隠さずに叫ぶように問うた。


「で! そ、そのステータスはどうやって開くのですかっ!」


 『魔術解析』のシステム上、見たことのない魔法についての知識を得ることはできない。今はそれが何より口惜しい。

「ち、近いね君……」 


 彼女は顔を赤くしてのけぞるが無視して近付く。

 常識? この一大事の前には気にするに値しない!


「早く! 早く!」

「お、『オープン・ザ・ステータス』と唱えればいい」

「了解!」


 レッツ!


「オォゥプン! ザッ! ステェータァスッ!」

「張り切りすぎだろ、君……」


 そう言うドン引きをされるのも無理はないかも知れない。

 だが俺はこの興奮をどうしたって抑えようがないのだ。目の前に広がった魔力の光の眩しさに目を一瞬背け、すぐさま戻すとそこに俺の夢見たステータスバーが広がっていた。




 シンジ・コウノ 種族:人間 男 19歳

身長 176cm 体重 62kg

視力 右 0.8 左 1.1

血圧 143/67 脈拍 71 

赤血球数 483万

コレステロール値 213mg/dl

ZTT 13 AST 14 ALT 31 ALT 171

平均骨密度 87%

体脂肪率 8%

…………g

…………%

………長cm




「って、なんじゃこりゃぁああ!」


 ん? と首をかしげるほかの面々をよそに俺の叫びは止まらない。


「期待してたもんと違う! これじゃあただの健康診断じゃねえか!」


 この世界の神は覗き魔か何かか!

 慟哭する俺。というか、今日の仕事に対するモチベーションがすでに尽きそう。

 

 早退、していいっすか?


 午後休とか、申請できたり、しない?


 地面に手を付いて血涙を流していると、どうしたのだろうかと不思議そうに顔を見合わせている女子二人とは別に、元宮先輩が顔をそらして肩を震わせているのが見えた。


 何かしやがったな……。


「アンタの仕業かぁあ! ド畜生が!」


 うずくまった姿勢から思いっきり地面を腕で押して体を跳ね上げ、空高く跳躍した俺の膝蹴りを先輩は難なく避ける。この狸、幻術で画面いじりやがったな。


「大人しく蹴られろぉお!」

「嫌だね、ハッハッハ!」

「何のいやがらせだぁっ!」

「でも、数値は全部事実だぜ?」

「いつ測ったぁっ!」

「ひ・み・つ♪」


 うぜえ、オッサンじみた外見のヤローがしていい仕草じゃねえだろ、それ。

 ただただ苛立たしい。


「だぁらっしゃぁあああっ! #$%&!」 


 言葉にならない雄たけびをあげた俺は体内の魔力を開放し、本気の肉体強化魔法をかけると、猛然と先輩を追いかけ始めた。先輩は逃げ始めた。


「元気だねえ、アンタら」

「バカなだけだと私は思う」




「ぜえぜえ、はあはあ」


 十分ぐらい走り回って、体力が尽きた俺のところになんて事のない様子の元宮先輩が寄ってきて


「大丈夫? お疲れだねえ。これでも飲むかい?」


 とそこらの売店で買ったのであろう、小さな木のコップに入ったジュースを差し出してくる。


「ぜえはあ、アンタのっ、はあ、せいだろう、がっ!」


 極限まで近づかせてから、回し蹴りを放つもするりと躱される。


「おいおい、僕ごとき捕まえられないとは元勇者サマも落ちたもんだねぇ」

「はぁ、うるさいッ、ぜぇ、俺はそもそも魔法メインなんですよ!」

「じゃあ、その魔法分野の幻術で普通に騙された気分は?」

「ああ、もう!」


 もう一発拳を振るってみるが、彼はひょいと小さく横にジャンプしただけだった。

 つーかなんでアンタはそんなに余裕綽々なんだよ?

 疑念を込めた視線を向けながらコップを受け取れば


「ちなみに僕は途中から幻術に代わって走ってもらってたから、特に疲れてもなければ喉も乾いてないんだけどネ」


 オノレェエ。今までおちょくられたことは数あれどこのクラスは久々である。

 割と本気で殺意を抱いた。とはいえ、今は殴りかかるだけの元気も残ってないので大人しくもらったジュースを飲む。


「あ、河野。それ幻術かけてあるだけでただの葉っぱだから♪」

「#$%&!!!」


 渇きと、疲れとその他諸々とともにぶちぎれた俺は、音にもならない声を発しながらクソ狸を追いかける。


 ぶっ殺してやる!


「おうおう、第二ラウンドか。頑張れよぉ、河野!」

「真司君ガッツあるねえ……。あのゲンさんのおちょくりに真っ向から立ち向かうなんて」

「やっぱり、馬鹿なだけだと思う」


 んでさらに十分。

 渇きとか疲れとかで、半ばゾンビと化した俺は倒れ伏していた。

 この十分間は割とマジで魔術使って先輩の化かし(・・・)を無効化していたのでさすがの先輩も疲れ果てた様子で横たわっている。


「アンタら馬鹿かい? 仕事する前に体力使い果たすなんてどうかしてるよ、まったく」

「馬鹿だと思う、と私は最初から注意していたのに……。真司のばーか、ばーか」


 と、俺達二人の上から声とともに大量の水が降り注ぐ。

 どうやら魔法ではなく、近くの家の人に頼んで井戸水を組んでくれたらしい。地下水特有のそこはかとない金属の匂いを肌に感じた。


「じゃ、真司君とゲンさんはステータス確認して。種族欄と称号欄に変なのついてると、門番さんにはじかれる可能性あるから。ユノちゃんは……、変な能力とか持ってない?」


「私は普通の巫女だから、検問とかで引っかかることはないと思うよ?」

「なら、確認しなくていいか。男組だけ、ちゃちゃっと確認しな!」


 と、熊谷さんの言葉で俺たちはそれぞれのステータスを確認する。




 シンジ・コウノ 人族 男性 十八歳

体力:96 筋力:102 魔力:872

知力:231 精神力:176 器用:132

 スキル:

  《魔法解析》、《魔力操作》、《全属性魔法》、《魔法干渉》

称号:

  《魔王殺し》《竜殺し》《死神殺し》《神殺し》《魔物の殺戮者》《鬼殺し》《革命家》………etc



 レベルなんかの概念がないのがちょっとイメージと違ったが、これでも十分ファンタジー!

 俺にとっては嬉しいかぎりである。つか、妙に称号が多いんだが……。軒並みいたボスキャラをバンバン狩ったせいかな?


「真司君は……、一応聞いとくけど称号欄に犯罪歴とかないよね? 人殺しとか」

「あの、暴君とか汚職貴族とか何人か殺っちゃってますけど……」

「ああ、その手のは大丈夫。理不尽に一般市民相手に強盗したり、戦場でもないのに虐殺とかしてると引っかかるけど。それ以外は基本特筆されないはずだから」


「あ、それはないっすけど……。《神殺し》と《革命家》って……」

「アウトだろうね。その二つはゲンさんに幻術かけて隠蔽してもらっといて」

「隠蔽って……」

「神殿が《神殺し》持ってる人間入れるわけはないし、まともな国家なら《革命家》を入れるのは嫌がるはずだよ。うちの会社の仕事をするなら、それぐらいの汚さは気にしない方がいいさね」

「了解です。それで、問題なのは先輩のステータスなんじゃないでしたっけ?」

「そうだった。そうだった」


 忘れる前にとみんなで先輩のステータスを見せてもらう。




ゲンザブロウ・モトミヤ 人族 男性 二十歳

体力:100 筋力:100 魔力:100

知力:100 精神力:100 器用:100

 スキル:

  《変化》、《幻術》、《結界術》

 称号: 




「あれ、先輩って狸が人間に化けているんでしたよね。違いましたっけ?」


 まさかと思って聞いてみたが先輩は首を振った。


「多分、狸の『化かし』の対象にステータスも入ってたんだろうな……」


 へ、どういう事っすか? 良く判らず、首を傾げていると当の元宮先輩が補足してくれた。


「狸が人間に化ける、って言うのは幻術とは違って触れたり、ものを食べたり、怪我をしたり出来るようになる。まあ、この表現も厳密には違うんだけど。物理法則とか、そういったもの含めて『人になっている』『人に見せかけている』状態なんだよ。だから多分、ステータスの魔法も『人間』と判断したんじゃないかな?」


 確かに彼の姿が幻ならば俺は彼に触れることはできない。それに言われてみればであるが、こないだのゴディタニナの時に『幻術で服装を変える』のは失礼になったのに『人の姿に化けた状態で会う』のが失礼に当たらないのは術の性質が幻術とは違うからだったのか。


「ひょっとすると、それだからステータスが全部100なのかな?」


 横から口を挟んだのは熊谷さんだ。どういうことかと説明を聞いてみると


「この世界のステータスはね、100を人類の平均としているのさ」


 とのこと。要するに狸の化かしの術を誤認したステータスの魔法がとりあえずデフォルトの値としての100を表示している、と言うことらしい。


 同様に、称号欄が何も書かれていないのも『普通の人間は二つ名なんて持っていない』かららしい。自覚はあったが、俺は普通じゃないのか。


 ステータスにロマンを感じるいち少年としては工業製品のスペック表記のように機械的に表される雑なステータス魔法に少しぶー垂れたい気分だった。

感想などもらえると幸いです。

次回更新日は土曜日です。

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