第十一話 苦労人女神とオーバーワーク
「申し訳ございません!」
この世界の神殿に着いた俺たちはあらかじめ受け取っていた謁見状を門番さんに見せ、事情を知っている高位の司祭らしき人物に奥まで通してもらって、さっそくこの世界の神々と交信を行った、のだが。
「誠に申し訳ございません!」
神殿の奥にある泉から実体ある姿で顕現したその女神は、なぜか土下座していた。
足をしっかり折り曲げ、三つ指付いた綺麗な土下座である。
「(え、シンジ。私たち今何を見せられてるの? この女神は……、とりあえず踏めばいいの?)」
「(何が起きてるかは、わからん。女神様は踏んじゃだめだ)」
白亜の小さな泉から霊体ではなく美しい(顔が見えないので、だろうとしか言えないが)姿をのぞかせた女神様の土下座を見せられること数秒。
「ど、どうか、頭を上げてくださいアテナ様。私共なぞに頭を下げられては他のお方々に示しが付きませぬ」
やや狼狽しながらもいつも通り丁寧な仕事口調を作った元宮先輩が声をかけた。
「(シンジ、シンジ。なんかゲンザブロウが病気みたいだけど、大丈夫なの? アレ)」
「(落ち着け、ユノ。俺もアレはキモいと思ってるが、大丈夫だ。多分)」
「(雛見沢な症候群とかじゃないよね?)」
「(何でお前がそれを知ってるのかはわからないが、多分それは違うやつ)」
普段とのギャップある何とも言えない不気味さに俺とユノがひそひそ声で話していると、
「ちょっとアンタら、神前なんだからもう少し静かにしなさいな」
熊谷さんに怒られた。すみません。
「あ、いえいえ。こちらこそたくさんでいらしてくださったのにお構いもできず、ごめんなさい」
と、声を発したのは頭を上げた女神様である。凛々しい顔立ちに透き通るような銀髪。うん、美神だ。そして、腰がすっごい低い。
「名乗り遅れました。この世界ルーデ・ルーリカを含め、十七の世界と天界で工芸と戦争の神をさせてもらっております。アテナと申します」
その、やたらへこへこした挨拶に愕然としていると俺たちを代表して元宮先輩が一歩前に出て挨拶を返す。
「これはこれはご丁寧に。こちらは『藍崎企画』の熊谷、河野、ユノと私元宮の四名。ご依頼の件お伺いに参りました」
二人そろって丁寧が過ぎてやや気持ち悪い挨拶タイムが終わり次第、俺は少しばかり気になっていたことを聞いた。
「アテナ様、と言うことは……。ギリシャ神話の方ですか?」
「ギリシャ……。ああ。『藍崎企画』の方は『地球』出身でしたね。ええ。私は確かに地球の方でも少しばかりお仕事を頂いております」
やっぱ同一人物か。ラノベやゲームでしか知らなかった存在がこうして目の前にいると思うとなんか感慨深いな。芸能人見たような気分だ、いや失礼か。
「(ラノベや漫画で時々聞く名前だよね、確かに)」
さっき熊谷さんに叱られたからか、ユノは念話の術を使ってきた。
「(まぁな)」
「(ギリシャ神話ではだいぶバーサーカー系の神だった気がするんだけど……)」
「(言うな)」
確かに微妙な気分になるけども。きっとこの二千年ちょっとで何かあったんだよ。
俺達がこそこそしている間にも先輩は交渉を進める。
「それで、アテナ様。今回のご依頼というのはどういったご用件なのでしょうか?」
「え、ええ。それなのですが……」
と、元宮先輩が聞いた途端どうにも気まずそうな顔になる女神。
「……って、欲しいのです」
「へ、何とおっしゃいましたか?」
「誠に申し訳ないのですが、召喚された勇者様に帰ってほしいのです!!」
うわぁ……。
めんどくさいの来たなぁ……。
俺が入社してから早数カ月、まだ一度も来たことがないながらも、もっとも厄介であるためにマニュアルにでかでかと書かれていた要注意依頼。それが召喚勇者のクーリングオフ、である。
「それは、意味が分かってておっしゃっているのですよね?」
俺と同じく、嫌な気分になったのだろう。一拍置いた先輩ははっきりとアテナ様の目を見ながら言う。
「はい。分かっているつもりです」
それを見返すアテナ様の目にははっきりとした決意が宿っていた。
「ですが、このまま彼を放っておいては彼は新たな『世界の脅威』になりかねません。彼の気性はあまりにも勇者に不向きですし、彼を召喚した女神が与えた能力も少々問題がありまして……」
どうやら、件の勇者というのはアテネ様が召喚したわけではないらしい。
「私の独断ではありますが、彼を放置するのはこの世界のためにならないと考えているのです」
「であれば、我々としても覚悟を決めますが、こちらの世界の神々の方とは……」
「私が話をつけます」
「よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそどうかよろしくお願いいたします」
先輩とアテナ様が細かい話をし始めてしまったので何することもなしにぼーっとつっ立ってると疑問顔のユノを連れてきた熊谷さんがこれから起こるであろうこと――マニュアルに書いてあったようなことを説明してくれた。
こないだゴディタニナが来た時のおさらいになるが……。
地球には良質な魔力が充満しつつも、神々がそれを独占した結果として、地球人は魔法文明を見出さなかった。しかし、地球全体に強い魔力が充満しているおかげで魔力自体に対する耐性・適正がそこそこ存在する。
地球の落ちぶれた神々をスカウトしそこなった一部の異世界の神がそのことを利用し、次善策ながら優秀な人材を引き入れるために用いた手段、それが『異世界召喚』或いは『異世界転移』である。
その方法は至極簡単。適性があるが魔力・魔法の技術共々持っていない地球人の有り余るリソースに魔力と術式を突っ込めば、アラアラ不思議とスーパーマンの出来上がり、となるわけだ。
しかし一方での問題、それが勇者の技術力と精神性である。
「どういう事、クマタニ?」
「ゲンさんの真似はやめてくれ、ユノちゃん。アタシには晃って名前があるんだ」
「じゃあ、アキラ。勇者の技術面と精神面での問題ってのは、なんなのさ?」
まず、人材として必要としている以上長いこと働いてもらわねば困る。なので『召喚』の対象者は若者である。しかし、そうしてしまうと人生経験も少なく精神的にも幼いものが召喚されてしまうことが時折起こる。
「そうなると、今回みたいに『勇者を連れ帰ってほしい』って依頼が来るんだけどねぇ……」
「何が問題なの?」
「まあ、問題点はいろいろあるんだけどね。一つ目は彼らの戦闘能力なんだよ」
召喚された人間の戦闘能力。彼らはいわゆる『チート』を授かった人間なのでべらぼうに戦闘能力が高い。というか、大体の場合彼らを召喚した人間なり神なりが『戦闘能力』メインで必要としているから概ね倒す難易度が高い。
「まぁでも、ウチの連中は全体的に戦闘能力高めだから、倒すだけなら真司君やゲンさんなら余裕でできるんだけどね。彼らを連れ帰った後に、その能力をそのままにして放り出すわけにはいかない。けど、殺処分するのはメンツ的にも、倫理的にもまずい。だから、能力を封印する必要があるんだが、それが難しい」
武器やなんかなら没収すれば済む話だが、魔術というのは基本的には脳味噌で覚えるものであり、記憶を消したりしなければ魔法関係の技術は概ね封印できない。
メンツ的な事情があるので『召喚された』という意味での被害者である彼らの記憶を消すのはいろいろまずいし、脳科学的な理由でピンポイントに一部の記憶を消す、なんてことはできない。
「で、今は日本国内・高天原内部でのメンツの話が出たけど、それとは別に異世界同士の面子っていう問題もある」
神々が直接的に統治しているわけではないとは言え、それぞれの神に対してそれぞれの世界の民がいる訳である。
「必要だからって半強制的に連れてった人間を、いきなり『やっぱいらない』って突き返されたらそりゃあ外交問題になるよね」
というか、それ以前に立派な拉致案件である。
『返す』と言うことは連れてったことを認めるのと同義なので、『うちの世界の人間が勝手にやりました』とかいう言い訳は言えなくなるわけである。
「なら、地球側が黙っていればいいじゃないか。という話だけど、怒らなかったら怒らなかったで地球側の神々が他の世界から舐められることになるし、事務的にであれ地球側としては遺憾の意を表さずにはいられない」
だいぶヤクザ的な交渉ではあるが最悪の事態として『異世界同士での戦争』が発生しかねない以上、こういったケジメはしっかりとつけなくてはいけない。
当然ながら、それに伴う賠償や謝罪、書類手続き、人事異動、場合によっては一部の神を永久追放するなんて事態も発生する。
「んで、さらに言えば。『異世界から人が帰ってきた』と言うことに対する人間側の対応のためにあっちこっちの部署に仕事が発生する」
神々のことを知らない人々には失踪事件として釈明する必要があるし、事と次第によっては『実在しない拉致犯罪者のでっち上げ→事情を知っている部署を介した被害者家族への賠償金支払い』とか、異世界から人を連れて来てしまったりした場合の戸籍修正、帰還者が問題を起こさないかの監視等々。
「人間側の機関だけでも億単位での出費が発生することがありえる。神々側での出費や仕事は当然それ以上。割と大規模に影響の出る上に、依頼された側がそれらの根回しをしないといけない依頼なのよ」
で、その全部の根回しと帰還予定者への対応がうちにまとめて押し付けられた、と。
仕事内容のあらましを熊谷さんが説明し終えたところでユノが口を開いた。
「え、それだけの仕事完遂できるの? 二ホンにいるシオン含めても五人しかいないのに?」
無茶だと思う。
その認識を共有した俺とユノと熊谷さんの三人は静かに目を閉じため息をついた。
「「「………………はぁ」」」
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次回更新日は月曜日の予定です。




