村長の家
昔の神話とかで住んでるところを追われた人々が神の導きで安住の地を見つけるみたいなのがあった気がするけど、この世界の人たちは現実に地球からこの世界に導かれたわけだ。
それがどのくらい昔なのかはわからないけど、今も人々には信じられているといったことなのだろう。まあそりゃいくらヘルパーが自分は神ではないと言っても、神様だと思ってしまうよなあ。それともこの世界で神様と思われてるのを知ってるから、あんなに自分は神ではないとこだわって強調してたのかも。
それはともかく、僕がヘルパーに会ったなんてことがばれたらいくら神の使いではないと言っても信じてもらえないだろう。だからヘルパーのことは秘密にして、旅の途中で死にそうになったら知らないうちにこの近くにいた。そして癒し手の力も知らないうちに使えるようになっていたということにしておこう。
午後はペーターとの異世界語教室の続きをしてから村長の家に行った。昨日は気を失ってしまった成り行き上ペーターとマリーさんの家で泊まったけれど、今日はさすがにまずいだろうと思って。
「今日も泊まっていけばいいのに。」
ペーターは気軽に言うが、そうもいかない。
『そうもいかないよ。』
村長は家の前で待っていたので、ペーターとはそこで別れた。
「お待ちしておりました。」
村長にはマリーさん経由で泊まりのお願いをしてあった。夕食も用意してくれるということだったので、ご馳走になることにした。
村長の家は広くて余裕があるのか、案内された部屋を僕専用に使っていいそうだ。リュックは部屋に置かせてもらい、中身を少し整理した。忘れていたが替えの下着が入っていた。1泊のキャンプなので一応着替えを入れておいたのだった。
風呂も入れるということだったので、着替えの下着とタオルを持って風呂に向かった。五右衛門風呂というのか、木の浴槽だけども底の一部が金属になっていて、その下で火を炊くようになっていた。石鹸は無かったが、お湯で身体を洗ってだいぶさっぱりとして部屋に戻った。
食事まではまだ間があるとのことだったので、これまでのことを記録に残すことにした。自分は神ではないと主張するヘルパーによってこの世界に来てからのことを思い出しながら手帳に書いていった。普段は日記など書かないけど、少し変わった体験をしたので忘れないうちに書いておこうと思ったのだ。
食事は部屋で食べた。旅館とかであるような台のついたお膳に乗せられた料理は、どちらかというと和食風だった。麦のような穀物を煮たおかゆとご飯の中間的なものや、野菜の入った汁物、それから焼いた魚や煮物みたいなおかずもあった。
料理を持ってきてくれたのは、年配の村長の奥さんらしき女性で、さっき覚えたこちらの言葉をさっそく使って礼を言っておく。
「どうもありがとう。」
しかし心話を使わなくても驚かせてしまったようで、頭を下げるとそそくさと部屋を出て行った。
「家のものが失礼をして申し訳ありません。」
村長があやまってきた。
『いえ、こちらこそ驚かせてしまったようで。』
あいさつ程度しかまだ話せないので心話に切り替える。
村長の前にもお膳が置いてあるので、いっしょに食事をするようだ。他の家族がいないのは気を使われたのか、さっきの様子からすると少し怖がられているのかも。
「どうぞ召し上がりください。」
すすめられるままに食べ始めた。箸はなく、スプーンとフォークが用意されていた。フォークの先は4本に分かれていてこれはもとの世界のと同じだが、切り込みは少なめで半分くらいまでしかなかった。これは加工のしやすさなどからか。材質はフォークとスプーンのどちらも木製だった。スプーンは丸というよりは長方形の角がとれたくらいの形状。
料理の味は素朴な塩味といったところか。汁物の椀は持ち上げていいものか迷ったが、村長が持ち上げていたので真似をした。
『味付けの塩は、どこかからか買われているのですか?』
と食事に関連した話題をふってみる。岩塩は雨の多い地方だと取れないだろうし、海の方に住んでいる人がいるのかとか塩の精製技術はあるのかといったことを探る意図も少しはある。
「村でまとめてふもとの町から仕入れています。」
なるほど、この村以外にも町はあって人は住んでいるのか。
「それはそうと、御使い様はどこかに行かれるおつもりなのでしょうか。」
それなのだ。この世界に来たのも何か目的があったわけではなく、選択の余地の無い2択の結果としてなので何をするというのも別にないわけだ。とりあえず食べ物は手から出せるので、生きていくだけならしばらくは何とかなるとしても、住む場所や仕事というかこの世界の人たちに受け入れられるような何かをする必要はあるだとう。
『実は旅の途中で倒れて、気がついたらこの村の近くにいたので、今すぐに何をするのかというのは決めておりません。それから私は御使いではありません。イーサーと呼んで下さい。』
「それではイーサー様、よろしければしばらくこの村に滞在ください。」
村長はそう言って頭を下げた。
僕は明確に肯定も否定もしないでとりあえず、今晩は世話になることをお願いした。
その後はとくに話もしないで食事をした。焼き魚はフォークとスプーンでは食べにくそうだし、どうやって食べるんだろうと思っていたら、刺された串を手で持って食べればいいようだった。
食後はお茶というか、色はついていないが少し苦味と香りのするさっぱりとした飲み物をだされたのでいただいた。
寝るまでの間はさっきの続きの日記のような物を書いた。日記のような物というのはつまり、この文章のことだ。