表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/512

因果の糸

このお話の前に、3話分あります。まずはそちらを。

 風呂場から自室へと戻ってきた。うっかり長風呂しすぎた訳だが、ユーディのおかげで肩もほぐれイイ感じだ。

 ユーディの足の揉みほぐしも丁寧にやった。短時間のヒールだったとはいえ、普段とは違う筋肉の使い方をしたのだから、ケアは旦那としてきっちりと手を抜かずにしてあげた。


 で、今俺とユーディはベッド脇に並んで座り、それに向かい合うように置いた椅子にフィエルザがちまっと座っている。そのフィエルザはタオルを体に巻いた状態で、半ば心ここにあらずだ。


「さて、フィエルザ。まずは生み出した親として謝罪させてくれ」

「へ?」

「すまなかった」


 そのまま、深く深く頭を下げた。


「正直、こうして対面していることに驚いている。まさか幼心に描いた竜が、別の世界に落ちて、意志を持って生きていることに対して」

「あー、べつにいいわよー。あたしが生まれたのって、割と偶然でしょ?別に怒ってないし。知らなかったんだからしょうがないって。あたし的にはこっちで手に入れたものが多すぎるし。あのまま向こうにいても、不自由なままだったし」

「……そうか」


 許された。錘をつけたような精神が、少し軽くなった気がした。

 改めて、フィエルザと向き合う。パッチリしたツリ目が、じっと俺を見ていた。


「おとーさん、結局両親と仲直りはしたの?」

「するわけねぇだろあのクソども相手に」


 即答だった。俺がかつて親と呼んでいた存在と、和解できるはずがなかった。


「え、ナ、ナナにぃ?」


「こちとら餓死する寸前だったんだぞ?毎食毎食俺の分だけ用意もねぇ。俺の箸も茶碗も捨てられた。冷蔵庫にも米びつにも、鎖と鍵でガチガチだ。生き残るために山ん中に寝床を確保して、餓死したくねぇから小遣い全部とジローがくれた全財産で野菜育てて、育つまでもやし買って生で食う毎日だった。給食は毎食毎食床にぶちまけられて踏み潰されて、全く食えねぇ。どいつもこいつも俺が私がと率先してぶちまけて踏み潰しやがる。何ヶ月も何ヶ月も何ヶ月も!!!何より……奴ら二人は三太郎の命が消えるその瞬間ですら───!!!」

「ごめん、おとーさん。もう、いいよ……」


 ふぅ、と、一息。


 ああ、声に出してわかった。俺は、あの男に謝ってほしいと思っていた。

 それは許すきっかけとかそういうのじゃあなくて、精神をどん底に落とし、プライドを砕き、徹底してズタボロのゴミ雑巾に……要は再起不能にしたかったからだ。


「ナナにぃは……パパとママが、嫌いだったの?」

「……俺はあの二人から生まれたことを恥じた。自分の身にあいつらの血が流れていることを呪った。あいつらが付けた自分の名を呪った。自分の全てを呪った。だから俺は死んだ時に名を捨てた。クソみたいな呪いから解放されたと、そう思ったよ」

「……ごめん。この前、あんなこといっちゃって……ナナにぃのきもち、全然考えないで……」


 ああ、ユーディが産んだ親と育ての親に感謝してるって話か?


「別にユーディの御両親まで否定するつもりはない。世の中の親がみんなそんなだったなら、ネグレクトも虐待もないまともな世の中になってただろうなって思うさ」


 ほんと、テレビで虐待死やネグレクトのニュースを見るたび、それらを題材にした漫画を見るたびに思う。お前ら餓鬼以下のクソ虫だ、と。その度に、俺はそんなクソ虫には絶対にならない、と思ったものだ。


「……結婚式後の夜に言うことじゃないな、すまない」


 今度はユーディに深く頭を下げた。誰だって、好き好んでこんなことを聞きたがるやつはいない。それも、よりによってこの日に。


「いいよ。……ナナにぃがそう思ってるなら、子供できても、大丈夫。ちゃんと育てられるよ?だってナナにぃ、優しいから」


「……そうだとい──」

「え、結婚式?」


 俺の言葉はフィエルザによって遮られた。


「ん、私と」

「俺のな」

「…………ごめん、おとーさん、今おとーさんとその子って、いくつ?っていうか、死んだってどういうこと?」


 そこからか。ま、そりゃそうか。俺もユーディも、現状が年齢詐欺だからな。


「今はナナクサと名乗っている。歳はトータルで30……ああ、こっちの暦じゃあ、あと数ヶ月で31か。肉体的には18歳相当らしい」

「ん、ユーディリア。ユーディって呼ばれてる。ナナにぃのお嫁さん。今18歳」

「……はい?」




 ここからおよそ30分かけて、俺がこの次元の果のゴミ箱に落ちた経緯を話した。




 フィエルザの口はポカーンと空いたまま。ようやっと口が閉じたと思えば、出てきたのは深い深い溜息だった。


「あたしが生まれるくらいだからおとーさんには何かあると思ってたけど、聖杯的なアレだったのね、ナットク」


 と、フィエルザは自らの出自を解釈し、納得していた。


「ぅ?じゃあ、昔会ったナナにぃは?」

「原因不明のタイムトリップ。……まあ、あれのおかげで、ユーディへの気持ちを確認できたわけだけどな」

「それじゃあ、私とナナにぃ、どっちが先に好きになったの?」


 実際タイムパラドックスなんだよなぁ、これ。俺がユーディを助けることが、いや、根本の事件、あの天界のプリン事件そのものが、最初から歴史に織り込み済みってことになる。時間軸的に、既にその時点で俺に助けられたユーディが存在しているのだから、それは間違いない。


「む?ちょっと待てよ……じゃあこの今の状況は、一体何年前に、どの時点で確定したんだ?」


 背筋が薄ら寒い。別に湯冷めしたとかそういう事じゃあない。別世界で起きたことが、この世界で帰結する……?ありえなくないか?因果律が次元を跨いでいるなんて……。箱の中に閉じ込められた猫が、箱から出ないで外の餌皿の飯を平らげたっていうくらいに奇妙だ。


「……フィエルザ、君の歳は?」

「向こうで4年、こっちで18年で22歳。ちなみに竜帝で2番目に若いです!ピッチピチの竜帝よ!!」


 俺がフィエルザを描いたのが8歳の頃で、つまり12の時には既に消えていたのか。……うん、計算上こっちと向こうの時間の流れは同じのようだな。極端な乖離はない。


 ってことはだ、向こうで俺が死ぬ前の、24の時には既に俺とユーディの接触は決定していたことになる、か。


 24の時っつーと……うわ、前職場の失職(クビとんだ)年じゃねーか。……いや、それ関係あるのか?こうなるともう何が関係して何が無関係なのかまるでわからん。過去の物事すべてがグレーに見えてくる。


「ん……私は私の意思で、ナナにぃを好きになったんだよ?」

「それは俺も同じだ。誰かに指図されて人を好きになれるほど器用じゃあない」


 現実問題、なにかの手のひらで踊っているような気もしなくもないが、自分の心まで踊らされているとは微塵も思っていない。


「ナナにぃ……」

「ユーディ……」

「あーはいはい、ごちそうさまですよって」


 っと、いかん。逸れそうだ。修正修正……。


 あくまで、決定していたのはユーディを助けることだけ(・・・・・・・)だ。少なくともそれで歴史の帳尻は現段階で最低限合う。


 つまり、だ。何らかの存在が、ユーディを生かすために俺を過去に送り込んだということだ。……もしかすれば、天使のプリン事件すら手玉に取っていたのかもしれない。それが無ければそもそも俺が死ぬことは無かった。ならば間接的に俺を殺した黒幕が別にいるってことだ。


 そもそも、ロンゲが俺を転生・転移させること自体がおかしい。いくら持っている力が危険だからといって、拉致られて逃げる過程で何人も殺した奴を、仮にも一神教大御所のあの神が俺のような男を転生させるだろうか?普通にブッダとかスサノオとか出てきて共同で処分にかかるような案件じゃないのか?


 ……6年前にユーディを助けることが既に決定しているならば、ロンゲはそのためのレールを何者かに無自覚で走らされたということになる。

 思えば俺が放り込まれたあの森の開けた場所周りには、生前の俺の部屋のものがいくつも散らばっていた。柴犬ブランケット、リュック、ボールペン束、飲みかけのペットボトル、ガチエロ同人誌や医学書やレシピ本が収められた本棚。最後を除けば生存率を上げる物資が揃っていると言っても過言ではない。


 生き残るための物資が、能力が揃いすぎていた。今思えばボールペンだって立派な武器だ。ばらして芯だけにすれば針のように突き刺せる暗器にもなるし、芯を抜いた本体は内部が空洞の堅く細い筒──心臓に突き刺せば一気に血を抜き取る凶器にもなり得る。


 加えてジローの存在だ。俺より後に死んだと思われるジローが、およそ370年も前のこの世界に降り立っている。あいつが残した生活に直結する遺産は極端に多い。俺・フィエルザのケースとは全く違う。


 俺はロンゲに、フィエルザは忘却によってここに降り立った。では、ジローは何が原因で?いやそもそも何歳で?


「ここまで来ると、何かやばいのが背後にいるようにしか思えないな……」


 要はロンゲを出し抜けるだけの神格を持つ奴が背後にいるってことだ。そんなの、元の世界じゃ八百万の頂点(アマテラス)くらいしか思いつかん。っていうか、そのレベルの神が自ら手を下さず裏で糸を引いているだけっていうのがキナくさい。

 そこまでして俺にユーディを助けさせたかったのか。いや、あるいはこれはまだ過程で、真の目的へ至る最中でしかないのか……?


 だが、今度はそこが矛盾する。

 ロンゲ曰く、この世界の神は尽くが喰われて存在しないという。つまり、神力持ちが今現在俺とユーディ以外に存在しないという事だ。

 ならよその世界の神が?いやいや、別次元(かんかつがい)の一個人を助ける為にここまで介入するとは考えにくい。というか、よりにもよって神々が管理したくない、いつ食われるかわかったもんじゃない世界にホイホイ来るとは思えん。


「だーーーめだ、わからん!!!」


 ぼふんと、背後に仰向けに倒れる。


「な、ナナにぃ、だいじょぶ?おっぱい揉む?」

「おちつけ、揉むけど」

「おとーさん……娘が居る前でやめて。色々持て余すからやめて」

「ナイスツッコミ。……ま、この件は棚上げだな」


 日本人の得意技、問題の棚上げ。褒められる事じゃあないが、今ある情報からこれ以上探ることはは出来そうにない。これ以上は根拠もなんもない、推測というより妄想の範囲になってしまう。

 ロンゲと接触できれば何かしら進展があるかもしれないが……まあ、無理だよなぁ……。もう関わらないと言っていたし。


「あ、話を変えるけど、ユーディさんの……いや、おかーさんって言うべき?」

「……自分より年上におかーさんって呼ばれるの、なんか複雑」


 そりゃそうだろうよ。それが普通の反応だ。バブみを感じるとかいう風潮がいろんな意味でアレなんだ。


「まあたしかにそれもそうかー……。あたしもクィランにそんなこと言われたら、キモくて氷漬けにしてるわ。じゃあとりあえず、ユーディさんで」

「ん。それで、何?」


 このへんで、おきあがりますかね、よっこらせっと。


「そのー、首輪は、何的な?ただのアクセサリー?」

「「愛の証」」

「……それはつまり、SとMのアレな?」

「肯定だ。毎晩……あの日以外は濃厚なアブノーマルプレイだな」

「ん。ナナにぃに全部委ねるの、好き」

「えーっと…………あたし、他のとこで寝ていい、かな?流石にお邪魔、だよね?」


 すまんな、と、手を合わせた。




フィエルザ視点


 2つ横の空き部屋に寝床を作ってもらったわけだけど……。


「覗かないなんて選択肢があると思いますか?いいや、ないねッ!!」


 というわけで、覗くわよ!SとMのアブノーマルな世界でも、入り込める余地があれば入り込む次第ですよ。おとーさんがSでユーディさんがM、つまり主導権はおとーさんいあるわけですからね。あきらめませんよ。フィエルザ、諦めませんの巻。


 というわけで、おとーさんとユーディさんの部屋の前にやってきたのだった、が……。


「あれ?」


 扉が何故か(・・・)少しだけ空いていた。


 これは、どういうこと?式の夜でやらないわけがないわけで、ちょっと開いているってことは……。


「乱入歓迎?」


 いや、おちつけあたし。事は慎重に。急いでは事をなんとやら。とりあえず、様子を見てみましょうか。


「っっ!!」


 そっと覗いて絶句した。


 椅子に座った全裸のおとーさんが、拘束衣(ハーネス)を着せられたユーディさんを後ろ手に黒革の枷で拘束して、両足も同じ枷をつけて鎖でつないで……。

 おとーさんの手には首輪から伸びる鎖が握られている。ユーディさんはおとーさんの股に顔を埋めさせられていた。顔には黒革の目隠しと開口マスクをつけられていて、表情はわからない。


「んっ、んふっ、んちゅ、んちゅ……」


 白い肌に食い込む黒革が、重く光る鎖が、響く水音があたしの前の部屋を淫靡な空間に仕立て上げていた。前後に動く頭を、おとーさんは優しくなでる。何度も何度も。撫でるたびに、ユーディさんの尻尾が嬉しそうにパタパタ動いている。まるで嫌がっていない。むしろ喜んでる。


「んむっ、んちゅ、んじゅっ……」

「うん、いい子だ」


 そこから先は目が離せなかった。

 肉と肉がぶつかり合う音。

 チャプチャプと掻き回される音。

 それに混ざる嬌声。

 胸の先を貫く鋭い針と滴る赤い血。

 ガクガク震える小さな体。

 付けられる指輪と同じ輝きのリング。

 そしてさらに針で貫かれるお股の……。




 何時間経ったのか。片手で数えられないくらいお互いに絶頂して、最後は2人、裸で左手を絡めて眠りに就いた。その間、おとーさんは覗いているこっちを一瞥もしないで、ずっとユーディさんだけを見ていた。

 あたしといえば、あまりにも倒錯的なそれに目を奪われて、乱入するどころか、自分でシてしまう始末。

 まさか、目の前であんなところにピアスを、それも3箇所も付けるなんて……。それを開口マスク越しに、おねだりするなんて……。


 部屋の出来事はあたしの予想と理解をはるかに超えていた。それはあたしが思っている以上に、2人が深く深くつながっているってことの証明だ。


 こっそりと部屋に入り込んでベッドの上の一糸まとわぬ裸のふたりを見ると、揃って幸せそうな寝顔をしていた。


「…………」


 ぎゅっと絡み合う左手で輝く指輪が、月の光を浴びて青く神秘的に輝いている。


 あたしから見て、この2人の愛は(いびつ)だ。だけど、だけで愛を語るのとは違う、相互に絶対の信頼と愛情がある。


 それはおとーさんがユーディさんを一度もぞんざいに扱わなかった事、ユーディさんが嫌がらず、リズミカルに、淫靡にしっぽを揺らしていたことからわかる。あれが一番お互いの本能をさらけ出せる愛し方なんだろう。


「割って入れないなぁ、流石にこれは……」


 たぶんだけど、おとーさんはあたしが覗きに来るのを──いや、乱入するつもりでいることを見抜いていた。だからあえて少しだけ開けて、覗かせたんだ。



 あたしが引き返せるように。



 お風呂場にいた時から、あたしの意図に感づいていたんだと思う。

 はぁ……あんなにショタ可愛かったおとーさんがドS調教師になるなんて。


 そっと、ドアの隙間から廊下に退散。

 愛し方は人それぞれだし、それはあたしがとやかく言える事じゃない。


「諦めきれないけど、諦めますか……」


 諦めざるを得ないってやつね。あたしにもいい人いればなぁ……。

 んー……丁度いい機会だし、ここでのんびり探してみようかな。ま、寿命の条件厳しいし、気長にやりましょうか。……ノーマルな性癖で、ひとつ。

 そうゆるーく心に決めて、あたしは寝床に戻るのでありました、まる。


お読み頂きありがとうございました。九月の花嫁、終幕です。……これくらいのエロさは大丈夫でしょうかね?ちょっとビクビクしております。あかんかったら即修正しますん。


 ……んで、ですね。2週ほど少々仕事が立て込みそうなのです。ナンで次回新編は大体2週間後くらいになると思います、はい。そういう事情で一気に書き上げた次第です。2週間以内に次話が来たらラッキー程度に思ってお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ