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噂の店

復活っっっ!!!!

「はー……」


 人狼族の男が、荷馬車の御者台で手綱片手に力なく息を吐き出す。手綱を握っていないもう片手には、小さく厚みのある長方形のカードが握られている。そのカードには朱の判が押されており、こう記されていた。



甘味処ホワイトシュガー

ケーキ1個半額チケット



「ケーキ、ねぇ……」


 この人狼族の男の名はムゾー。自分の店を持ち、いい嫁を見つけて、子供に囲まれて……と、行商人にしてはごくごく普通の夢を持つ……もうすぐ30になろうという男だ。


 商売人が世帯を持つ場合、いずれかの街に根を下ろさなければ難しい。開店資金もさる事ながら、仕入れのためのその地での人脈、そして自身に商才がなければ、利益を出し続ける事は出来ないのだ。


 似たような夢を持つ行商人はそれなりに居るが、夢半ばで諦める者も多い。大成する者も、首を括る者も、総じてどこかで大きな賭けに出なければならない。リスクをどれだけ減らせし、リターンをどれだけ増やせるか──商売人の手腕とは、突き詰めればそういうものである。


 ムゾーの場合、普通の人脈と、普通の商才──商売人に必要な能力が、極々平凡にしかなかった。そんな事は本人がよくわかっていた。わかっていなければ今頃借金まみれで鉱山行き──いや、命すら既にすりつぶして存在していない。


 そんな平凡オブ平凡のムゾーが、何の因果か、この半額チケットを手に入れることとなった。


「うまい、のか?」


 ある者は語る。天に昇るような甘さだったと。

 またある者は語る。あの店は有料の理想郷だったと。

 そしてまたある者は語る。革命が起きた、と。


 そんなケーキという存在の噂をエディッセレク領パルマンテ商会支部で耳にする。しかしそこは平凡のムゾー。全く興味が湧かなかった。──古い馴染みの同業者と、その話題になるまでは。



「ウルラントまで行くんだったら行ってみろ。俺はしばらく行けねぇからコイツもくれてやる。これで昔の借りはチャラな」



 と、押し付け半分でよこしてきたのが、ムゾーの手の中のチケットだ。当の本人はその同業者への貸し自体忘れていたため儲け物だと思った。


「ウルラントまで順当に行けばあと5日、か」


 チケットを仕舞い込み、収穫期の麦畑を横切っていく。


 マンマール領──否、現グノマニョム領名物、黄金の麦畑を望む『黄金麦の街道』をさらに南下し、モチョネーモ領を経て街道を西へ。そして数日かけて踏破し、魔王直轄領が中心、魔都ウルラントへ。


 ウルラントで仕入れるものは多種多様だ。コルヌクヌス産の金属・硝子製品、レバンシュット産の干物、ノーチェスタン・リューリンゲル産の塩、ボクテスの狸皮製品にトウモロコシ。それに加えて、メルジェーフェナの乾燥果物と、本命たるウルラント産の紙と白砂糖。


 特に砂糖の需要はどの領でも極めて高いが、性質上水に弱く、重い。荷馬車と防水布の両方を備えていない行商人にとっては、博打でしかない商材だ。背負うには重すぎるし、袋が破けて地面にぶちまければ大損。少しでも雨に降られれば湿気って重くなり、度が過ぎれば溶けて流れてしまう。


 荷馬車と防水布の両方備えている彼にとって博打ではなくなったのがついぞ先日の話だ。各地での砂糖特需。店なし根無し草の行商人たちに訪れた、黄金の風。乗るしかないビックウェーブ。しかし砂糖が無限にあるわけがなく、流通分は奪い合いに等しい。


 仮に砂糖を入手できなくとも、その他の商品を満載すれば十分に利益を出せる。むしろ砂糖にかまける同業者が増えた為、その他の品の取引値が総じて上がっていた。つまり損をしない。仕入れれば仕入れるだけ儲かるボーナスタイム。冬を目前に──既に冬に入った領も存在するが、各地を結ぶ街道は熱く脈動していた。




*



「こんなものか」


 ムゾーはウルラント西通りにてめぼしい物を買い集め、荷馬車に積み込んでいく。砂糖の入手は叶わなかったが、それでもこれらをエディッセレク領まで運べば、十分すぎる利益になる。


(さて、出発は明日にするとして……行ってみるか)


 宿に荷馬車を預け、東通りの目的地へと迷うことなく進む。東門から入った際に場所は確認済みだ。

 白塗り木造二階建ての建物に、小さな黒竜と銀竜が描かれた看板。上部にベルが取り付けられた真っ白なドアには、開店中と描かれた銀竜のプレートがぶら下がっている。仄かに漂う甘い匂いが心地よい。


 おおよその客が捌けたのか、最初目に付いた時のような長蛇の列はない。通り沿いの窓からふと中を覗くと、席は半数程度埋まっているようだった。夕食時には早すぎる時間帯、小腹を収める程度にしておこうと、ムゾーは決めておく。


 ドアを引くと、カランカランとベルが鳴り響いた。


「「「いらっしゃいませー」」」


 一歩踏み出すと、ホールを回るウェイトレス達からの声。それに、天井からの光。


(明るいな……あれが光源か?)


 天井近くにふわふわと浮かぶ光るモノ。それが等間隔に浮かんでいる。


 ムゾーがその正体を思案していると、一人のウェイトレスがやってくる。銀色の髪を靡かせる、透明な鳥の羽のような角を生やした女性だ。

 黒地のワンピースとエプロンの装いは、いつか領主の館で見たメイドのそれに近い。違いがあるとすれば、生地の質が段違いに高いことと、エプロンの隅に看板にあった銀竜と同じ刺繍が施されていること。そしてエプロンにピンで付けられたネームプレート。プレートには『フィエルザ』と書かれていた。


「1名様ですか?」

「あ、ああ」

「んーっと……窓際の席にどうぞ!」


 ウェイトレスの案内で、窓際席につく。


 汚れのない真っ白なテーブルクロス。ガラスの花瓶には黄色い花が添えられている。


「こちらメニューになります!お決まりになりましたらお呼びください」


 そう言ってメニュを手渡し、ウェイトレスは厨房らしき方へと回っていった。


(……正直に言おう、その髪の美しさに目を奪われた。まさかあんな髪の持ち主がいるとは……。しかし、彼女はいかな種族なのだろうか?)


 空いた席の皿を下げている白髪のウェイトレスは、よくよく見れば額に青色の宝石があった。彼女は希少なカーバンクル族なのだろう。エプロンには、彼女らの祖と言われる白い体毛の『小さき宝石獣』が刺繍されていた。


 接客中の空色の髪のウェイトレスは、額に黒色の宝石と、少し場違いな空気を醸し出す首輪、髪と同じ色の短めのワンピースとエプロンを身に纏っている。彼女もカーバンクル族なのだろう。エプロンに白髪の彼女と同じ刺繍がされていたが、宝石獣の色は黒色だった。


 銀髪の彼女がそうそう見ない種族だということはわかる。いや、わかるのはそれだけだった。


(いかんいかん。本来の目的を忘れてどうする!?)


 気を取り直して、閉じられたメニューを開き、目を通す。


 一番上にケーキと銘打たれ、シフォンケーキ、ショートケーキ、抹茶ショート、チョコレートショート、ミルクレープと並び、それらの横に説明が添えられている。


 次のページには、焼き菓子(お持ちかえり可)と銘打たれ、クッキー、チョコチップクッキー、紅茶クッキー(茶葉はヒミツ)、ミルクチュロッキー、シュークリーム……と書かれ、同様に説明が添えられている。


 さらに次のページをめくると、飴(お持ち帰りのみ・1袋100g入り)と書かれ、その下にはフルーツキャンディー、ミルクキャンディーと、2種類だけ書かれている。


(予想外に多いな……)


 とんでもなく種類が多い。そのあたりの酒場のメニューの倍以上はある。

 恐ろしいのは、メニューのページにはまだまだ空白が目立つ点。この空白が、さらにメニューを増やせることを示準している。その事実に、ムゾーは恐怖に近いものを感じ、ブルリと背をふるわせた。


(さて、どうしたものか……む?)


 メニュー裏を見ると、飲み物の一覧が記載されていた。


 水、紅茶、ミルク、緑茶……ん?


「んん゛!?」


 目の錯覚か?一番上に記載された水の値段が……。


(無料……だと!?)


 横にはおかわり自由、キンキンに冷えています。持ち出し禁止。と、書かれていた。


(一体何処に水をタダで出す店がある!?)


 と、喉から出かかったところで、なんとか飲み込む。


(……そういえば、喉が渇いたな。ケーキの前に一杯もらって喉を潤すか。タダとなると、質には期待しないほうがよさそうだ)


「すまない、注文を!」

「はーい!伺いますー!!」




 注文後、銀髪のウェイトレスがムノーの前に出してきたのは、コースターと空っぽのグラス。汚れはおろか、水滴一つ付いていない、美しいグラスだ。

「……俺は水を頼んだんだが?」

「今お出しします」


 どこから、と、思うまもなく、一瞬でグラスが水で満たされた。


(なっ!?こ、これは……!?)


 グラス側面には、徐々に水滴が出来つつある。小さな水滴が集まり、たらりと伝ってコースターに染み込んでいく。


「それではー」


 唖然とするムノーをよそに、ウェイトレスは引っ込んでいく。


(あのなりで術士……か。そういえばウルラントにはとんでもない術士がいるときたが、まさか彼女が?……いや、とりあえず飲もう……ッ!?)


 グラスを手に持った瞬間、驚きのあまり落としそうになるも、なんとかこらえる。冷たかったのだ。氷と水の境界線を思わせるほど、キンキンに冷えていた。


 高鳴る心臓を押さえ、喉に流し込む口につけて流し込む。この上なく冷え切った水が、乾いた喉を潤して腹に落ちていく。口を離さず、息を継がず、そのままぐっと飲み干した。

 

(とんでもないな……泥臭さとかがまるでない……。これが術士が生み出す水……すばらしいな。よし、もう一ぱ……まてまてまてまて!俺は何のためにここに来たんだ!?ケーキを食べるためだろう!?)


 忘れかけた目的を思い出し、再びメニューを手に取り、最初のページを上から順に見ていく。シフォンケーキは大銅貨2枚と、ケーキの中では最も安価だ。シンプルな生地の甘さを楽しみたい方へ、と添えられている。


(平時ならシフォンだろうが……これに半額チケットを使用するのはいかがなものか……)


 と、ショートケーキの横の説明が目に付く。



 ケーキの王道!迷ったらこれ!



(大銅7……か。やはり高い……。大銅3足せば酒場で肉と酒とパンが食える。だが……)


 メニューから目を外し、周囲を見渡す。目に映る皆が、至福の顔でフォークを口に運んでいる。ゆっくりと、一口一口を味わうように。終わりが来ないことを願っているようにすら見える。


(幸いチケットがある。リスクは最小だ。少なくとも腹に収まるのだから無駄にはならないだろう。それに、あの水が飲み放題というだけで、払う価値は十分すぎる)


 よし、と決めて、ムゾーは注文を決めた。……水のおかわりも、忘れずに。




「それでは、ごゆっくりどうぞー」


 ムゾーの目の前に置かれた、真っ白な皿の上のショートケーキと呼ばれるもの。

 美しく切り取られた断面からは黄色い柔らかそうなふわふわしているモノと真っ白なものが交互に挟まり、白いものの中には切られたイチゴもいくらか入っている。

 上部と横の1面だけが真っ白なもので覆われており、その上にイチゴが一粒そのまま乗っている。


(この大きさで大銅7なのか!?……まあ、頼んでしまった以上、仕方ないか)


 銀のフォークを手に、とりあえずまるまるのいちごを横にどける。乗っている白いものにフォークを立て───


(むっ、これは、柔らかい?いや、そんな次元ではない!?手応えが軽すぎる……まるで霧か雲のようだ……!!)


 立てずにそのまま横に掬うようにして乗せ、恐る恐る口に運ぶ。


(んんっっ!!!なんとっっ!!!)


 ムゾーの舌いっぱいに広がる、未だかつて経験したことのない上品な甘さと、溶けるような柔らかな舌触りが、後悔の念を押し流していく。


(こんな、こんなものがっ!!この世に生まれ落ちていたとは!!)


 白いく甘いモノの下の、黄色く柔らかそうなものにフォークを立て、これも口に運ぶ。


(むっこれも……この白いものほどではないが、また別の甘さが……!あれが霧か雲ならば、こちらは羽毛か、はたまた……!そうか!!この甘味、この生地の色、コケトリスの卵か!!だが、何をどうすればこんな!?)


 口の中でふわふわと踊る、柔らかな歯ごたえのそれを、十二分に舌で堪能し、惜しむように飲み込む。


(白と黄色、わざわざこう重ねるということはつまり……)


 ムゾーは生地とクリーム、両方を一度に口に運び、また感動する。


(なんということだ……コケトリスが……空を飛んでいる……)


 美味しさのあまり、ムゾーの脳はおかしなことになっていた。尻尾の蛇以外、ニワトリと大差ないコケトリスは空を飛ばない。いや、飛べない。蛇切除済みの養殖であろうと天然であろうとそれは変わらない。世界の真理だ。だが、ムゾーの脳内では確かに、コケトリスが大空へと羽ばたいていた。


(すばらしい、すばらしいっ……んんっっ!!!?)


 ムゾーの口の中に、意図せず紛れ込んだ、カットされ挟まったイチゴの味が広がっていく。


(い、イチゴの酸味が、甘くとろける口内を引き締め、さらに混ざり合って別の甘さを……!!そ、そうか……これが、理想郷。これが、革命……!!)


 ムゾーの手と口と舌は止まらない。止められない。終ってしまうのが惜しい、悲しい。しかし、手が止まらない以上必ず終わりは来る。終わりたくない。しかし手は止められない。なんたるジレンマ。なんたるワガママ。

 それを許すほど、世界はケーキのように甘くはない。気が付けばムゾーの皿は僅かにクリームがこびりつくのみ。


 そのクリームすら惜しく思い、皿を手に取って舐めたいとすら思ってしまう。が、周囲に誰もいないならいざ知らず、不特定多数の人がいる今この場でそんなことはできなかった。


 商売は買い手と売り手がいなければ成立しない。周りのお客さんが自分の顧客になるかもしれない──そう思うことで、なんとか舐めたい衝動を抑え込み、冷えた水で口内を洗い流す。残った余韻が一掃され、ケーキを食べる前のさっぱりとしたコンディションに戻った。


(…………どう、する?いや、愚問だな。心は既に決まっている。次はもっと綺麗に食べればいい!)


 この日、ムゾーは2皿目のショートケーキを、さらに持ち帰りでクッキーと飴を2種類10枚ずつ頼んだ。それなりの額になったが、悔いはなかった。むしろ、今日まで金を稼ぎ続けた自分を褒め称えた。その結果、この素晴らしい味に出会うことができたのだから。




 勘定の際、銀髪のウェイトレスから妙なものを手渡された。

 横長の手のひらに収まる硬い紙の片面に、看板にもあった黒竜と銀竜が描かれ、もう片面には正方形のマス目に番号が振られていた。


「こちらスタンプカードになります。お会計大銅貨5枚でスタンプ1個、最初のチェックポイント以降はスタンプ10ごとに素敵──んー、多分素敵な特典がもらえます!」

「多分?」

「最初の5個目の特典は歯ブラシですから。あたし的には特製キャンディーとかがいいって思うんですけど、おとーさ──店長の方針なんですよ。歯を大事にって。ほっとくと虫歯になって、抜かなくちゃならなくなりますからね」




(ふむ……歯ブラシを仕入れるのは有り、か?)


 と、思いつつ、宿に戻ってからクッキー・キャンディーをそれぞれ1つずつ口にすると、気づいたときにはなぜか袋の中身が空っぽになっていた。無意識に、時間を忘れて全て平らげてしまったのでだ。思いのほか自分が誘惑に弱いことを認識させられた。




 翌日の出発前に再度クッキーと飴を購入し、スタンプ5個の特典である歯ブラシを受け取ってウルラントを後にしたが──


(……果たして、3日、いや、2日持つか?)


 ──彼の頭の中は、荷台に積み込まれている甘味の誘惑との戦いでいっぱいだ。彼が持ち帰りで購入した飴のおかげで、後の嫁と親しくなるキッカケになるとは、この時微塵も思っていなかった。




 後日、彼は同業者にこう語っている。


「あそこは楽園だ。金さえあれば娼館でヌくより遥かに有意義な時間を過ごせる。あそこ以上に有意義な金の使い方があるとすれば……なんだろうな、俺にはわからない。ただ、ウルラントに店を構えるのはやめたほうがいい。下手をすれば儲けを根こそぎ、際限なしに甘味に使ってしまいそうで怖いからな」


 などと言いつつも、もし店を構えられるならばウルラント以外にはないと、真逆の事を思うムゾーだった。


お読み頂きありがとうございました。

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