スカイチェイス
ルチアナ視点
「ちょ、まちなさ……!」
わたくしが言い終わる前に、二人は空高くに駆け昇っていった。あっというまに、豆粒のような大きさになってしまった。
リムリスは涙目どころか、もう涙でくちゃくちゃ。あれは脅しではなく、本気でやる眼でしたわ。いえ、むしろあの男は、拷問に精通していると考えるべき。わたくし達が想像もしないような、凄惨な拷問を見て、して、やってきたに違いありませんわ!
「と、とにかく、追いますわよ!!」
「うぅ……」
後を追うように、わたくし達は全速力で翔け上っていく。ほぼ垂直に空を登るのはこれがはじめて。速度も限界ギリギリまで上げましたわ。不本意ながら『赤き暴れ馬』と揶揄されたわたくしでも、ここまでのスピードを出したことはありませんわ。風圧がきつく、体温も、まるで氷の衣を纏っているかのように奪われていきます。
「リムリス、大丈夫?」
「寒いですっ……!」
「……短時間でつかまえるしかありませんわね。少しの間、辛抱なさい」
「はぃ」
さらに[星の箒]に注ぎ込む魔力を増やし、速度を上げる。けれども一向に距離が縮まらない。こちらの速度に合わせて向こうも加速しているようにしか思えませんわ。そんな距離感のまま、目の前の二人はそのまま雲の中につっこんだ。
「まずいですわね……」
もし雲の中で大きく回り込まれて後ろを取られれば、雲から出た瞬間、後ろにつかれてしまう。けれど雲を避けて大きく迂回した場合、大きく後手に回ってしまう。距離が開きすぎれば見失い、追う側から追われる側に立場が一変してしまう。つまり最善策は───
「さらに速度を上げて突っ切るしかないというの!?」
まだ魔力はもつ。けれどわたくし達の体が持つかはわからない。この高さで気を失ってしまえば、確実に死んでしまう。
……でも、それはあの二人も同じでは?
特にあの男の方は裸同然。この速度でどれだけ体温を奪われているか……。とすれば、今不利なのは、実はまやかし?
…………違う!自分からこんなに早く不利になるような条件を提示してくるはずがありませんわ。たぶん、何かで体温を保護している。……あ!
「リムリス!!わたくし達を[エアシールド]で覆って!!」
「はい、ネエさま!!風の精霊よ!翠の竜帝よ!我らに風の守護を!![エアシールド]!!」
リムリスがわたくしたちをもろともエアシールドで覆うと、これまでの強烈な風圧が消えた。
--------------------
エアシールド
干渉系中位風魔法。
対象の周囲を空気の防御膜で覆い、風に属するダメージを打ち消す。
打ち消すたびに魔力を追加消費する。
--------------------
「いいですわよ!炎の精霊よ、紅の竜帝よ!我らに炎の守護を!![パイロシールド]!!」
そこに[パイロシールド]を重ねがけることで、冷え切った体が温まっていく。
--------------------
パイロシールド
干渉系中位火魔法。
対象の体を熱の膜で覆い、冷気に対する耐性を得る。
--------------------
これならいけますわ……!!
「このまま雲を突き抜けて追いますわよ!!!」
そしてわたくし達は全速力で雲に突っ込んだ。
ナナクサ視点
くぁー……雲の中ってのはまるで視界が効かねぇな。真っ白だ。
「ユーディ!もっときつく締め付けろ!!」
「んぅ!これくらい!?」
ぎゅっと苦しいくらいに首周り、腰が締め付けられた。背中からユーディの体温が伝わる。そして、布一枚隔てた柔らかい控えめなふくらみが背に密着した。
「いい柔らかさだ!!」
「……おっきくないよ?」
流石に気づかれたか。
「関係ない!ユーディのっていうのが重要なんだよ!!」
「もう……」
そんなアホなやり取りをしている間に、雲を突き抜け、真っ白だった視界は一気に開ける。
「わぁ……!」
雲海に沈む陽が雲を黄金に染め、この世の光景とは思えない幻想的な景色を生み出していた。
「キレイ……」
「おお、絶景かな絶景かな」
富士山から拝む初日の出とは別のベクトルの、神々しさすら感じる絶景だ。これほどの絶景、生前ですら拝むことは叶わなかった。キッカケをつくったあの姉妹には、ちょいとだけ感謝してもいいかもしれない。
と、下を見れば下方から姉妹が雲を抜け追い上げてくる。俺達同様、この景色に目を奪われているようだった。ゆっくり陽が雲海へと沈むまでを眺めていたいところだが、今はゲェムの途中だ。
「しばらく雲の上を飛ぶぞ」
「んっ!」
両腕を背中のユーディの背に回し、がっちりと繋いで黄金の雲海すれすれを高速飛行した。
こう、雲を巻き上げながら飛行しているとスーパーサ○ヤ人にでもなったような気がしてくる。まあ、実際かめはめ○とか元○玉とか、まがい物だけどできるしなぁ。ほら、[スパークリングノヴァ]ってデカイ元○玉みたいじゃんよ。……この年になって、子供の頃の憧れというか夢的なものを実現できるとは。
「怖くないか?」
「なんか楽しい!!」
「ほう、このスピードの楽しさが解るか!!」
ちょっと驚きだ。このスピードの楽しさを共有できるのは素直に嬉しく思う。以前ハヤブサに乗ってウルラントへ向かったときは目の風圧対策をしてなかったからまるで景色が見えなかったし、余裕すらなかった。っていうか前すら見えていなかった。
学生時代は変速なしのママチャリでアホ程速度出して乗り回したものだ。唯の移動手段でしかなかったが、こげばこぐ程に速くなる──それに魅了されてからしばらくして、サドルを盗まれたんだっけな……。未だに何の目的があってヤローの尻を敷いたサドルを盗んだのか、謎は解けていない。
しかし、やるなあの姉妹。今の速度は時速160km前後は出ているはずだ。風圧も体温消耗も半端ないはず……いや、そのへん俺達同様に対策はしてるんだろうな。でなきゃあ……こんなところまで来れるはずがない。さらにスピードを上げる必要がある──そう思うと口元が自然とにやけてくる……!
「くは、テンション上がってきたぜぇぇぇぇ!!!」
さらに加速し、直線的飛行から横にズレ、降下から急上昇、旋回と、絶叫マシン顔負けの軌道で飛んでのける。
「どうだ、ユーディ!!」
「すごい、ナナにぃ!!こんなの初めて!!」
これでもまだまだ余裕なあたり、少し怖くも思う。この速度はおそらくこっちの世界では前人未到の領域だ。それを純粋に楽しめるのは、肝が据わっているとかそういう次元ではない。まあ、何ら問題はない。二人揃ってこの高速飛行を楽しめる、ただそれだけだ。
「さらに速度上げるぞ!!」
「ん!!もっともっと早く!!」
その時、密着したユーディと俺の体を、何かが循環しているように感じた。そして俺達はさらに加速した。
ルチアナ視点
「な、なんでまだ速度を上げられるんですの!?」
注ぎ込む魔力はもういっぱいいっぱいなのに……。それ以前に怖くないんですの!?わたくしもう漏らしそう……。今の時点で人が出せる、いえ、生き物が出せる速度の限界に近いはずですわ!?何なんですの一体!?
「ネ、ネェさま……まさかあの人は……神様?」
神……アオビトの天光教団があがめる偽りの神ではない、遥か昔、何処かへと消えたこの世界の本来の神々の一柱……それがあの男、いえ、あの二人だというの!?けど、そうでなければこの命知らずの速度を出せるはずが……。仮に神でなかたっとしたら……まさか……復活した魔王!?
「あああもおおお!!!」
頭の中がいっぱいいっぱいになって、考えるのをやめた。もうやけくそだった。
ただ何も考えずに放棄に魔力を注ぎ、ただ速度を出すことだけ考えた。余計なことを考えれば、追い付けるはずがない。集中しないと勝てない!負ければ拷問される!
そう思ったとき、眼前の彼らは降下し、雲海に潜った。わたくし達も後を追うように雲海へと突っ込み、降下していきました。
ナナクサ視点
「ヒャッハー!!」
「ひゃっはー!!」
雲海を猛スピードで降下していく。雲の中、ろくに先の見えないそれは、さながら安全装置がぶっ壊れたジェットコースターのようなものだ。まともな精神なら間違いなくチビる。
だが今の俺達は、そのイカれた速度に魅了されていた。脳内から大量のアドレナリンが分泌されているのか、恐怖心が微塵もない。間違いなくタガが外れていた。
雲を抜けると、海の水面がぐんぐんと迫る。微弱な[エアロブラスト]による風圧を駆使して水面への入射角を調整してなめらかに曲がり、山のような水飛沫を上げる。海岸に向かって海を割くように水飛沫を上げながらスレスレを飛び続ける。流石にあの姉妹は水面に激突するだろうと思っていたが、俺達の軌跡をなぞる様に、きっちりついてきた。
「やるねぇやるねぇ!!」
まさかここまでついてくるとは思わなんだ。
「ナナにぃ!もうすぐ海岸!!」
……と、そうか、もうすぐ終わりか。まだ少し余裕はあるが、海で目いっぱい遊んだ後だ。さすがにこれ以上は明日どうなるかわからん。いくら[アンチグラビティ]の燃費を向上させたとはいえ、熱中しすぎて配分を間違えれば終わりだ。
それに、最初の仕置きには十分なっただろう。ついてきているとはいえ、もはや、満身創痍でいっぱいいっぱいのはず。
「ここらで終わりにするか」
砂浜に突っ込む寸前で速度を殺し、ふわりと砂を巻き上げながら風船のように浮かぶ。
「な!?そんな急に!?」
俺達を追っていた姉妹は速度を殺しきることができず、そのまま海岸に突っ込み、さらに大量の砂を巻き上げて降らせた。砂まみれで目を回している姉妹の尻に軽くひと蹴りずつぶち込む。
「そっちの勝利条件は、俺らに触ること。で、俺らの勝利条件は、お前らの後ろから一撃入れること、だぜ?」
キッチリ後ろを取って、一撃ずつ入れさせてもらった。これにて勝利条件達成。
「う、うぅ……」
「はひょー……」
……だめだこりゃ、目ェ回してるわ。
「ナナにぃ!また飛びたい!!」
そう俺に言うユーディは満面の笑みだった。
「タフだなぁ……。もちろんだ、また飛ぼう。何度でも何度でも」
ユーディが日本に生まれていたなら、間違いなくジェットコースター狂になっていただろう。遊園地の開園から閉園まで、延々と乗り続けるような……。
その後、俺は目を回し伸びる砂まみれの姉妹を引きずるように、ユーディは箒を回収し、野次馬の視線にさらされながら宿へと戻った。いずれまた、あの黄金の雲海へ行こう……。
お読みいただきありがとうございました。少し筆の速度が上がった気がします。




