第二十二話 映したもの
あっという間に遠ざかっていく車両。闇に消えていくそれを見送ったジーンは満足げにうなずくと、後ろへ振り返った。するとそこには、それぞれ銃と杖を構えたメリルとサレナの姿があった。
「動かないで! これ以上動いたら撃ちますわよ!」
「手を上げてください!」
引き金に指をかけるメリルと、杖の先端に魔力を集めるサレナ。二人の額からは汗が滴り、身体がわずかに震えていた。しかし、その表情は本気だ。ジーンが不穏な動きを見せれば、たちまち二人の銃弾と魔法が彼の身体を穿つだろう。
「やれるものならやってみなさい。どうせ無駄ですから」
ジーンはそういうと胸ポケットから赤い葉を取り出した。彼はそれを口に含むと、さあやれとばかりに手招きをする。
「これでも冒険者の端くれ、あまり舐めないでくださいまし!」
「そうです、鏡を渡すわけにはいきません!」
放たれた銃弾と魔法。鉛弾と白光がそれぞれ左腕と右足を狙ってジーンへと殺到する。彼の服を魔法と銃弾が引き裂き、弾けた血が紅い花を咲かせるかと思われた瞬間。確かにそこにあったはずのジーンの身体が霞の如く消えた。二つの軌道はむなしく車外の闇へと消えていく。
「グアッ!」
「ウウッ!」
ジーンの姿が消えたと思った途端、サレナとメリルの背中を強烈な衝撃が襲った。二人が前に倒れながらも身体をひねり後ろを振り向くと、そこにはジーンが立っている。彼は左右同時に肘を突き出していた。まさに一瞬。瞬きするより短いほどの間に、ジーンはサレナ達をすり抜け、二人に肘鉄を打ちこんだのだ。
「だから言ったでしょう? 無駄だって」
「は、速い……!」
「くッ……!」
メリルは再び銃を構えると、続けざまに発砲した。乾いた銃声が響くたびにジーンの姿が霞み、右へ左へと点滅するかのごとく移動する。銃弾はすべて宙を切り、かすりもしない。
そうしているうちに彼はメリルの部屋の前へとたどり着き、ドアを開けた。そして部屋の中央へと進むと、テーブルに置かれていた箱を脇に抱える。彼はここでポケットから鼠色の葉を取り出すと、手ですりつぶしてペースト状にした。それを箱についている金属製の錠へと刷り込む。
たちまち錠前から煙が上がり始めた。葉のペーストが錠前の金属を溶かし始めたのだ。頑強なはずの魔法金属がたちまちのうちに穴だらけとなっていく。こうしてある程度破壊したところで、ジーンは一気に箱をこじ開けた。
「これが覇邪の鏡……素晴らしいですなあ」
箱から出てきたのは装飾のほとんどない、粗末にさえ思える鏡だった。縁は青錆の浮いた銀製で、持ちやすいように耳の様な部分が付いている。鏡面は黒光りしているが、あまり周囲の物を良く映さない。出来がいい悪いで言えば、悪いに分類されるような鏡だ。
しかし、怪しい魅力のある鏡だった。見ているだけで鏡の向こうの闇へと吸い込まれそうな気分がしてくる。呪文とともに魂を吸い込むと言われても、何ら不思議はない。むしろ、呪文を唱えなくとも魂を吸われてしまうようだった。
ジーンは鏡を小脇に抱えると、部屋の扉に手をかけた。しかし次の瞬間――。
「バーストショット!!」
「千風槍!!」
炎と風がジーンの肉体を飲み込んだ。二つの攻撃の相乗効果により壮絶な爆発が発生し、鼓膜が吹き飛ばされるような爆音が轟く。襲ってきた衝撃によって列車全体が大きく揺さぶられ、危うく脱線しそうになった。サレナとメリルは壁によりかかり、どうにか倒れるそうになるのを凌ぐ。
「やった……!」
「倒せたようですわね」
もうもうと立ち込める煙。爆風で車内は大荒れ、壁には大穴があいている。たとえどれだけ速く動けたとしても、さすがに今の攻撃は回避できなかっただろう。サレナとメリルはほっと一息つく。すると煙の中に黒い人影が見えてきた。
「……ふう。今のは結構いい攻撃でしたよ」
「……!」
「なッ……!」
ジーンは煤だらけになってはいたが、傷一つ負ってはいなかった。サレナとメリルは顔を蒼白にし、全身をそばだたせる。
――勝てない!
二人の心をにわかに絶望感が埋め尽くした。今のが二人に出せる最大の攻撃、これを喰らっても平気となると彼女たちに打つ手はなかったのだ。ゆっくり接近してくるジーン相手に二人は後ずさりすることしかできない。
「さて、そろそろ時間ですかな」
ジーンは窓の外へと視線を投げた。すると地平線の果てからこちらへ向かってくる黒い影が見える。影はだんだんと大きくなり、その姿がはっきりとしてきた。飛行船だ。砲台がいくつも突き出した円筒形の飛行船が、この列車へ向かって接近してくる。
「それでは行きますか。……おや?」
轟々と何か唸るような音が響いてきた。ジーンは飛行船の方を向くが、その音ではない。風の音かとも思ったが、草原はほぼ無風の状態だ。
まさか――!
ジーンは後ろを振り向いた。すると遥か線路のかなたからこちらへ接近してくる光がある。それは客車だった。さきほど切り離したはずの客車が、猛烈な炎を吹き出しながらこちらへすっ飛んでくる。
「ジーーーーンッッ!!!!」
◇ ◇ ◇
「アルニアさん、もっと魔法の出力を上げて!」
「駄目、ほとんど限界よ!」
アルニアさんの手からはロケット噴射よろしく炎が噴き出していた。轟々と音を響かせながら噴き出すこれの反動が、この客車の推進力だ。アルニアさんは手にかかる猛烈な炎の圧力と熱を堪えながら魔法を維持し続ける。
連結部品の破壊により客車が切り離されて、すでに五分ほどが経った。ジーンの実力がどれほどかは分からないが、サレナとメリルさんではあまり長くは持たせられないだろう。加えて、不穏な爆発音も響いてきている。急がねば、手遅れになってしまう!
「ジーーーーンッッ!!!!」
俺の叫びに呼応するかのように、車両の速度がわずかながら上がった。小さくしか見えなかった前方車両が急速に大きくなってくる。やがて両者の距離は五メートルほどになり、サレナやメリルさん、さらにはジーンの姿までもがはっきりと見えてくる。
「だあッ!」
助走をつけると、俺は一気に前方の車両へと飛び移った。アルニアさんもライヘンさんをその肩に背負うと、俺の後に続いて飛び移ってくる。
「おかえりなさい。でも、少し遅かったですな」
ジーンはニヤッと笑い、余裕綽々と言った表情をしていた。その偉ぶった態度、今すぐ崩してやらァ――!
俺は身体強化を足にかけ、ジーンめがけて飛び出した。しかしここで、ジーンが背後から何かを取り出す。黒光りするそれは――鏡だった。
「危ないッ!」
「伏せて!」
サレナとメリルさんの絶叫が響く。アルニアさんはとっさに杖を構えたが、魔力の収束が間に合わない。俺の中で走馬灯のごとくゆっくりとした時間が流れ始めた。その間に俺は姿勢を低くして鏡から逃れようとするが、間に合わない。俺はジーンに近づきすぎていた。姿勢を下げたところで、鏡の射程からは逃れられないほどに。鏡全体が俺の身体で埋め尽くされているような状態だったのだ。
クソッ、万事休すか……! 緩慢な時間の中で俺は二度目の死を覚悟した。全身が血の気を失い、心が凍てつくのがわかる。
「魂喰らい!!」
直後、鏡から放たれた白光が俺の視界を埋め尽くしていく。さながら太陽を直接見たようだ。視力を失った眼を抱え、俺はその場に力なく倒れ込む。
しかし、それから何も起きない。俺はいまだに震えが止まらない身体を起こすと、恐る恐る目を開いてみた。すると――
「サレナアアァ!!!!」
俺をかばうようにして倒れるサレナの姿が、目に飛び込んできた。




