第二十一話 置いてきぼりの三人
爆音は最後尾の車両から響いてきた。火や煙は見えないから車両が炎上しているということはないだろうが、乗客たちが次々とこちらへ逃げ込んでくる。俺とジーンさんは急いで手分けすると、警備の疲れからかぐっすりと眠り込んでいたアルニアさんたちを起こした。しかし、そうしていると一人行方の分からない人物が居た。
「あれ、ライヘンさんが……」
「おかしいなあ、私が出るときには部屋に居たのですが」
「アルニアさんたちは心当たりありますか?」
「全然。さっぱりわからないわ」
アルニアさんがそういうと、サレナやメリルさんもそうだとばかりに首を縦に振った。いったい、ライヘンさんはどこへ消えたのか。何だか嫌な予感がしてくる。その場を不気味な沈黙が漂い始めた。
ここで、メリルさんが額に指を当てて唸り始めた。やがて彼女は沈痛な面持ちで言う。
「ライヘンさんって依頼に加わる時にやたらと『俺はライヘンだ』みたいなことをアピールしてましたわ。自己主張の激しい方だと思ってたんですが、もしかしてやましいことがあったからなんじゃ……」
「まさか、そんなこと……」
「そういえば俺、ライヘンさんがスーギアって呼ばれてるのを聞きました」
「それなら私も耳にしましたぞ。相手の人はずいぶんと不思議に思ってらしたようですが……」
俺たちは顔を見合わせ、言葉を失った。さきほどまでともに行動していた仲間の一人が裏切り者かもしれないのだ。とてもじゃないが平静な状態ではいられない。額からぽたりと嫌な汗が滴り落ちる。
「と、とにかくライヘンさんを捜してみましょう。先ほどの爆発に巻き込まれてしまっているかもしれませんし」
サレナが引き攣った声でそういうと、みな一斉に頷いた。まずは彼を見つけて事情を聴くのが先決だ。こうしてはいられない。
「万が一ということもありますから、捜索に向かうのは強いメンバーの方がいいでしょう。立候補者はいますかな?」
「そういうことなら、私は残りますです」
「わたくしも戦闘は苦手ですわ」
戦闘があまり得意ではないサレナとメリルさんはそういうと一歩下がった。ジーンさんは彼女たちの様子を見てふむふむとうなずく。
「そうなると、ソルさんとアルニアさんが捜索班ということで……」
「ジーンさんは行かないの?」
アルニアさんがそういうと、ジーンさんは気恥かしそうに頭をかいた。彼の顔が少し赤くなる。
「恥ずかしながら私は魔法専門でしてね、戦えることは戦えますがライヘンさん相手だと分が悪い」
「なるほど、わかりました。じゃ、ソル行くわよ!」
アルニアさんはローブを翻すと、後部車両の方へと走って行った。俺もサレナ達に後を任せると、慌ててその背中を追いかけていく。
車両連結部を抜け、爆発の起きた車両へと入った。しかし、車内はとても静かで特に破壊された形跡などは見受けられない。せいぜい、乗客たちが逃げる際に散らかしたものが散らばっているぐらいだ。ガタガタと列車の進む音だけが薄暗い闇の中を響いている。
「音の割には大したことなかったようですね」
「ええ、でも気をつけなさい。何が出てくるかわからないわ」
アルニアさんは手に炎を灯すと、慎重に各部屋の中をチェックしていった。するとどの部屋もがらんとしていて、人気はない。持ち出せなかった乗客たちの荷物だけが、床に転がっているような状態だ。
そうして一部屋一部屋、念入りに調べていったが異常は見当たらなかった。そしていよいよ最後の部屋へと突入する。すると――
「ライヘン!」
部屋の中にライヘンさんが転がっていた。寝間着姿で横たわっていた彼に慌てて駆け寄ると、その肩を大きく揺さぶる。
「ライヘンさん! ライヘンさん!」
口元に手をやると息はあった、死んではいない。だが耳元で声を出しても、肩を揺さぶってもライヘンさんは眼を覚まさなかった。業を煮やしたアルニアさんが彼の頬を平手でうったりもしたが、完全に無反応だ。
「何で起きないの……」
「さあ……ん?」
俺はライヘンさんの唇に緑色の物が付着しているのを見つけた。青海苔のように見えたそれを剥がして手に取ると、意外と厚みがある。海苔というよりも何か葉っぱの切れ端のようなものだ。
「葉っぱかしらね。何か変なものでも食べさせられたのかも」
「そうみたいですね。どうやら、ライヘンさんは爆発とは無関係のようです」
そういって部屋を見渡した俺は、壁に貼り付けられたお札のようなものを見つけた。長方形の紙の中央に魔法陣が描かれているものだ。そのお札を中心に直径一メートルほどの範囲で壁が丸く焦げている。先ほど発生した爆音の正体は、このお札が引き起こした爆発のようだ。
「これか」
「時限起爆魔法陣ね。しかも意図的に爆発力を押さえて、音だけが大きくなるように細工してあるわ」
「誰がこんなものを……」
「かなり腕の立つ魔導師なのはわかるけど……うーん……。今はそれよりも早く、ライヘンを連れていかないと」
俺とアルニアさんはライヘンさんの肩を持つと、その体を引っ張って部屋を出た。俺たちはそのまま通路を進み、元の車両へと戻ろうとする。すると車両連結部の付近で、ジーンさんが俺たちを待っていてくれた。
「ジーンさん、手を貸して下さい!」
ジーンさんは黙って俺たちの方へと手を差し出した。俺はライヘンさんの手を差し出すと、彼に握ってもらおうとする。しかし次の瞬間、ジーンさんは上を向いていた手の平を下へと返し、そこから青白い光を放った。光は車両の連結部品に直撃し、大爆発を起こす。視界を埋め尽くすような赤い炎が上がり、その衝撃で金属製の部品はたちまちちぎれてしまった。車両と車両の間が分断され、両者の距離が少しずつ開いていく。
「なッ!!」
「ちょ、ちょっと何すんの!!」
爆発の勢いで俺たちは後ろへ吹き飛ばされ、尻もちをついた。そうしている間にも前の車両との差が少しずつだが開いていく。だんだん小さくなる俺たちの姿を見ながら、ジーンさんはにやりと口元をゆがめる。
「ははは、みなさんどうかお達者で。バハハーイ!」
馬鹿に陽気で意地の悪い笑い声が、夜明け前の空に響き渡った――。




