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巡花

もしかしたら、そんな未来。


続きではなく、思い描く未来の一つの形。



 満開の桜が視界一面にあふれていた。


 敷物の上に腰を下ろし、二人肩を並べ、桜を仰ぎ見る。

 吹き抜ける風に木々が揺れ、花びらが舞う。

「風が強いな」

 桜の花びらが視界を薄く染め上げるのを目を細めて見つめながら、彼はつぶやいた。

「せっかく満開なのに、これじゃ、すぐに散ってしまいそうだ」

 言葉とは裏腹に、柔らかな表情で舞い散る花びらを見つめながら、そう続けた彼の声に、彼女は桜を見上げたまま、クスリと笑う。

「花より団子って言ってた人の言葉とは思えない」

 楽しげに笑いながら桜を見つめる彼女に、彼は桜から目をそらすと怪訝そうに彼女を見た。

「俺、そんな事言ったっけ? 俺は結構、花見、好きだぞ」

 彼女は少し意味ありげなほほえみを浮かべちらりと彼を横目で見る。

「言ってた」

 彼女はそう言ってまた笑った。

 それが更に納得がいかないという表情で、けれど彼女の視線の先を追いかけるように、彼はもう一度桜を見上げた。

 風が吹くたびに花びらが舞い、視界が薄桃色に染まる。

 強い風に吹かれながら、けれど、柔らかく、ゆるやかに、それは流れるように、はらり、はらりと舞い落ちる。

「花が散ってるのに、きれいなのは、すごいよな」

 彼は同意を求めるようにつぶやいた。

 それがまるで、花より団子なんて思ってないという主張のようにも聞こえて、彼女はまた軽やかにクスクスと笑った。

 彼女の白い手が、風になびく長い黒髪を押さえる。

「あなたがそんなロマンチストなんて、知らなかった」

 からかうように言った彼女に、彼はにやりと笑って、彼女をのぞき込んだ。

「おまえが言ったんだよ」

 彼女はきょとんとして彼を見つめた。

「……そうだっけ?」

「そうだよ」

 彼は笑う。

 笑う彼を見て、彼女も笑った。

「そうだったかも」

 そして、また二人で桜を仰ぎ見る。

 まるでゆらぎながら静かに落ちて行く花びらのように、ゆったりと二人の間に訪れた静寂と共に時間が流れていく。

 風が枝をゆらす音と、楽しげな子供達の笑い声だけが辺りをつつむ。

「おかーさーん」

 幼い声が響いた。

「おとーさーん!」

 二人は声のする方に目を向ける。

 幼い姉妹が手を振りながら、桜吹雪を見るように身振り手振りで訴えてくる。

「きれいねー!」

 叫ぶその声に、二人は笑いながら手を振って返す。

 姉妹が舞い散る花びらに声を上げながらはしゃぎ、その小さな手をいっぱいにひろげ小さな花の雪を受け止めようとしている。

 けれど、捕まえられようとした花びらは、風にゆられてひらりひらりと、小さな手のひらをすり抜けて行く。それがまた楽しいとばかりに、姉妹はなおも手のひらを伸ばす。

 また一つ、桜の季節の美しい一枚の絵画が、心に刻みつけられる。

「春菜」

 彼の呼びかけに、彼女はほほえみで返事を返す。

「来年も、来ような」

 来年も、再来年も、一緒にいられる限り、ずっと。

 彼女はほころぶように笑みを深め、彼を見つめた。

「……うん」

 そうして重ねた手をきゅっと握る。

 それから、再び、舞い散る桜を見上げた。


 満開の桜が辺りを包んでいた。




もしかしたら、そんな未来。



自分の言葉は覚えていないけれど、相手の言葉は覚えていた二人。

想いは、巡り巡って、また同じ所に。

過ぎる季節と時の流れと。変わって行くいろんな物と共に、大切な思いを抱き続けられていたなら。

繰り返し、繰り返し、巡ってくる季節のその先が、二人一緒なら。

そんな、幸せ。



読んで下さった皆様の心の中で、残った想いが、じんわりと幸せの形を描くことが出来たのでしたら、何となくふにゃっと心をゆるめるような想いが、読後に一つでも残れば、うれしいいです。


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