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第16話 足りないところを補う

 箱から鈴を拾い上げると、細い杭が二本、あとを追って転がった。

 宗真は膝で一本を止め、転がった二本を箱へ戻した。


 鈴の中で、何かが擦れている。

 振っても、しゃら、と濁った音しか出なかった。


「気配を拾う鈴の作りかけだ。

 中の舌を吊ってある鉤が、曲がっておる」


 羅玄子は鈴を受け取り、口を上へ向けた。

 縁に触れた細い金片を、爪の先で押す。

 その根元に、小さな鉤があった。


「それを少し起こせ。

 折るなよ」


 宗真は腰の瓢箪へ手をやった。

 工具箱は、自分の机の下にある。


 瓢箪を作業台へ置き、口へ顔を近づけて中の土床を思う。

 足が土へ着くと、自分の机に手をついた。

 鏡を立てた木切れも、開いたままの札も、そのままだった。


 工具箱から錐を取り、頭上の光へ触れる。


 外では、羅玄子が鈴を指で回していた。

 宗真は受け取り、錐の先を鉤へ差し込んだ。

 金片が縁から離れたところで、手を止める。


 ちり、と鳴った。


 小さな音だったが、宗真の指先にまで震えが残った。


「鏡のときと同じように、仙気を沈めてみろ」


 宗真は錐を作業台へ置いた。

 鈴の上の輪をつまみ、仙気を送る。

 薄い金属の奥に、指先の温かさが落ち着いた。


 宗真は開いた戸口へ鈴を向け、手を止めた。

 音はしない。

 羅玄子の方へ向け直すと、細い音が鳴った。


「近くでいちばん強い気配の方へ向けると鳴る。

 今は、わしだな」


 宗真は鈴を持ち上げ、作業台の瓢箪を見た。


「中へ持って入って、試してきます」


 羅玄子が、戸の脇にあった箒を取る。


「わしは、その間に床を掃く」


 宗真は作業台の錐も取り、鈴と一緒に持って瓢箪の口から中へ入った。


     *


 錐を机へ置き、椅子を引いて座った。

 宗真は鈴を頭上の白い光へ向けた。

 音はしなかった。


 横へ向け直し、手を止める。

 鈴は静かだった。

 外で箒を使っているはずの羅玄子の姿も、ここからは見えない。


 宗真は鈴へ仙気を沈め直した。

 手の中には、先ほどと同じ温かさがある。

 机の周りへ少しずつ鈴を向けたが、一度も鳴らなかった。


 椅子から立ち、机の下の工具箱へ錐を戻した。

 鈴を持ったまま光へ触れると、乾いた音が耳へ戻ってきた。


 箒が土床を擦っている。

 作業台の脇には、木屑が小さな山になっていた。


 宗真は羅玄子へ鈴を向け、手を止めた。

 ちり、と鳴る。


「中では、どこへ向けても鳴りませんでした」


「鈴が拾えるのは、同じ側にある気配だけだ」


 宗真は、瓢箪の口へ目を落とした。

 中へ持ち込んでも、外に残しても、あの机まで知らせは来ない。

 羅玄子の呼び声さえ届かなかったのだ。


 棚から短い麻紐を取り、鈴の輪へ通す。

 宗真は瓢箪とは反対の腰へ結んだ。


「では、入る前に周りを調べます。

 出たら、もう一度」


 手で触っても、取り違えない。


     *


 棚の下の壺が、ぼん、と鳴った。

 蓋を押し直す羅玄子の指の間から、煙が一筋漏れる。


「蓋を押さえなくても、少しずつ煙を出せるようにしたいです」


 羅玄子は炉の脇から土皿を取り、蓋と入れ替えて壺の口へ伏せた。

 煙を止めてから、外した蓋の縁へ細い鑿で溝を一本削る。

 宗真が戸を開けると、羅玄子は鉢ごと壺を持って外へ出た。

 削った蓋と鑿は、鉢の端に収まっている。


 羅玄子は前に壺を置いた裸土へしゃがんだ。

 宗真は戸口脇の平たい石へ瓢箪を置く。


 削った蓋に替えると、細い煙が流れ出した。

 宗真の足袋の先まで隠れたが、石には届かない。

 腰を落とすと、向こうに羅玄子の足も見える。


「もう少し出せば、石も隠せそうです」


 羅玄子は土皿で壺の口を塞ぎ、蓋の溝を少し広げた。

 替えた蓋から、今度は煙が石の上まで上がってくる。

 宗真は隠れかけた瓢箪の胴へ手を置いた。


 蓋が、かたかたと鳴った。

 溝から出る煙が急に太くなる。

 白い煙が、宗真の顔まで噴き上がった。


 宗真は瓢箪を抱えて後ずさり、顔を背けた。

 袖で目元を拭った。

 羅玄子は蓋を外し、すぐに土皿を伏せた。

 煙が細くなり、やがて止まる。


「こいつは、もう少し直す」


 羅玄子は外した蓋の溝へ土を詰め、壺へ戻した。

 宗真は瓢箪を腰へ結び、戸を押さえた。

 羅玄子は蓋を押さえ、壺と土皿を鉢ごと工房へ運び込む。


     *


 羅玄子が煙壺を棚の下へ戻す間に、宗真はもう一つの箱を引き寄せた。

 重なった小刀の柄へ、指を伸ばす。

 羅玄子が一本選び、刃を宗真から遠ざけて差し出した。


 宗真は柄を握った。

 刃の半ばに、小さな欠けが二つある。

 短い柄の角が、掌の付け根へ当たった。


 羅玄子が箱の脇の木片を拾い、作業台の縁へ立てた。


「刃まで仙気を沈めろ。

 その木へ刃を当てて押してみろ」


 宗真は左手で木片を押さえ、刃を当てる。


 仙気が柄から欠けた刃へ沈んだ。

 手首から刃先までが、一つに繋がったように感じる。


 押すと、木へ食い込んだ。


 さらに力を入れかけて、止める。

 柄の角が痛い。

 刃を引こうとすると、欠けたところが木の繊維に引っかかった。


 宗真は小刀を動かさず、木片を左右に揺らして外した。

 切れ目は浅く、縁がささくれていた。


 宗真は掌に残った赤い筋を見た。


「柄を、少し削ってもいいですか。

 この角が当たります」


 羅玄子が小刀を受け取り、柄の角へ親指を当てた。


「角だけ、少しずつ落としてみろ」


 棚から木鞘を一つ探し出し、小刀を収めて宗真へ渡した。

 続いて、棚から取った平たい鑢も手渡した。


 宗真は鞘ごと小刀を作業台へ伏せた。

 左手で鞘を押さえ、受け取った鑢を柄の角へ当てる。

 何度か擦っては握り直し、掌に当たるところを少しずつ削った。


 角が当たらなくなったところで、鑢を作業台へ置く。

 宗真は鞘ごと腰へ差し、鈴の紐を避けて位置をずらす。


 右手を柄へ掛けた。

 抜きかけた刃に、長い袖が寄ってくる。


 宗真は動きを止めた。

 左手で袖を押さえ、刃から離してから抜く。


 小刀を鞘へ戻し、左手に瓢箪を持ってみた。

 右手で柄を引くと、鞘まで帯から抜けかけた。

 宗真は刃を途中で止めた。


 鞘を押さえる手が足りない。


 娘の小さかったころ、買い物袋を両手に下げて玄関で困ったことがある。

 鍵も持っているのに、取り出す手がなかった。

 今、腰には、袋よりずっと物騒な物が増えている。


 瓢箪を作業台へ戻し、小刀を鞘へ納め直す。


 もう一度、柄へ手を掛けた。

 左手で鞘を押さえ、袖を逃がす。

 今度は、刃が袖に触れずに出た。


 宗真は小刀を鞘へ納めた。


     *


 羅玄子は最初の箱から細い杭を一本取り、先を布で包んだ。

 宗真の掌に収まるほどの長さだった。


「結界杭の作りかけだ」


 宗真は受け取り、作業台の瓢箪を見た。


「中に入る前に、瓢箪の周りを守っておけますか」


「脇へ立てて、仙気を入れてみろ」


 羅玄子は戸口へ歩いた。

 宗真は瓢箪を取り、杭と一緒に持ってあとを追った。

 羅玄子は裸土の端から乾いた枝を拾ってくる。


 宗真は平たい石へ瓢箪を置き、脇の土へしゃがんだ。

 杭の先の布を外して帯へ挟み、杭を土へ押し込む。

 上端へ指を添え、仙気を沈めた。


 石の周りに膜が広がった。

 宗真は立ち上がり、頭の上まで続く薄い膜を見上げた。

 瓢箪も、自分も、その中に入っている。


 膜の外で、羅玄子が枝を軽く振った。


 宗真は小刀の鞘を紐で帯へ留め、背後も振り返った。

 開いた戸の奥には作業台があり、工房の脇には草の生えた空き地がある。


 瓢箪へ入って、頭上の光へすぐに手を伸ばす。


 外へ出ると、目の前を枝が横切ってきた。


 宗真は肩をすくめた。


 枝が肩の前の膜に触れ、顔の脇へ滑っていく。

 膜はすぐに剥がれ、消えた。

 遅れて目で追ったときには、羅玄子がもう枝を引き戻していた。


 次の一振りが、上腕へこつんと当たった。


 宗真は腕を擦った。

 枝はもう止まっている。


「一つ逸らしたら、足を動かせ。

 そこに立っておれば、次も当たるぞ」


 宗真は石の脇へしゃがみ、杭の上端に触れた。

 仙気を沈め直すと、石の周りに薄い膜が戻ってきた。

 宗真は、その内側で立ち上がった。


「もう一度、お願いします。

 今度は、刀も抜きます」


 羅玄子が頷き、枝を下ろした。

 宗真は右の袖を少し捲り、左手で鞘を押さえてから、瓢箪へ入った。


 椅子には座らず、すぐに光へ触れた。


 外へ出ると、枝が肩の前へ迫ってきた。

 膜が枝を逸らし、光を散らして消えた。

 宗真は戸の方へ足を引き、小刀を抜いた。

 刃を立てると木に噛む。

 さっきのささくれが頭をよぎり、平らな面を枝へ押し当てた。


 手首に重みが掛かる。

 押し返せず、手首が内側へ曲がった。


 それでも足を引き続けると、枝の先が刃から外れた。

 宗真はもう一歩下がり、背中を戸の縁へぶつけた。


 羅玄子は追ってこない。

 石と宗真の間に、二歩ほどの隙間が空いていた。


 宗真は息を吐き、戸に押しつけていた背中を離した。


 開いた戸の奥には作業台があり、その向こうには壁しかない。


 宗真は小刀へ目を落とした。

 握り込んでいた指を緩め、刃を見ながら鞘へ戻す。


 空き地の方なら、まだ下がれた。


「次は、あちらへ退きます」


 宗真は草地を指し、石まで戻った。

 瓢箪の下へ掌を差し入れると、丸い胴がころりと動く。

 慌てて、もう片方の手を添えた。


「瓢箪を置く場所も、見てきます」


 羅玄子は枝を裸土へ放った。


「追われてから探すなよ」


 宗真は瓢箪を腰へ結び、鈴と小刀に触れない位置へ寄せた。

 石の脇へ屈み、杭を引き抜く。

 帯の布で先を包んで懐へ収め、立ち上がった。

 戸口からは見えない壁の向こうへ、宗真は足を向けた。


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