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大艦巨砲主義の興亡  作者: kajiki
プロローグ
5/5

接敵

出港から一日。

艦隊はなお南下を続けていた。


空は厚い雲に覆われ、海面は鈍い藍色をしている。

時折降る弱い雨が、艦橋の防弾窓を細かく叩いていた。

前衛部隊は、白い航跡を引きながら洋上を進む。


先頭を行くのは第三艦隊の軽空母「千歳」「千代田」「瑞鳳」「祥鳳」。

その後方に戦艦「土佐」「加賀」「長門」、さらに航空戦艦に改装された「伊勢」「日向」が続いている。

軽空母の左右には利根型重巡の2隻が展開し、そのさらに外周を8隻の駆逐艦が取り囲み、巨大な防空輪形陣を形成していた。


─────

「電探反応、なし」


戦艦「土佐」艦橋では電探員の報告が静かに響く。艦載型二号電探は規則正しく回転を続けていた。

艦橋に詰め寄った幕僚たちは

どこか落ち着かない様子で水平線を眺めている。


「第三艦隊本隊とは?」


艦長が尋ねる。


航海長が海図を確認しながら答えた。


「現在、後方約八十海里を同航中とのことです」


─────

本隊。

空母「翔鶴」「瑞鶴」「飛鷹」「隼鷹」、軽空母「龍鳳」という

圧倒的な編成だ。

搭乗員の練度も前衛の軽空母航空隊より

高いと聞く。

その周囲には最上型重巡3隻、長良型軽巡2隻、さらに16隻もの駆逐艦が護衛している。

駆逐艦の中には新型の秋月型防空駆逐艦も

数隻含まれていた。


おそらく、今頃は各空母の飛行甲板で

偵察用の天山艦攻や、高速偵察機「彩雲」が

発艦準備を整えている頃だろう。


───


「マリアナ航空隊が先に敵を叩ければ……」


砲術長が呟く。

その声には願望が混じっていた。


マリアナ諸島には、第一航空艦隊と第二航空艦隊合わせて七百機以上が展開している。

数字だけならこの機動部隊をも超える機数だ。


敵機動部隊が接近する前に基地航空隊が一斉攻撃を仕掛ければ、米機動部隊に大打撃を与えることも不可能ではない。

あわよくば敵空母の1隻や2隻を

撃沈することも考えられた。



だが。

その淡い希望も、一本の通信によって崩れ去る。


「本隊旗艦、翔鶴より入電!」


通信士の声が艦橋に響く。

その表情は硬かった。


「……読め」


艦長が短く命じる。

通信士は一瞬ためらい、そして読み上げた。



「サイパンを発進した夜間攻撃隊は、壊滅的打撃を受く。」


艦橋の空気が止まる。

通信士は続けた。


「発見した敵機動部隊3群のうち、

最も近い呼称「甲」に対して攻撃、戦果は

敵巡洋艦1隻撃沈確実。

攻撃隊未帰還率5割。」



誰も言葉を発しない。

ただ機関の低い振動音だけが艦内に響いている。


さらに続報が届く。



「サイパン島第二飛行場、敵艦載機の大規模空襲により大破炎上。

滑走路大破により使用不能。

来襲せる敵機延べ450機。」


450機という機数は圧倒的だった。

敵は基地攻撃にこちらの搭載機総数に

匹敵する機数の攻撃隊を送り込んでいる。

おそらく空母数は5隻や6隻では無い。

もしかすると10隻以上ということも

考えられる。


それに、こちらの艦隊は戦場海域にすら到達していない。

決戦前夜で、基地航空隊はすでに機能不全へ陥りつつあった。



「敵機動部隊の予測位置は?」


「甲は現在地より約400海里ほど東方かと思われます。

乙、丙に関しては進路不明。」



まだ少し遠い。

こちらの艦載機の攻撃半径は

最長でも350海里だ。

いくらアウトレンジ戦法を狙うと言っても

この距離では攻撃は難しい。


すると、今度は発光信号が続けて舞い込む。


「軽空母瑞鳳より発光信号、

我索敵機発進準備よし。」


「軽空母千歳より信号。

予定通り索敵機発進。」


その報告を聞いた時には、すでに

前方の軽空母2隻から

索敵用の天山艦攻がエンジン音を

響かせて空に浮かび上がる。


合計で8機ほどが発艦し、それぞれが

請け負う索敵線に沿って

水平線の向こうに消えていった。


──────


そうして索敵機発進から、およそ三時間後。

艦隊はなお針路を南東、マリアナ方面へ維持していた。


空は相変わらず厚い雲に覆われ、時折薄日が海面を鈍く照らしては消えていく。


前衛部隊各艦では、索敵機からの帰電を待ちながら、重苦しい沈黙が続いていた。



「第二索敵線機の天山より入電!」


突然、艦橋に来た通信士から鋭い声が飛ぶ。

土佐艦橋の空気が一瞬で張り詰めた。


通信士は紙を握る手に力を込めながら読み上げる。


「甲と思われる敵機動部隊を捕捉。

敵空母四隻以上。

護衛艦艇多数。

針路西方、速力推定20ノット。」




艦橋の幕僚たちが一斉に海図へ視線を落とす。

航海長が即座に定規を滑らせた。


「現在地点より、およそ330海里前後」


「…まさに理想的だ」


誰かが呟く。

この距離なら、敵は攻撃出来ない。

こちらが一方的に攻撃可能だ。



だが、それは練度を考えなければの話でもある。

特に前衛部隊の軽空母航空隊は、本隊正規空母に比べれば見劣りする。


それでも、

ここで敵を逃がすわけにはいかない。

────


「前衛部隊、第一波攻撃隊発進準備」


前衛部隊旗艦である軽空母「千歳」から発光信号が各艦へ送られる。


直後、前方の軽空母群が慌ただしく動き始めた。


4隻の飛行甲板では、次々と航空機がエレベーターで甲板上へ引き上げられていく。

だが、その機体の比率は、開戦初期の機動部隊とは明らかに違っていた。


飛行甲板上に並ぶ機体の大半は零式艦上戦闘機三二型。

短く切り落とされた主翼が、どこか無骨な印象を与えている。


本来なら彗星艦爆や天山艦攻が並ぶべき位置にまで零戦が並び、その後方に少数の天山艦攻が並べられていく。



「……攻撃機が足りんか」


土佐艦橋から双眼鏡を覗いていた戦術長が呟く。

その通りだった。

前衛軽空母群は、4隻すべてが軽空母のため本隊に比べ搭載機数が少ない。

そんな状況で、本隊への攻撃を吸収する、

さらにより収容面積の少ない零戦を搭載して

機数を稼ごうという考えで

搭載機の8割は零戦という編成になっている。



しかし、ちらほらと零戦の機体下部には、灰色の

250キロ爆弾が懸架されているのが見える、

爆装零戦だ。


本来は戦闘機である零戦に対艦爆弾を搭載し、緩降下爆撃を行わせる苦肉の策だった。


機動性は著しく低下し、機体強度が足りず

急降下爆撃は不可能なため

訓練時でも命中率は低迷している。

敵直掩機に捕捉されれば、生還は難しい。


それでも、飛行甲板の搭乗員たちは黙々と作業を続けていた。



整備兵たちの顔には、疲労が色濃く浮かんでいる。


そんな苦労により、発進準備が整った攻撃隊編成が伝達される。



零戦 36機。


爆装零戦 34機。


天山艦攻 15機。


合計85機。



数字だけ見れば南太平洋海戦以来、2年ぶりの大規模攻撃隊だった。

だが、その内実は

攻撃隊の半数近くが即席の戦闘爆撃機で占められている。

それが今の日本海軍航空隊の現実だった。


────


「第一波攻撃隊、発艦始め!」


各軽空母の艦橋に信号旗が上がる。


直後、「千歳」飛行甲板の先端から、一機の零戦が轟音とともに飛び出した。

機体はわずかに沈み込みながら海面すれすれを飛び、やがて高度を上げていく。


続いて二機、三機。


爆装零戦の重い発進音が海上へ響き渡る。



二百五十キロ爆弾を抱えた機体は明らかに鈍重だった。

短い飛行甲板では、離艦直後に海面へ触れそうになる機体さえある。


それでも搭乗員たちは機体を無理やり引き起こし、雲の下へ消えていった。



後方では天山艦攻が発艦を始める。


巨大な機体が魚雷を抱きエンジンの黒煙を吐きながら加速し、次々と空へ舞い上がっていく。



土佐艦橋からも、その光景はよく見えた。


空母各艦の飛行甲板脇には、見送りの搭乗員や水兵たちが並んで帽子を振っている。


誰もが敵艦隊撃滅の期待を込めて

攻撃隊が雲に隠れて見えなくなるまで

見つめ続けていた。

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